詩「先達の言葉」


 三島由紀夫は言った。「好奇心には道徳がないのである」と。
 好きな言葉だ。初めは衝撃を受けた。

 しばしば死は美化される。
 たしかに死は美しく、魅入られるものも多いだろう。実に納得出来る。
 戦争というテーマがある。
 人は、非暴力を説きながら、アクションエンターテインメントを好む。戦争の忌避を謳いながら、戦争ものを絶えず生み出す。
 教訓などは体の良い能書きに過ぎない。そこには好奇の目があるだけだ。
 そんな真実を突きつけられるかのような。

 しかし諦観に敗北したくないというのも事実だ。
 残酷な真実の提示と同じだけ、皮肉に隠れた警鐘は、奮起を促しているようにも思える。
 好奇心がなければ人は成長や進化をすることは出来なかっただろうし、芸術を生み出す境地にまで辿り着くことはなかっただろう。

 犠牲はつきものという表現が嫌いだ。
 今までそれが糧になった部分は大いにあると思う。実際の歴史や数々の事象を見ても明らかだ。
 それでも、それを受け入れたり前提として考えたりするのは避けたい。
 過去は変えられなくても未来は変えられる。月並みな表現だが、未然の悲しみに目を向ける必要はないと断言出来る。
 我々は考えを巡らせることが出来る。話し合うことが出来る。想像を羽ばたかせることが出来る。好奇心の中身に慄くことが出来る。
 内なるものを認め、外へ活かせ。

 飛躍したと笑う千人の中に、一人の理解者がいることを願う。

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