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『新釈走れメロス他四篇』森見登美彦 感想・まとめ・レビュー 古典はいつだって新作であり続ける



 森見登美彦先生は『夜は短し歩けよ乙女』を読んでから、その文体と世界観に惹かれ、本屋さんでは「も」の棚を見かけては、知らず知らずのうちに「森見登美彦」を探すほど、今ではすっかりファンである。
 ファンといっても『夜は短し歩けよ乙女』『四畳半神話大系』『有頂天家族』『四畳半タイムマシンブルース』『ペンギンハイウェイ』『夜行』あたりの有名どころしか読めていないので、今回はこの『新釈走れメロス』に白羽の矢が立った。

 本作は中島敦の『山月記』、芥川龍之介の『藪の中』、太宰治の『走れメロス』、坂口安吾の『桜の森の満開の下』、森鴎外の『百物語』を、森見ワールド全開で描いた作品。
 いわゆる「古典」と呼ばれるものを現代風(というか森見風)にアレンジした作品で、なおかつ森見先生の癖のあるキャラクターが縦横無尽に駆け巡っていく様は、思わず笑ってしまったり、幻惑させられてしまったり、とにかく感情が忙しい。
 だが、それがまた楽しくて仕方がないのだ。

 今まで、森見先生の作品を読んだことがある方は、どこか既視感を感じるであろうし、この『新釈走れメロス』が初めてだという方でも、今後、森見先生の作品に触れるとなぜか懐かしさを感じるはず。

 それはおそらく、京都に魅了された作者の京都愛。
 本作を読んで、「また京都か」と思ったのは正直な最初の感想だが、ここまでブレない作家は類まれなので、もはや安心感さえ覚えた。
 京都の小さな路地裏まで、忠実に再現されている文章を読み進めていると「一年くらい腰を据えて京都に住んでみたいな」と思わされるほどに魅力的な描写である。
 個人的には、現代小説の舞台がほぼ「東京」であることに面白みを感じないこともままあるので、森見先生のような、地方を舞台にした作家さんをもっと知りたい。

 各短編のオリジナルで既読のものは『山月記』と『走れメロス』だけという、実に恥ずかしい読書人ではあるが、本作を読みながら、確実に「本が本を呼ぶ」体験をした。
 古典の名作はこれからも少しずつ読んでいきたい(これは都合のよい決意表明であり、簡単に瓦解するであろう)。

 『山月記』では矜持の逞しさと儚さを、『藪の中』では人間の言葉の都合のよさを。
『走れメロス』からは捻じ曲がった友情の形を、『桜の森の満開の下』では女の正しさと怖さを。
 そして『百物語』では、目には見えぬ存在の不思議さを。

 本作で気になった人物「斎藤秀太朗」という男。
 物語の序盤『山月記』のリブートで、高すぎる矜持から天狗(オリジナルでは虎)になってしまった男が、全編にわたって登場する。
(ちなみに森見作品の中に天狗もよく登場する)
 この男が十一年という長い腐れ大学生活をどのようにして過ごしてきたか、そして如何にして天狗になってしまったか、さらに天狗としての末路を見届けると……、特に目頭は熱くなったりはしない。
 愚図は愚図という明らかな真実を、反面教師として見届けるしかない。
 彼は元々、人間でありながら、鼻の高い天狗だったのではないかと思う。

 それから、『桜の森の満開の下』のある「男」。
 小説家になった彼は、彼女のことしか書けなくなってしまうという描写のなかで「鋳型が作られていて~」という表現が刺さった。
 私個人の視点からすれば、森見先生の作品もある意味「鋳型」が作られているように見える(設定が京都や大学生、類似するキャラクターなど)ので、このあたりの悩みや葛藤を、作品を通して吐露しているのでは……、なぞという陳腐な妄想も膨らんだ。

 読書が苦手な方なら、タイトルにもなっている『走れメロス』だけでも読んでみるといい。

「学園祭のステージに立ち、楽団が奏でる『美しく青きドナウ』に合わせて、桃色ブリーフで踊るのを防ぐため、親友を人質にして、ただひたすらに逃げ惑う」

 というぶっ飛んでいる内容は、読書というエンターテインメントを十分に味わえる、疾走感ある快作。
 森見作品を読んでいると、「達磨」や「象の尻」「炬燵」といった読者にしかわからない、ニヤリポイントがあったのも嬉しい発見だ。

 次々と新たな物語が生まれる現代で、改めて「古典」の名作をアレンジして、現代に蘇らせた名作『新釈走れメロス』。
 未読のものは、あらすじを見ながら読み進めたが、表現の自由度が圧倒的に高い古典の方が、よりグロテスクで深いはず。
 それをおもちろおかちく書き改めてくださった森見先生に感謝し、「古典」への興味もまた広がっていく限りだ(たぶん)。
 森見登美彦ファンはもちろん、初めての読書や、読書が苦手な方でも十分に楽しめる。
 この本を読み終えた後、また次に読みたい本がきっと見つかるはずだ。



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