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『同志少女よ敵を撃て』逢坂冬馬 感想 まとめ 女性にこそ読んでもらいたい戦争歴史小説の傑作


『同志少女よ敵を撃て』読了。
「年に一度は戦争物の作品に触れる」という個人的な目標をひそかに持っているが、今年は早くもそれを達成。
 なんとも表現しえない読後感が、未だ顕在している。

 舞台は1940年代、第二次世界大戦時、独ソ戦。
 読み手としての知識不足が甚だ申し訳なく思うが、私のように「独ソ戦」と聞いて思い浮かべることがほとんどなくとも、問題なく読み進められる。
 というのは、文中で、これらの時代背景を懇切丁寧に説明がなされているから(これらの理解に時間がかかることについては、日ごろの勉強不足を呪うほかない)。

 猟師の娘として育てられたセラフィマは、イワノスカヤという小さな村で、母や村人と共に幸せに暮らしていた。
 しかし、急襲したドイツ軍により村人は全滅。
 狩猟用狙撃銃で彼らを救助しようとした母は、敵兵のスナイパーにより返り討ちにされ、娘セラフィマの隣で死亡。
 赤軍女兵士イリーナの救援により、一命をとりとめたセラフィマだったが、焦土作戦と称し、村は全焼。
 故郷も思い出も焼き払われたセラフィマに対し、「戦うのか、死ぬのか」という残酷な二択を迫るイリーナ。
 母の仇敵を撃つためにドイツ兵を殺す。
 大切な村を焼いたイリーナを殺す。
 戦うことを選んだセラフィマは、皮肉にも、イリーナが教官を務める女性狙撃兵訓練学校へ入学させられてしまう。

「戦争もの」と一括りにするのは実にもったいなく、テーマも「命」「女性」「友情」「復讐」など多岐にわたり、読むたびに響く事柄が変化していくであろう名作。

 特に戦闘シーンの描写は秀逸で、まるで自分が戦場に赴き、女性狙撃兵セラフィマの傍らで、ドキュメント映像を撮っているかのような錯覚さえ起きる。
 序盤の学内での模擬戦しかり、終盤の最終決戦しかり、まるで同志少女セラフィマを駆ってFPSシューティングゲームをやっているような感覚。
 撃墜スコアを気にしながら、栄誉を手に入れることに執着する、若き登場人物の姿は、テレビやモニターに向かってコントローラーを操作する現代人のそれとも、どこか似ている。
 読書でこれほどの体験ができるのは、もはや読書の域を超えている。
 それほど作者の技量が秀逸であることが、ずぶの素人の私にでもわかる。
 武器や戦車の名前など、実在するものが多数登場するので、ゲーム等で親しみのある人は、間違いなくヒットするはずだ。

「ゲーム」ではないかと思われるほどの体験にワクワクすること間違いなし、と言いたいところだが、戦場には「死」という無視できない現実が無数に転がっている。
 スナイパー養成校で共に学んだ学友、戦地で知り合った軍人、民間人、さらには憎き敵兵も魂宿る人間だ。
 物語としてはドラマを生み、道徳的な観点からも「命」をどう捉えるのか、今一度考えさせられるきっかけとなった。

「戦争なんて悪いこと何でしていたの?」
「戦争なんて絶対ダメ!」
 現代に生きるくたびれた思考で、私たちは容易くこのようなことを言いがちだが、時代背景や政治的観点から戦争が必要とされるのであれば、生きていくために戦争を強いられた人々はたくさんいたはずだ。
 もとより「戦争が」なんて抽象的なことすら考えていられるのは、平和ボケした我々の怠惰な思考そのものであって、その日を生きる人々にとって「戦争が」といったことよりも、食料や安全地帯の確保などが重要になるはず。
 歴史から学ぶべきことは、私たちが生きるこの「命」の上に、生き抜いて「命」を託してくれた人々がいるということ。
 この物語は史実に基づくフィクションで、さらいえば外国が舞台となったものだが、同じ人類として、戦争という忘れてはならない最大のテーマについて、学ぶべきことはたくさんある。
 このように、表面的で綺麗なことしか書けない私も、もちろん戦争を知らない人間。
 本気で戦争のことを書こうと思えば、何も書けない。
 だからこそ、筆者の表現力やメッセージに圧倒されるのだ。

 そして、女性蔑視の問題。
 昨今の問題とは意味合いが異なるだろうが、女性が男性中心の世の中で生きていくためには、今も昔も相当の覚悟が必要だとわかる。
 例えば、ソ連でのみ重要視された女性狙撃兵の立場。
 冷徹で残酷、怪物と恐れられた彼女らは、戦後、愛する人を見つけられたのだろうか?
 例えば、戦時中に行われた敵国女性への集団強姦は、兵の士気を上げるため、結束を高めるために必要だとされていたのならば、それは許されることなのだろうか?
 無自覚に愛すべき人を探す私たちの上に、本当に愛されなかった人々がいるという事実を忘れてはならない。
 闘うセラフィマたちの姿を想像しながら、多くの女性が、真に愛する人に抱かれて欲しいと願った。

 詳しくは「読んでくれ」としか言えないくらい、裏切られることの連続で、みんな大好き「伏線回収」もしっかりやってのけてくれている本作。
 直木賞候補作ということもあり、これからどんどん読まれていく作品であるだろうから、ネタバレはできない。
 個人的には、

①セラフィマとイリーナの関係性
②アヤという天才少女の行き末
③オリガと第三十九独立小隊
④仇敵イェーガーの性格と最期


 この辺りは面食らった。
 「このパターンは、こうなるな」がことごとく外れるので、ミステリーとしてもよく出来ている。

「歴史小説はちょっと苦手」という人でも、キャラクターやストーリーが立っているので、あまり構えずに読んでみることをおすすめする。

 最強の女性狙撃手リュドミラ・パヴリチェンコ、『戦争は女の顔をしていない』著者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ等、実在する人物も登場し、最後の参考文献一覧でハッとしたことも、まさにミステリー。

 つらつらと書いてきたが、あまりはっきりとした感想が持てないのは、名作の証。
 この逢坂冬真という人物、本作がデビュー作だそう。
 恐ろしいほどの読書体験をさせてもらった。
 ぜひ、あなたも。

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