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“漫画の吹き出し”には、明朝体とゴシック体が両方使われていることを知っていますか? 「アンチック体」とは?

ビジネスに使えるデザインの話

デザイナーではない方に向けた、ビジネスに役立つデザインの話マガジン。グラフィックデザイン、書体から建築、芸術まで扱います。毎日更新予定。


漫画の吹き出しに使われている書体について(ビジネスに使える知識ではないけれど!)

十日 草輔(とおか そうすけ)作 漫画『王様ランキング』6巻より

ビジネスに使えるデザインの話と銘打っているのに、今回はビジネスシーンで使えそうな知識ではありません。が、知らない方には「へえええええ!」となるのではないかと思う、デジタル全盛期ともいえる現代にも生き残るアナログ由来の習わしのひとつについて触れたいと思います。

わたしたちは何気なく、漫画を読んでいますが、漫画の吹き出しに使われる書体にはちょっと変わった習慣があります。それは……

漢字にはゴシック体、ひらがなやカタカナには明朝体(※)を使う

というもの。「え!?」「ほんとだーーー!」ってなりました?ならなかったら、この記事はなかば失敗です。気づかないで読んでいると思っていたので。ちょっとは驚いていただいたと思って話を続けます。ちなみに明朝体に(※)を付けているのは、もっと正確にいうと明朝体ではなく「アンチック体」だからです。

アンチック体

「秀英アンチック」という書体。〓は「ゲタ」という記号で、無い文字に対して使われる活版印刷由来の記号です。

アンチックという名前は、「アンティーク(antique)」が由来です。聞き慣れないかもしれないこの「アンチック体」とは、明朝体の骨格を持ちながら線が均質な太さ(ゴシック体のように)、太いフェイトの明朝体の仮名とは異なり、太さにメリハリがあまりありません。比べてみましょう。こちら(↓)は、秀英明朝のB(太い)です。

秀英明朝(B)

太さにメリハリがあります。このアンチック体がなぜ生まれたのか。それは、金属活字時代に質の悪い紙に大量に印刷する印刷物に使うためでした。まず金属活字とはこういうものです。

画像引用:https://asobo-design.com/nex/blog-1235-39601.html

デザイン物に対してテキストを配置することを「文字組(もじぐみ)」と言うのですが、それはこの金属活字由来の言葉です。上記のような金属活字をひとつひとつ、文字通り「組んで」、文章を作っていました。組まれた文字が、版になって、がちゃんがちゃんと紙に印刷していました。これを活版印刷(かっぱんいんさつ)と言います。

これが活版印刷です。文字の部分がちょっと凹んだ名刺をもらうことなどないでしょうか?フリーランスのデザイナーやフォトグラファーなどの名刺によく見かけるかもしれません。現代では、割高で普通のオフセット印刷の10倍くらい印刷費がかかります(ざっくり言って)。

アンチック体の話に戻りますが、漫画のように(現在でも漫画の紙の質は、コンビニおいてある雑誌のなかで一番低いはず)紙の質が低いと字がにじみます。にじむと明朝体のように細い線があるとにじむため、とても読みにくくなります。そのため、にじんでも読みにくくならないような明朝体としてアンチック体が開発されました。ちなみに漢字はなぜゴシック体だったのかというと画数がひらがなより圧倒的に多い漢字は明朝体で組むとより文字が潰れてしまうからでした。

「え、じゃあ、ぜんぶゴシック体で組めばいいじゃない?」

そう思われるかもしれません。しかし当時(明治時代ごろから昭和初期にかけて)まだゴシック体のひらがなの開発がおいついていませんでした。それに、長文(読ませるための文)は、読みやすいので、「できるだけ明朝体を使いたい」という出版側の思いもありました。結果、漢字はゴシック体、ひらがなやカタカナはアンチック体という組み合わせが主流になり、定着しちゃいました。それも現代まで。


アンチゴチ?

漢字以外の部分が「アンチック体」。これは「秀英アンチック+」という書体で、漢字部分は「秀英角ゴシック」、かな部分は「秀英アンチック」になっている便利なフォント。

アンチック体というのは、「粗悪な紙でも潰れにくい、メリハリのない太い明朝体の仮名」です。漢字はアンチック体ではなく、ゴシック体。そんなわけで、この2つを混植したものを「アンチゴチ」といいます。漫画に使われているものがそれです。

気づかないのは、ゴシック体とアンチック体がよく馴染んでいるため。野田サトル(作)『ゴールデンカムイ』(26)より

なぜ漫画だけ?!

なぜ漫画だけに、このアンチゴチという混植が残り続けたのか?それは、小説や雑誌に比べて、漫画のほとんどが手書きの絵がベースであり、そこに文字を載せていくため、版下作業が必要だったからです。版下(はんした)とは、印刷工程において刷版の直接の原稿となるもので、文字や画像などを配置して版を作ることです。吹き出しにあわせて文字を載せていくので、手作業で行われ、(活版印刷のあとは写植という印刷技法を使っていました)それゆえにアンチゴチがつかわれ続けてました(紙質が良くないこともありますが)。

しかし、このアンチゴチは、漫画においての使用頻度は減りつつあります。それは漫画の出版、印刷においてもDTP化が進んだため。現在では、多くの書体がつかわれるように成ってきました。(印刷や紙の質の向上も手伝って。)人物によっては、場面によって、声の大きさによって、書体は使いわけられています。

それでも、アンチゴチ、アンチック体は、漫画の吹き出しのベースになる書体としてつかわれ続けています。ちょっと気が向きましたら、読んでいる漫画に使われている書体に注目してみてください。思った以上に細かな使い分けがされているはずです。そしてそれに気づかずに読んでいたのであれば、それが書体を組んでいる方々の功績でもあります。なぜなら、スムーズに読ませることとニュアンスをできるだけ伝えること、という相反するタスクを熟した妙技と言えるからです。エディトリアルデザインの仕事は、こういった「気づかれないこと」が仕事の目指すところです。良い仕事をすればするほど気づかれないわけです。黒子のプロ、プロの黒子というところでしょうか。

まとめ

ロゴやグラフィックデザインに限らず、書体に注目して、ちょっと掘ってみると意外な歴史や文化が掘り出されてきます。たとえば、今回の漫画独特のアンチゴチという混植についても、そこに印刷技術の歴史というものに行き着いたりします。もっと掘ると今度は、明朝体とローマ字のセリフ体の関係とか上海での印刷とか聖書とかに行き着きます。もっと掘ると今度は嵯峨本(さがぼん)という江戸初期の木の活字を使った印刷技法使った本の存在にも行き着いたりします。これからもちょっと掘ってみては、掘れたものをご紹介していきます。

参照

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