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日常に美しさを復活させた 「アーツ・アンド・クラフツ運動」とはにゃにか?

ビジネスに使えるデザインの話


アーツ・アンド・クラフツって何?

ウィリアム・モリスの壁紙

イギリスで興った産業革命は、安価に大量生産される商品を世の中に溢れさせていきます。しかしそのクオリティは低く、この反動は、トルストイらの近代資本主義への批判が芸術にまで及び、その力を追い風として、イギリスの思想家であり、デザイナーのウィリアム・モリスらにより、職人らによる美しく、機能的な中世の手工業的プロダクトへの有り様へ回帰しようという運動が生まれます。これがアーツ・アンド・クラフツ(芸術と工芸)の運動です。この運動はモダニズムによって鎮火していきますが、思想は現代にもなお残っています。

アーツ・アンド・クラフツは、のちに興るアール・ヌーヴォーへ大きな影響を及ぼしました。

アーツ・アンド・クラフツと社会主義との関係

プロレタリアートを描いた絵画

産業革命以前まで活躍していた職人たちは、製品が工場で大量生産されるになったため、プロレタリアートになっていきます。プロレタリアート(ドイツ語: Proletariat)とは、資本主義社会における賃金労働者階級。雇用する側の資本家階級を指すブルジョワジーと対になった概念で、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが『共産党宣言』により広く普及した概念と言葉です。こうして、職人たちは、ものづくりの喜びを仕事ともに失い、消費者(という概念も産業革命によって生まれた)たちは、高度な技術と美しさを兼ね揃えた製品を失っていきます。

こうした資本主義へのカウンターの思想である社会主義、共産主義は、敵が同じという意味で、アーツ・アンド・クラフツと一部歩みをともにします。そのため、ウィリアム・モリスはマルクス主義を信奉し、強く支持しました。


産業革命への反動「アーツ・アンド・クラフツ」

アーツ・アンド・クラフツ運動動(Arts and Crafts Movement)は、イギリスで発生し、ヨーロッパとアメリカの他の地域に広がっていった美術工芸運動。イギリスで興った産業革命の結果、デザインや機能において安価ながら粗悪なものが大量に世に溢れ、職人による工芸の技術、プロダクトの美しさを復興させようとした運動です。1880年頃から1920年の間にヨーロッパと北米に広がりました。日本では、1920年代に民藝運動として興り、広がりました。

伝統的な職人技を重んじ、中世的、ロマン主義的、あるいは民俗的な装飾様式が、アーツ・アンド・クラフツ運動のもとで多く用いられました。1930年代になり、モダニズムに取って代わられていきます。

この「アーツ・アンド・クラフツ」という言葉は、1887年にT・J・コブデン・サンダーソン(T. J. Cobden-Sanderson)が、アーツ・アンド・クラフツ展協会の会合で初めて使いました。そのベースとなった様式は、少なくとも20年前からイギリスで発展していたものでした。

建築家オーガスタス・プーギン、作家ジョン・ラスキン、デザイナー、ウィリアム・モリスらが主導しましたが、ウィリアム・モリスがその中心的な存在でした。 スコットランドでは、チャールズ・レニー・マッキントッシュなどの主要人物に関連しています。モリスは、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一することを主張しました。

アーツ・アンド・クラフツは、アール・ヌーヴォーのルーツでもあります。

モリスらが作る製品自体は、結局高価なものになってしまい、裕福な階層にしか使えなかったという批判もあります。しかし、生活と芸術を一致させようとしたモリスの思想は、各国にも大きな刺激を与え、アール・ヌーヴォー、ウィーン分離派、ユーゲント・シュティールなど各国の美術運動に大きく影響を及ぼしました。

アメリカ合衆国に伝播したアーツ・アンド・クラフツ運動は、イリノイ州シカゴがその拠点となり、建築家の フランク・ロイド・ライトも創立者の一人でした。

ウィリアム・モリス

ウィリアム・モリス(William Morris)

ウィリアム・モリス(William Morris)(1834年 - 1896年)。19世紀イギリスの詩人、デザイナー。マルクス主義者でありました。「モダンデザインの父」と呼ばれています。架空の中世的世界を舞台にした『世界のかなたの森』など多くのロマンスを創作し、モダン・ファンタジーの父とも目されています。

ウィリアム・モリスによる壁紙のデザイン


日本の民藝運動

日本の柳宗悦(やなぎ むねよし)もトルストイの近代芸術批判の影響から出発し、モリスの運動に共感を寄せて、1929年、モリスが活動していたロンドンのケルムスコット・ハウスを訪れました。柳の民藝運動は、日用品の中に美(「用の美」)を見出そうとするものであり、日本独自性を含む思想ですが、アーツ・アンド・クラフツの影響も大いに受けています。

東京目黒区にある日本民藝館
画像引用:https://mingeikan.or.jp
柳宗悦


産業革命はその一方で「グラフィックデザイン」も生んでいる

アーツ・アンド・クラフツは、産業革命へのカウンター運動でしたが、産業革命による大量生産は、「広告」という市場を生み出し、これによりグラフィックデザインというものがにわかに活性化していきます。小規模生産であった手工業から大量生産に移り変わったため、多くの人々に向けたメッセージとして広告が生まれ、広告の精度をあげるための技術がグラフィックデザインでした。


まとめ

わたしたちは、デザインというものをいくぶんアートに含まれるものとして捉えがちです。しかしグラフィックデザインは、産業革命に寄り添うようにして生まれ、一方で職人的な製品の美しさと機能を追求したプロダクトデザインは、産業革命への反動とした消え入りそうだった灯火をアーツ・アンド・クラフツが復活させ、今日まで燃え続けたものでもあります。

デザイン、アート、産業、資本主義、そして歴史は、こうしてけっこう複雑に絡まり合い、分化しづらいものです。デザインをしるためには、アートや歴史の知識も必要になっています。逆にいえば、経営をしていくにあたり、アートやデザインというものを切り離すこともまた難しいといえます。なぜならコミュニケーション方法のひとつでもあるからです。


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おまけ:アーツ・アンド・クラフツに関連のある人物たち

  • ヘンリー・コール(1808年-1882年):ロンドンデザイン学校の校長

  • オーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージン(1812年-1852年):建築家(ゴシック・リバイバルの推進者)

  • ジョン・ラスキン(1819年-1900年):社会思想家、美術批評家

  • G・E・ストリート(1824年-1881年):建築家

  • ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828年-1882年):画家、詩人

  • リチャード・ノーマン・ショウ(1831年-1912年):建築家

  • フィリップ・ウェッブ(1831年-1915年):建築家

  • エドワード・バーン=ジョーンズ(1833年-1898年)画家

  • E・W・ゴドウィン(1833年-1886年):建築家(アングロジャパニーズ・スタイルを確立した)

  • ウィリアム・モリス(1834年-1896年):社会思想家。詩人。デザイナー。

  • クリストファー・ドレッサー(1834年-1904年):デザイナー、植物学者

  • ウィリアム・ド・モーガン(1839年-1917年):画家、小説家

  • ウォルター・クレイン(1845年-1915年):挿絵画家、装飾芸術家(ロイヤルカレッジオブアートの校長)

  • クリストファー・ウォール(Christopher Whall)(1849年-1924年):ステンドグラス作家

  • アーサー・ヘイゲート・マックマード(1851年-1942年):建築家

  • G・F・A・ヴォイジー(1857年-1941年):建築家

  • チャールズ・ロバート・アシュビー(1863年-1942年):建築家

  • アレキサンダー・フィッシャー(1864年-1936年):デザイナー

  • アーネスト・ギムソン(1864年-1919年):建築家

  • ジェシー・ニューベリー(1864年-1948年):デザイナー

  • M・h・ベリースコット(1865年-1945年):建築家

  • チャールズ・レニー・マッキントッシュ(1868年-1928年):建築家

参照




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