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保険診療は、ホントに最低限の治療なの?【⑤Another view 医療システムの過去・未来・海外】The Japanese healthcare system is a pride of Japan.

 こんにちは。『アポロニア21』編集長の水谷惟紗久です。
  私は、歯科医療経営総合誌『アポロニア21』で、最新の歯科医院経営の情報を20年以上追い続けるとともに、歯科医療の経済的、社会的、歴史的な背景についての調査や執筆をライフワークとしています。
  本コラム「Another Viewー医療システムの過去・未来・海外」は、「どの国の医療制度が良いのか?」「歯科と医科はなぜ分かれているのか?」など、医療とお金にまつわる疑問を世紀からの歴史的背景からひも解いていきます。

 しばしば「日本の保険制度はダメだ!」「保険ではちゃんとした治療ができない!」「貧しい人向けの制度で、国際標準に合っていない」などどとこぼすのを耳にします。
 特に、歯科医師(歯科技工士、歯科衛生士、企業関係者も)が歯科医療制度について話す際には、常套句のようになっています。

 しかし、制度の仕組みや成り立ちをみると、これは大きな誤解である上に建設的でもないように思えてきます。医科や世界との比較から、日本の歯科保険診療の実態や課題を考えてみます。



歯科では、「黄金期」から保険に不満

 確かに、いわゆる保険ルールの縛りは多く、診療報酬も高いとは言えません。そのため、歯科医療従事者の保険制度への不満は昔からありました。
 小児う蝕の洪水により、歯科医師の所得が非常に高く「歯科の黄金期」と言われていた1970年代の『日本歯科新聞』(日本歯科新聞社)には「限界に来た歯科保険制度」という社説と、諸外国との診療単価の比較が掲載されました(下表参照)

(*)『日本歯科新聞』1977年5月11日号に掲載された歯科診療報酬の国際比較。
日本は、全ての項目で諸外国より診療単価が低かった。
同じ号には「限界に来た歯科保険制度」という記事も掲載。


 これによると、ほとんどの診療項目で、日本は低単価傾向であり、特に歯内療法の評価が先進国の10分の1にも満たないレベルです。
 国民皆保険制度が定着して間もない時期から、保険制度への不満が大きかったことが伺えますが、それでも日本の歯科医師の所得が高かったのは、単に患者数が多くて薄利多売の産業構造だったからに他ならないと言えます。

医科と歯科では、保険のイメージが真逆?

 医療従事者にとって保険診療へのイメージは、下図のように、歯科では「保険診療=最低限」、医科では「最善の診療」というように、真逆ともいえるイメージで捉えられているようです。 

 果たして、どちらのイメージが、現実に即しているのでしょうか……。
 仮に最低限の保障であれば、1回1,000万円を超える超高額医薬品が収載されることは考えにくいですし、歯科でも、「銀歯はダメだ」と言われつつ、金銀パラジウムという貴金属を歯冠修復に使用するのも贅沢すぎます。
 とすると、歯科関係者の保険診療への不満は、もっと根本的な問題を孕んでいるかもしれません。

保険診療の根拠は「生存権」ではない!

 日本の公的医療保険制度の憲法上の根拠を、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障する25条(生存権)と考えている歯科医療関係者が多いようです。
 しかし現在では、生存権に当てはまるのは、「生活保護と、それに基づく公費医療」と限定して解釈するのが一般的です。

 これに対し、公的医療保険制度の方は、個人として尊重される権利を規定した13条(幸福追求権)に基づくものだと解釈するのが一般的です。
 幸福追求権は、日本ではプライバシー保護などの根拠とされることが多く、「新しい人権」と言われますが、実際には、歴史ある人権とされます。

 アメリカ独立宣言(1776年)の「生命、自由及び幸福追求に対する権利」が起源で、プライバシー権、日照権などに加え、 世界保健機関(WHO)憲章(1948年)に、「達成可能な最高の身体的、精神的な健康」を健康権として規定されたのも、幸福追求権の一つとされます。
 これにより、「政府は、健康の前提となる公衆衛生と医療の提供に関する義務を負う」と解釈されるため、幸福追求権が、各国の公的医療制度の根拠と考えられるのです。
 

憲法25条(生存権)
1. すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する
2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない

憲法13条(個人の尊重・幸福追求権)
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする

「幸福追求権」のリアリティ

 公的医療制度が生存権ではなく、幸福追求権を根拠とすることにより、十分な医療提供を行う責任が政府、保険者に生じます。

 医療経済学者で医師の二木立氏(日本福祉大学名誉教授)によると、国民医療費の抑制を行った小泉純一郎内閣ですら、公的医療保険を「社会保障として必要かつ十分な」「最適な医療が効果的に提供される」ものだと答弁しており、生存権に基づく最低限の保障とはかけ離れた考え方を示していました(*)。

 二木氏によると、国民皆保険制度成立以降、医療保険給付の削減に踏み込んだ政策を表立って提示したのは、大阪維新の会だけであり、戦後、一貫して保険診療の質が重視されてきました。

 実は、下図の通り、海外では保険給付は所得に左右されるのが一般的で、「誰でも同じ」というのは日本らしい特色と言えるのです

 一方、生存権に基づくとされる生活保護、公費医療では、安価なジェネリック医薬品の使用を推進する政策に大きな異論が出ないなど、「最低限の保障」という国民的合意があると見ることができます。

(*)二木立、医療保険制度の「常識」が変化、『アポロニア21』、2018年4月号

まとめ:「必要最低」ではないメリット

 このように、日本の公的医療保険制度は、低所得者向けでもなければ、最低限の医療保障でもなく、保険加入者の誰にも、必要な医療が等しく給付される仕組みと言えそうです。そのため、保険加入している国民が医療の質について積極的に意見を述べ、要求できるのだと言えます。
 「保険だから…」と委縮するいわれはどこにもない、ということですが、それが進むと、医療給付の際限のない増大が財政を圧迫することにもつながります。バランスが大事、ということかもしれませんね。

 次回は、「なぜ、社会保険と生活保護が別モノなのか」について、歴史的な成り立ちから掘り下げて考える予定です。



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この記事を書いた人
水谷惟紗久(MIZUTANI Isaku) 
Japan Dental News Press Co., Ltd.

歯科医院経営総合情報誌『アポロニア21』編集長
1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒、慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。
社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て現職。国内外1000カ所以上の歯科医療現場を取材。勤務の傍ら、「医療経済」などについて研究するため、早大大学院社会科学研究科修士課程修了。
2017年から、大阪歯科大学客員教授として「国際医療保健論」の講義を担当。
 趣味は、古いフィルムカメラでの写真撮影。2018年に下咽頭がんの手術により声を失うも、電気喉頭(EL)を使って取材、講義を今まで通りこなしている。
★電気喉頭を使って会話してます ⇒ ⇒ ⇒(ユーチューブ動画)★

【主な著書】
『18世紀イギリスのデンティスト』(日本歯科新聞社、2010年)、『歯科医療のシステムと経済』(共著、日本歯科新聞社、2020年)、『医学史事典』(共著、日本医史学会編、丸善出版、2022年)など。10年以上にわたり、『医療経営白書』(日本医療企画)の歯科編を担当。

【所属学会】 日本医史学会、日本国際保健医療学会


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