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“丸ゴシック”っていつ生まれてどうやって使うの?

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています

今回の話、どのあたりビジネスに使えるのか?:何気なく、明朝体、ゴシック、丸ゴシック体、楷書体と使いわけていますが、この「何気なく」を「意識的に」とコンバージョンしちゃうあたりがビジネスに使える理由です。

“丸ゴシック”って何?

何気なく、なんとなく、わたしたちは場面場面で書体を選んで使っています。その選択肢のなかに丸ゴシックもあります。けっこう使うことが多いのではないでしょうか。トイレに「きれいに使ってくださって、ありがとうございます」という張り紙を作るときなど、よく使われています。さてこの丸ゴシックっていつ生まれたものなのか?どんな種類があるのか?海外ではどうなのか?などをざざっと紹介していきたいと思います。これを読むと、少なくとも、丸ゴシックを使うときは、「なんとなく」ではなくて「意図的に」使うになるはずです。

「ゴシック」って何?

ちゃんと説明するとゴシックとは何か?はけっこう長い話になります。言葉の由来は、東ゲルマン系に分類されるドイツ平原の民族であるゴート族、ゴート人から。「ゴート人の」が「ゴシック」。ちなみにゴート人は姿はこのように描かれています。

artwork: unknown; file: James Steakley - German history book, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12136714による

ゴシック、ゴシック建築、ゴシック美術についてはこちらの記事に詳しく書きましたが、ここでは端折って説明します。

ルネッサンス時代に入って、過去の建築様式を「ちょっとダサくない?」という扱いをするようになり、「なんかイモくさい」のようなニュアンスで、「ゴート人っぽくて粗野な感じー」と総括的に扱うになって、ゴシック建築およびゴシック美術を「ゴシック」と呼ぶようになりました。美術や音楽などの「あるある」ですが、ある時代を総括して呼ぶときは、それが過ぎ去ったあとである場合がほとんどです。そして批判的であることも多い。これは現代や現在を肯定する姿勢を反映したものです。閑話休題。

ゴシックとは、12世紀後半から15世紀の建築、美術、哲学などをざっくりまとめたもの。ゴシック建築も美術もいくぶんグロテスクなものを含んだ気配がありました。そんな気配のゴシックという世界観が18世紀後半のイギリスで、このおどろおどろしい(グロテスクな)ゴシックな世界観を使った小説が流行しました。それをゴシック・ロマンスと呼んでいました。

メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』挿画。この小説 (1818) もしばしば「ゴシック・ロマンス」に分類される。
Theodore Von Holst (1810-1844) - Tate Britain. Private collection, Bath., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4940182による

このグロテスクなニュアンスが、書体の「ゴシック」にはあります。ちなみに現代でのゴスロリなどのゴス=ゴシックは、先のゴシック・ロマンスのニュアンスを含んだロックミュージックのジャンルが起源となっています。

ゴシック調の暗い音楽にシフトした最初のポストパンクバンドは、スーシー・アンド・ザ・バンシーズ(1979)
By Polydor, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=37660971

そんなゴシックが、書体の種類を示す言葉になったのは、日本でであり、原因は「省略の間違い」からでした。日本にゴシック体が輸入され始めたのは20世紀の始め頃。その代表的な書体が、モリス・フュラー・ベントンの「オルタネート・ゴシック」というものでした。

Alternate Gothic
source: http://e-daylight.jp/fonts/type/a/alternate-gothic.html

この名前、「ゴシックにかわる書体」みたいな意味です。じゃあこの「ゴシック」って何を意味していたのかというといわゆるドイツ文字といわれるこんな書体です。

ブラックレター、またはドイツゴシック
Source: Learning Blackletter Alphabets

こんな文字の代わりに作りましたー」という書体が「オルタネート・ゴシック」が日本に輸入され、「なんか長いから省略しようよ」ということで「オルタネート」が省かれ「ゴシック」となりました。結果、こういった書体を日本でのみ「ゴシック」体と呼ぶようになりました。欧米では「サンセリフ」呼んでいます。この経緯について詳しく書いた記事はこちらです。


丸ゴシック、欧米ではあまり使われていない?!

丸ゴシックは、欧米、つまりローマ字を使う文化のなかでは、比較的(日本と比べて)少ないようです。とても有名な、日本でいうところの丸ゴシックな欧文書体は、VAG Roundedという書体です。この書体は、フォルクスワーゲン社のための書体としてデザインされたものです。フォルクスワーゲン社は1990年代初頭にこの書体の使用をやめています。)

これがVAG Rounded
Photo: Michael Arndt. License: All Rights Reserved.

VAG Roundedのほかにも、GothamやHelvetica、DIN Nextなどに丸ゴシックタイプ(Rounded「丸みを帯びた」)がデザインされています。が、全体的に丸ゴシック(rounded)な書体の使用は、日本に比べて(肌感覚的なものになりますg)少ない気がします。欧文では「やわらかく言う」というニュアンスを使う場面が少ないのではないか、というのがわたしの推測です。


丸ゴシックはいつ生まれのか?

さて、日本における丸ゴシックの誕生はいつなのでしょうか。現存している資料としては、、秀英舎の『活版見本帳』(1914年)に『初號丸形ゴヂック』という丸ゴシックが掲載されているので、1900年代の始め頃には出現?していたのではないと推測できます。

1914年『日本印刷界』「大正博覧会」記念号に掲載された、秀英舎の折り込み広告
出典:UCHIDA Akiraさんのツイートより

、秀英舎の『活版見本帳』(1914年)には『初號丸形ゴヂック』が掲載されています


テレビに使われるようになった丸ゴシック

1956年に写植用に石井中丸ゴシック体という書体が、ネームプレート用として制作されました。

石井中丸ゴシック MR
画像出典:写研

この時代は、テレビ放送の字幕用として写植が普及しつつありました。当初は石井太ゴシック体が使われていましたが、テレビ局の要望を受けて、石井中丸ゴシック体をテストしてみた結果、報道用に最適と判断されて、採用されました。最近でも装丁や広告、テレビコマーシャル等で石井中丸ゴシック体が使われてきました。2000年代中期から2007年4月までのTBSの報道番組のテロップでも頻繁に見ることができたようです(※1)。このような発展と経緯により、現在の丸ゴシック体の源流は、この石井中丸ゴシック体と考えられているようです(※2)。


写研の「ナール」の登場

1973年に写研は、写植用文字盤として「ナール」を発表します。

手動写植機で印字したナールファミリー(印字:亮月写植室)
画像出典:亮月製作所

このナールは、デザイナーの中村征宏(なかむら ゆきひろ)氏が1970年、写研主催の「第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト」応募作「細丸ゴシック」として発表し、1位を受賞した書体です。この書体はデザイナーの名前である「中村」の 「ナ」と、「ラウンド」の頭文字「R」を組み合わせて、「ナール」と名付けられ、1972年に写研から発売されました。このように石井中丸ゴシック体からナールまで、テレビのテロップとして多様されたため、またたく間に日本人において「丸ゴシック」は無自覚に馴染みのある書体になっていき、浸透していきました。

丸ゴシックの種類

現在、丸ゴシックにはどのような種類があるのでしょうか。その代表的なものをいくつかご紹介していきます。

じゅん(モリサワ)(1973年)

じゅん101
画像出典:モリサワ

じゅんは、モリサワが開発・販売している丸ゴシック体で、デザインは三宅康文氏。1973年、写植書体としてじゅん 101が発売され、その後ファミリー(文字の太さのバリエーションをファミリーという)として展開されていきました。既に発売されていた「じゅんゴシック」をもとにして開発されたようです。名前の由来は、あJuniorとされ、もとになっている「じゅんゴシック」がすでに幼少学参向けのデザインでした。じゅんは、写研のナールに対抗する書体として開発されたと考えられています。

筑紫A丸ゴシックと筑紫B丸ゴシック(フォントワークス)(2008年)

筑紫A丸ゴシックと筑紫B丸ゴシック

「筑紫(つくし)」はフォントワークスの書体シリーズ。筑紫の丸ゴシックはAとBがあり、Bは、Aより仮名やローマ字、数字がオールドスタイルにデザインされています。デザイナーは、藤田 重信氏。


秀英にじみ丸ゴシック(モリサワ)(2018年)

秀英にじみ丸ゴシックを拡大したもの。アウトラインがにじんでいる。

モリサワは2018年に秀英体をベースにした「にじみ」シリーズをリリースしており、そのひとつにこの秀英にじみ丸ゴシックがります。文字通り、インクのにじみが再現されており、アナログ感のある書体です。

どうやって使うのか?

こう使うべし!というルールは書体にはないのですが、上記の通り、丸ゴシックは「ものごしの柔らかい」というニュアンスをもつ書体です。それをベースとしてアナログ感が加わったり、個性が強かったり、弱かったり、ちょっと冷たかったり、ぬくもりがあったりするものが展開されています。「ものごしが柔らかい」ニュアンスを加えたいときに、丸ゴシックは有効な書体です。逆に「柔らかくしたくない」ときには向かない書体です。

こちらは、筑紫A丸ゴシックを使った表記です。なんとなく「ちょっとくらい入ってもいいかなー」という気配がある気がしませんか?(笑)こういうときは柔らかくない角ゴシックを使ったほうが良いでしょう。

ゴシックMB101を使い、ひらがなをなくしたもの。
立ち入ったらとても怒られそう……


まとめ

ちょっといま手元に写真がなくて残念なのですが、うちの近くにある踏切での非常停止ボタンを場所や扱いを示すのに、丸ゴシック体が使われていました。ほとんどすべて丸ゴシック体で表記されているのですが、「強く押す」の部分だけ、ゴシック体が使われているんです。これって、丸ゴシックの部分は柔らかく、親切に説明している「声」のニュアンスを表現しているんです。しかし「強く押す」の表記は、実際に誰かが緊急な状況にあって押さなくてはいけない状況を想定しているんです。そこでは柔和な声ではなく、はっきりと大きく、そして強く「押せ!」というニュアンスを表現しているんですね。このように丸ゴシックは、「優しく」「怖くない」というニュアンスをみせるために使われていることが多い。それを意識すると、より伝わる表現がさまざまな場面でできるようになり、且つ、表現している人たちのメッセージも何気なくではなく、はっきりと読み取れるよになることでしょう。

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参照

※1

※2


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