書体“Franklin Gothic”とニッポン
ビジネスに使えないデザインの話
ビジネスに役立つデザインの話をメインに紹介していますが、ときどき「これはそんなにビジネスには使えないだろうなぁ」というマニアックな話にも及びます。今回の話は、使えそうなのに、そんなにビジネスに使えないんじゃないかなーって内容です。別に知らなくても良い話だけど、知ると「へええええ!」とはなると思います。デザインの話は毎日午前7時に更新しています。
なぜ日本でだけ、サンセリフを「ゴシック体」と呼ぶのか?
こういう書体を日本では、「ゴシック体」と呼んでいます。グラフィックデザイナーたちは、(自分たちだけなら)これを「サンセリフ」(Sans-serif)と呼びます。この差は何か? どこから生まれたのか?って話と今回紹介するフランクリン・ゴシック(Franklin Gothic)という書体には、がっちり関係があります。まずは、なぜ日本でだけ、こういった書体(サンセリフ)を、「ゴシック」と呼ぶようになったのか、その経緯から話をしていきます。
日本の活字は、欧文の影響を受けている
明朝体
わたしたちが日頃使っている日本語の書体は、おもに明朝体とゴシック体の2種類です。明朝体は、中国で、木版印刷に使うには楷書体が不便なため、宋朝体(そうちょうたい)へ変化し、これがさらに変化して、明朝体(中国では、明体という)になっていきました。
宋朝体が生まれたのは、宋代(960年 - 1279年)。これが明朝体へと変化していくのは、明代(みんだい:1368年–1644年)から清代(しんだい:1644年–1912)にかけて。日本には、明の時代に輸入され、1508~1566年の正徳・嘉靖の時代に定着していきました。しかしこの明朝体が、“正式な書体”的なポジションを獲得していくのは、活版印刷の普及の始まりがきっかけで、それは上海にあった印刷所でした。この印刷所で何を印刷していたのかというと聖書。聖書では、欧文でセリフ体が使われていたので、それに近い明朝体が漢字での聖書の印刷に使う書体として選ばれました。こういった流れで、印刷に使われる文字は明朝体となり、印刷技術とともに日本に渡ってきました。日本で使われる文字の2種類のひとつが、明朝体なのは、こういう経緯です。ちなみにセリフ体とは、こういった書体です。
ゴシック体
ゴシック体が日本に輸入されるのは20世紀の初め頃。輸入されたときには、この書体は「オルターネート・ゴシック」(Alternate Gothic)という書体名でした。これは、「ゴシックに代わる書体」という意味です。ここでいう“ゴシック“とは、以前も紹介した「ブラックレター」という書体。
この書体は、ローマン体(オーソドックスなローマ字)に対して、ゴシック(ゴートっぽい)とも呼ばれていました。印刷を発明したヨハネス・グーテンベルクが、世界で(だいたい)初の印刷をしたときの文字はこの文字でした。でも、これちょっと読みにくい(イタリア人的には)ので、もっと読みやすいローマン体を使おう!ということでドイツでは、このブラックレターを、その他の多くの国では、ローマン体を使うという流れになっていきます。ときには20世紀になり、アメリカ合衆国では、「サンセリフ(Sans-serif)」という書体(上記参照)が開発されはじめます。そんな流れのなかで、多作のモリス・フラー・ベントンという書体デザイナーが、「オルターネート・ゴシック」という書体をデザインします。
これが日本に輸入され、日本語でもこんな感じの文字作ろう(うろこがない書体)ということで生まれたのが「ゴシック体」。「オルターネート・ゴシック」だと長いので、「ゴシック」って略して呼ぶようになり、そう呼ばれました。これが日本でだけ、サンセリフ体を「ゴシック体」と呼ぶようになった経緯です。そして、このオルターネート・ゴシックをデザインしたモリス・フラー・ベントンが、この書体の前にデザインしていたのが、今回紹介するフランクリン・ゴシック。ん?前置き長い?
Franklin Gothic
Franklin Gothic(フランクリン・ゴシック)がデザインされたのは、1902年。アメリカ合衆国のモリス・フラー・ベントン(わたしは別の記事でフュラーとも書いています)氏。ベントン氏が、サンセリフ体のことを「ゴシック」と名付けていました。しかし書体名として欧米では、ゴシックという呼び方をすることはほとんどありません。ゴシックはある時代について語るときなどには使われます。ゴシックについても書いています。
フランクリン・ゴシックの使命は、目立つこと
フランクリン・ゴシックがデザインされた経緯は、この時代にセリフ(はじっこのぴろっとした部分)がない書体がとても目立つという理由で生まれます。広告や見出しに使うためです。ついていたものがついていない(セリフ)ので、グロテスクとも呼ばれました。フランクリン・ゴシックはそんな時代で人気を博しますが、時期にバウハウスやアール・デコなどの流行に追いやられていきます。しかし1940年代になって、再発見されるかたちで再び脚光を浴びました。それ以降、太さや種類を増やしながら現代に至っています。
フランクリン・ゴシックの特徴
他のサンセリフ書体との違いは、より伝統的な2階建て(double-storey)の小文字の「a」とg。Qの尾とgの耳など。
Alternate Gothic(フランクリン・ゴシック)
コンデンスド(圧縮された)ゴシックとしてもしられるAlternate Gothic(オルターネート・ゴシック)は、フランクリン・ゴシックにつづいて1903年にリリースされました。これが日本に伝播していきます。
Franklin Gothicのニュアンス
このFranklin Gothic(フランクリン・ゴシック)が持つニュアンスは、
です。この時代のあとに、サンセリフは、読みやすさや幾何学的なニュアンスなどの展開を見せ、派生し且つ洗練されていきます。それらの書体にくらべて、フランクリン・ゴシックはごつごつして荒削り。そしてどうもアメリカ感が滲み出てきます。使われ方をちょっと観てみましょう。
ね? アメリカっぽいです。
「フランクリン」の名は、ベンジャミン・フランクリンから
超絶多彩なベンジャミン・フランクリン氏。印刷業者でもあったベンジャミン・フランクリン氏の名前からフランクリンを拝借して、この書体につけています。さらにまたアメリカっぽさが増します。
まとめ
フランクリン・ゴシックから「アメリカっぽさ」を引いて残るのは、粗い野太さです。これよりも洗練された書体が多く生まれてきたのに、なぜか現代でも人気のままであるこの書体の魅力は、「粗さ」へのニーズがあるためではないでしょうか。
こうしてみると、言語化したものの他にも、名状しがたい魅力が、この書体にあることを感じます。あ!タイトルで、この書体と日本の繋がりを謳っていました。この書体が生まれたからこそ、日本でサンセリフ体に相当する日本語書体を「ゴシック体」と呼ぶようになったんです、という話でした。
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参照
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