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[百合小説]ふたりでおつまみ「梅と桜と真澄」#1


○あらすじ○
年の差カップル♡ミヤ×サクほっこり晩酌小説。全国のおいしいお酒をご紹介♪

坂道さかみちさくらは、パートナーの梅原うめはら美矢みやこと『みやちゃん』と二人暮らし。10歳年上のみやちゃんはお酒に詳しい。ふたりは美味しいおつまみと晩酌をするのが日課。この至福の時間があるから、一日がんばって働けるのである。

・・・・・

 ふたりでおつまみ

 1 梅と桜と真澄

「坂道の上の坂道さかみち家……」
 相変わらず表札だけは立派だ。チャイムを鳴らす。
 坂道の上にある実家。久々に帰って来た。近んだけどね。
「はーい、開いてるよ」
 娘にも電話とインターフォンはよそ行きの声になる母。私と母は声がそっくりらしく、家に電話があった時は父がよく間違えていた。
「ただいまー」
「わざわざどうもね」
「お父さんは?」
「もうすぐ帰ってくるんじゃない」
「ふーん」
 手を洗って、仏壇に手を合わす。
 ——いつも見守っていただきありがとうございます。
「さくら、お茶飲む?」
「うん」
 実家は日当たりが良い。ここにくると眠くなる。そういえば、あの懐かないお猫様はどこかしら。
「お母さん、チョコちゃんどこ?」
 チョコちゃんっていう態度ではないですがね。チョコちゃんというより、マドレーヌ様って感じですよ。
「また私の布団の上だと思うよ。そのうち気が向いたら挨拶来てくれるでしょう」
「来てくださるかしらね」
「そういえば、美矢さん元気?」
「あーうん。忙しそうだけど健康だよ」
「忙しいんだ?」
「うん、なんか、とっても」
 私の愛しのパートナー、みやちゃんとの関係は、家族の中で母だけが知っている。父には言っていない。言っても良いかもしれないけれど、言う気に今のところなれない。このまま、言わなくてもいっかとも思ってもいる。
 母に自分は女性を好きになることがあると伝えたのは、みやちゃんとお付き合いする二年前くらいだろうか。言わないと不都合なことがでてきたから言ったような気がする。
 もともと自分のことを他人に話すのは得意ではない。特に、恋愛のことなんか、異性が相手でも言いたくはない。不都合と小っ恥ずかしさを天秤にかけたとき、小っ恥ずかしさのほうが僅かに軽かった。父に言えないのは、不都合なことが比較的少なく済んでいるからに違いない。
「あ、お父さん帰ってきたわ」
「ほんとだ」
 玄関の鍵がガチャガチャと音を立てる。あの雑な鍵の挿入具合は確かに父の音だ。
「おかえり」
 私が父に向かってそう言うと、
「おお」
 と、ちらっと私の方をみて父は少しだけ笑った。
 さっさと渡してしまおうと、私はリュックからワインを取り出した。
「はい、これ、お誕生日おめでとう」
「おお」
 と、また父は言った。

 お茶を飲み終わりシンクに湯呑みを持って行く。
「じゃあ帰るわ」
 と、母に告げる。
「もう帰るの? 夕飯は?」
「あー今日は帰るわ」
「そ」
「またゆっくり来る」
「ありがとね、お父さんに」
「いーや、こちらこそいつも」
 母の部屋の扉はいつも開いている。チョコちゃんが布団の上に品よく座っていた。
「チョコさん、おじゃましました」
 チョコちゃんは、片目を薄く開けて尻尾を優雅に動かし、また目を閉じた。
 玄関の前の父の部屋を覗いていく。
「じゃ、帰るね、また」
「おお、さくら、ワインありがとう」
 三十分経って、ようやく娘に慣れてきたか。
「冷やして飲んでください」
「おお」
 ドアをゆっくり閉めて表札を見る。
「坂道」
 わたくし、坂道さくらは、坂道を下り家路を急ぐ。
 今日は、みやちゃんが早めに帰ってくるから、晩酌の準備をしなければ。金曜日の夜は、少しだけ良いお酒を飲みたくなるよね。
 この前デパートの日本酒祭りで買った、あの日本酒を開けてしまうか。試飲したけどシュワシュワで美味しかった。
 明日もお休みだし。発泡感あるうちに今日と明日で飲んじゃえるね。飲みやすい感じだったから、あっさりしたおつまみがいいかな、でもスパークリングだから少しオイル感があっても良いか。みやちゃんは一週間お疲れだから、お肉も食べさせてあげなきゃ。
 家の近くのスーパーに寄る。地域柄、ここは健康志向の奥様たちが多いせいか品が良い。ちょっと値が張るものも多いんだけど、特売が定期的にあるから助かっている。
 健康はお金に変えられないし、みやちゃんも四十歳になるからできる範囲で良い食材を使えたらとも思う。自分も先月三十代に突入した。食事が良いと寝起きも良いことを実感できる年齢になってきた。

 夕飯を作り始める。お先に少し飲みながら作ってしまうときもあるけど、今日は我慢して喉が乾いた状態で、みやちゃんと一緒にあの弾けた日本酒を飲みたい。わたしの平日の晩酌のテーマは『あるもの、簡単、考えない』だ。食材はそのときお得だったもの、冷蔵庫にあるもの、レシピは見るけど多少無視。冷蔵庫からお肉を出したところで、玄関が開く音がした。
「ただいまー」
 廊下へと続くドアを開け、電気をつける。
「おかえり!」
「あつー。もう夏だわ。汗かいたー」
「梅雨前だっていうのにね」
「ビール飲みたぁ」
「今日はさ、あのシュワシュワ飲んじゃおうよ」
「いいねぇ! すぐ着替える」
「汗かいてたらスーツ洗濯出しといて」
「出すわー」
 フライパンに豚肉を投入。手を洗ったみやちゃんが、取り皿とお箸を並べてくれている。
「そろそろ炒め終わります」
「じゃ、開栓します」
「頼みます」
 今宵の晩酌のお酒は『真澄ますみ スパークリングOrigarami』だ。真澄は、ラベルが以前の硬い感じからスタイリッシュになり、手に取りやすい印象に変わった。しかし、製法は伝統を重んじている。スパークリングといっても、後で泡を入れているわけではなく、発酵させている。
 暑くなってきて日本酒から足が遠のいてしまいがちだけど、この爽快感なら夏も飲みたい。
「日本酒で王冠とはね。はい、さく、注いだよ」
「ありがとう、今日はこの良いワイングラスでいただけるんですね」
「ではでは」
「「かんぱいっ」」
「これこれ、おいしい」
「このために一週間がんばったわ」
「みやちゃん、おつかれさまぁ。さ、食べますか」
「至福の晩酌タイム」
 私たちはいつも、ダイニングテーブルで横並びに食べている。ランチョンマットをひいて、季節ごとのコースターにお酒をのせて。
「さく、ご飯ありがと」
「いえいえ、それでは」
「「いただきます」」
「これは、クミン?」
「じゃがいもクミン炒めです」
「ほんと芋好きだよね」
「お芋は正義ですよ」
「うん、真澄に合う」
「なんかスパイスとも合うかなと思って」
「それとオイスターソース炒めかな?」
「ホアジャオも振ったんだ。今日さ、パプリカが珍しく安くて」
「中華にも合うね、この日本酒」
「このスパークリングは無限大だね」
 するすると飲めてしまう真澄のスパークリング日本酒。今日飲み終わってしまうかもしれない。
「そういえば、お父さんどうだった?」
「ああ、ワインあげたよ」
「そっか」
「あ、これお母さんからみやちゃんにお土産って」
「あらワイン? どっか行ったの?」
「なんか長野に旅行に行ったみたい」
「そうなんだ、可愛い小瓶だわ。お礼言っておいて」
「白と赤だね。日本ワインだ、なんか試飲しておいしかったみたいだよ」
「へー。さっそく明日いただこうか」
「明日は何食べよっかね」
「そうだなぁ、さくは何食べたい?」
 みやちゃんは相変わらずすごいなぁ。一日働いてきてこの肌の潤い。艶やかな黒髪。なんて綺麗なんだろうか。お化粧は必要最低限。BBクリーム的なものと眉毛を足すだけ。垂れ目でくせ毛の私とは正反対のお顔立ち。
「おーい、さくら? 酔っ払った?」
「ぜーんぜん。もう一杯くださいな」
「あーあ、もうあとちょっとだよ。日本酒なのに、飲みやすいからハイスピードになっちゃうねこれは」
「一週間無事に過ごした祝杯だから良いでしょ」
「まーね、よくやったよ、今週も。で、明日のメニューは?」
「明日考えよっか」
 みやちゃんとの晩酌が、何よりも幸せ。おいしいお酒とおつまみを二人で嗜む。ずっとこうやって穏やかに過ごせますように。
「そうだね」
 明日は明日の食べたいものを。



『ふたりでおつまみ』
第二話 ゴーヤとアロモ


『ふたりでおつまみ』
第三話 立ち飲みゲッカ

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