知っておきたいデザイナー№6: グリッド・システムを作った ヨゼフ・ミュラー=ブロックマン
ビジネスに使えるデザインの話
ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています。
“知っておきたいデザイナー”×7
「何のために」“知っておきたい”のか。それは、デザインという知識は、世界を広げて深めてくれるのですが、重要なデザイナーを知ると、それが簡単になるからです。時代や流行の流れのようなものを人を介して全体を観ることができるようになるんです。点をつなぐと星座が見えるように。そんな北斗七星のようなグラフィックデザイナー7人を紹介していきます。一人目は、スティーブ・ジョブズにも怒った、巨匠ポール・ランド氏。二人目は、日本のグラフィックデザインをがっつり底上げした、亀倉雄策氏。3人目は、映画のデザインを大きく前進させたソール・バス(ロゴの制作でも活躍)。4人目は、書体でもポスターでも後世に残す作品を作り上げ、アートからデザイン・広告への移行の道を作り上げたアドルフ・カッサンドル。5人目は、日本のカルチャーとサブカルチャーの両方の礎を作った仲條正義氏でした。今回は、「グリッド・システム」というものを考案して確立したヨゼフ・ミュラー=ブロックマンという方を紹介していきます。
ヨゼフ・ミュラー=ブロックマン
そして今回は6人目は、スイスのグラフィックデザイナー、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマン(Josef Müller-Brockmann, 1914-1996)氏。
ブロックマンは、音楽を抽象的な図形を使って表現したポスターをデザインした方として有名なのですが、「グリッド・システム」(後述)というものを確立させたことでも有名です。彼の作品とグリッド・システムというものが何かをみていきましょう。そのまえに、ブロックマンその人の紹介からしていきましょう。ところでブロックマン氏は、1961年に日本のデザイン学校にレクチャーを頼まれて来日しています。そして1961年(47歳)から大阪大学で客員教授を務め、50歳のときに交通事故で妻を失ったあと、53歳のときに、日本人の抽象画家、吉川静子氏と結婚しています。となにかと日本とつながりもある方です。
概要
ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンは、スイスのグラフィックデザイナー、タイポグラファー、教師。ブロックマン氏は建築、デザイン、美術史をチューリッヒ大学とチューリッヒ芸術大学の両方で学びました。1936年(22歳)にグラフィックデザイン、展示デザインと写真に特化したスタジオをチューリッヒに設立。1951年(37歳)よりチューリッヒのトーンハレ(チューリッヒにあるコンサートホール)で開催されるコンサートのポスターデザインを手掛けていました。1958年(44歳)、R.P.ロース、C.ヴェルディ、H.ノイブルクらと共にノイエ・グラフィック誌(Neue Grafik)の創刊者兼編集者となります。1966年(52歳)にIBMのヨーロッパのデザイン・コンサルタントに選任されました。ブロックマン氏の作品は、スイス・スタイルの典型例として引用されることが多い。日本の歴史的なグラフィックデザイナー、亀倉雄策氏は、ブロックマン氏の色彩に対して天才的に敏感である、と述べています(『ヨゼフ・ミューラー=ブロックマン ggg Books 23(スリージーブックス 世界のグラフィックデザインシリーズ23)』)。
ブロックマンの作品
1950年代、ブロックマン氏は、抽象表現をポスターに使い、有名になりました。この時代は、建築を含め、大きくモダニズムの影響をデザイン業界も強く受けています。モダニズムは、機能美、Less is more(少ないことでより多くを機能する)など、ミニマリズムなどを特徴しています。たとえば、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの建築など、モダニズムの典型です。
そんな文脈のなかで、音楽という目に見えないものを幾何学的に表現したブロックマン氏の作品は、ひとつの指標となりました。
ブロックマン氏のお気入りの書体は、アクチデンツ・グロテスク
ブロックマン氏のお気入りの書体は、アクチデンツ・グロテスク(Akzidenz-Grotesk)でした(※4)。アクチデンツ・グロテスクは、サンセリフ(日本でいうところにゴシック体)の初期の頃のもので、デザインされたのは1898年。ドイツ、ベルリンのBerthold Type Foundryという鋳造所からリリースされています。
アクチデンツ・グロテスクはけっこう古いのですが、第二次世界大戦後、いわゆるミッドセンチュリーになって、スイスで人気が復活しており、このころのスイスのグラフィックデザイン、いわゆる「インターナショナル・タイポグラフィック・スタイル」のなかでとてもよく使われた書体です。ブロックマンのほかにも、アーミン・ホフマン氏もこのアクチデンツ・グロテスクを多用していました。
グリッド・システム
こちらの本は、ブロックマン氏による「グリッド・システム」で、文字通り、レイアウトのグリッドをベースに則って配置するための指南書です。しかし、グラフィックデザイナーの佐賀一郎氏が、「律動」がグリッドに先行している、とこちらの記事で解説されているように、意外にも、ブロックマン氏のグリッド・システムは、動的なリズムやダイナミズムを、主観を排して、伝えようとするものでした。なるほど、彼が数多く制作したポスターは、コンサートのポスターでした。音楽という目に見えないものを、観る人に幾何学的なパターンやレイアウトで、伝えようとする新しい(しかしモダニズムの流れを汲んだ)システム、それがブロックマンのグリッド・システムです。マージンの取り方一つとっても、ページ単体でみるだけでも、それが右側のページか、左側のページなのかを直感的に理解できるようにした工夫があるものです(わたしはなかなか苦労して英語で読んだのに、2019年に日本語版が出版されていました)。
現在では、ウェブデザインの基本になっているグリッド・システムです。しかし元来、ブロックマン氏のグリッド・システムは、楽譜のように静止して見えて、その奥に、耳に心地よいようなリズムが潜んでいるんです。
まとめ
ブロックマン氏といえば、「スイス・スタイル」とも言われる「インターナショナル・タイポグラフィック・スタイル」の代表的な存在なのですが、スイスは数カ国語を使う国のため、さまざまなものの文章による表記が、単一語にくらべて、二、三倍多いものになります。がゆえの「インターナショナル」という表記なのですが、この多すぎる文字を以下にストレスなく読めるようにするのか、という工夫がモダニズムの文脈と相まって、整理されたものが、ブロックマン氏の作品が象徴しているものでもあります。このインターナショナル・タイポグラフィック・スタイルは、モダニズム同様に現在のデザインにもその潮流が脈々流れ続けているので、どうして「知っておきたいデザイナー」のなかで、紹介したいデザイナーでした。
関連記事
ブロックマン氏は、デザイン様式・時代の分類では、「インターナショナル・タイポグラフィック・スタイル」に分類されています。
関連書籍
『グリッドシステム グラフィックデザインのために』
日本語の翻訳本が出ているの、しりませんでした。2019年出版。監修は、白井 敬尚氏。
『遊びある真剣、真剣な遊び、私の人生 解題:美学としてのグリッドシステム』英語版
ブロックマンその人を知るにはこちらの本。
『ヨゼフ・ミューラー=ブロックマン ggg Books 23(スリージーブックス 世界のグラフィックデザインシリーズ23)』
こちらは主に作品集。しかし冒頭に亀倉雄策氏が短いながらも解説を書いています。そのタイトルは「哲学的デザイン」。
参照
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*4 Graphic Icons: Visionaries Who Shaped Modern Graphic Design
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