変態がデザインした、美しき英国の書体、“Gill Sans”(ギルサン)
ビジネスに使えるデザインの話
ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。毎日午前7時に更新しています。
変態、エリック・ギルの偉業
今回紹介するのは、わたしも大好きな書体、Gill Sans(ギル・サン)なのですが、この書体の解説の前に、デザイナーのエリック・ギル氏自身を紹介します。Gill Sansのデザイナー、エリック・ギル(1882-1940)は、イギリスの書体デザイナーであり、且つ彫刻家、版画画家でもありました。英国史上の著名人に関する参考文献である『オックスフォード・ディクショナリー・オブ・ナショナル・バイオグラフィー』では、エリック・ギル氏を「20世紀最大の芸術家・工芸家:天才的な文字彫刻家・書体デザイナー」と評していました。しかしあとになって、彼の性的虐待が発覚し、物議を醸し出しすことになりました。ギル氏の日記により、近親相姦、飼い犬との性行為(!)などが明らかになりました。ギルのキリスト教の影響を強く受けた版画の作品もまた性的な表現が多く含まれたものでした。
エリック・ギルの書体
そんなエリック・ギル氏がデザインした書体の中で有名なのは、PerpetuaとGill Sansです。
Perpetua(パーペチュア)
Perpetua(パーペチュア)は、ギル氏が、イギリスのMonotype社のためにデザインしたセリフ書体です。Perpetuaは、1925年頃、有力な印刷史家であり、Monotype社の顧問でもあったスタンリー・モリソン(Stanley Morison)に依頼されたものでした。Perpetuaは、特定の歴史的モデルに従わず、モニュメントや記念物のためにギルが彫った経験をベースにして、鮮明でモダンであるニュアンスを意図してデザインしたセリフ体です。Perpetuaは、キリスト教の殉教者、Vibia Perpetuaにちなんで命名され、その生涯を綴ったものが初公開の際に使用されました。そのイタリック体は、同名の彼女の仲間にちなんで「Felicity」と名付けられました。ちなみに、モリソンとギルもカトリックに改宗しています。碑文的な気配とモダンで洗練されたニュアンスが混在する、美しい書体です。
Gill Sans(ギル・サン)
ギル・サンは、エドワード・ジョンストン(Edward Johnston)が、1916年に発表したロンドン地下鉄のコーポレートフォント「Underground Alphabet」をベースにしています。
ギル氏は、ジョンストンの開発初期段階を手伝っていました。ギル氏は、1926年に、若き印刷出版業者であったダグラス・クレヴァードン(Douglas Cleverdon)が、書店を開業したとき、この店のための看板をサンセリフ体の大文字で描いていました。この文字を、パーペチュアのときと同じようにスタンリー・モリソン氏依頼されて書体として活字化するように依頼されます。このとき、モリソン氏は、ギル氏に、当時流行していたドイツ発の書体であるFutura、Erbar、Kabelなどの幾何学的なスタイルに対抗して、碑文をベースとしながらも(Futuraの碑文ベースのプロポーションを持っている)、クリアな書体になるように期待していました。結果、できたギル氏の書体は、厳かさを持ちながらも、とっつきやすい人間味のある印象を与えるものになりました。これがGill Sans(ギル・サン)です。発売すると、すぐに人気になり、London and North Eastern Railway (LNER)がポスター、時刻表、広報資料のすべてにこのフォントを採用しました。British Railwaysは1948年に鉄道会社が国有化されたとき、Gill Sansを標準文字のベースとして採用しています。また、すぐにPenguin Booksのモダニズムで意図的にシンプルな表紙に使われるようにもなります。この人気は現代にまで続きます。イギリスのデザイン界においてその人気が衰えないことから「イギリスのヘルベチカ」とも評されています。Gill Sansが作った、この新しいニュアンスのサンセリフは「ヒューマニスト(Humanist)スタイル」と呼ばれるひとつのジャンルになりました。
サンセリフとセリフ
サンセリフもセリフも書体の種類なのですが、日本語でいうところのゴシック体がサンセリフです。そして明朝体が、セリフです。なぜ日本では、サンセリフをゴシックと呼ぶようになったのかは、こちらに詳しく書きました。
どこにある? Gill Sans
さて、人気だというなら至るところにGill Sansがあるはず。Gill Sansが使われているところをいつくか紹介します。
『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey)
これ、おもしろい使い方をしていまして、「2001」の「0」の部分は、アルファベットの「O(オー)」なんです。
BBC(英国国営放送局)のロゴ
イギリス!という腹落ち感のある使われ方です。
Tommy Hilfiger (トミー ヒルフィガー)
アメリカのファッションブランド、トミー ヒルフィガーのロゴにGill Sansが使われています。
Margaret Howell(マーガレット・ハウエル)のロゴ
イギリスのファッションデザイナー、マーガレット・・ハウエルのブランドロゴもGill Sansです。
東京証券取引所の(旧)ロゴ
ちょっと意外なところにもGill Sans(condensed)が使われています。
Philips(フィリップス)のロゴ
オランダの電気機器関連機器メーカー、フィリップスのロゴもGill Sans。
まとめ
「イギリスのヘルベチカ」とも呼ばれていますが、ヘルベチカが誕生したのは1957年ですが、Gill Sansは1926年に世に出ています。こちらのほうがずっと長生きな書体です。彼の素行の一部を見て、どのような人間なのかを判断することはできませんが、人格とデザインの美しさや素晴らしさは合致するわけではない例として、Gill Sansを捉えても良いかと思います。良いものは良い。
ちなみに、イギリス的だ!とこの書体を捉える必要はありません。見ての通り、アメリカ合衆国でも日本でも使われています。イギリスで人気を博してきていますが、国を限定して書体を選ぶ必要はありません。この書体が持つニュアンスは、ちょっとおかしなことに「人間的な柔らかさと美しさ、そして厳かさ」です。こうやって書くと、ずいぶんとエリック・ギル氏らしい書体と言えるかもしれません。
参照
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