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映画『ロスト・イン・トランスレーション』のタイトルはドイツの書体“Kabel“

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。毎日午前7時に更新しています


1920年代生まれのドイツ発の3つの書体

前回、イギリスの書体デザイナー、エリック・ギルの「Gill Sans(ギル・サン)」を紹介したときに、ちらっと触れたのが、当時(1920年代)人気の3つのドイツ発書体、Futura、Erbar、Kabel。なかでもFuturaは有名で、現代でも至るところに使われています。例えば、映画『007 No Time to Die』のタイトルやルイ・ヴィトンのロゴなどに、Futuraが使われています。これらの書体に共通しているのが、幾何学的であるところです。ところで、「幾何学的」って何でしょう?

幾何学

18世紀の百科事典の幾何学図形の表

そもそも「幾何学」とは何か。英語では、geometry(ジオメトリー)。幾何学は、図形や空間の性質について研究する数学の一分野です。もともとは、古代エジプトにおける土地測量が起源。(Geometryの語源は「土地測量」。)古代ギリシャの歴史家、ヘロドトスの記録では、エジプトでは毎年春になるとナイル川が氾濫し、そのおかげで砂漠での農耕が可能になるものの(氾濫した川が、土を瘢痕で来るため)、去年の畑の境界線はすべて流れてしまっていました。古代エジプトでは、隣人の土地を盗むのは大きなタブーであったため、畑の境界線がわからなくなることは大問題でした。そのため、印をつけた縄でまっ平らになった土地を元どおり区割りする「縄張り師」と呼ばれた測量専門家集団が発生し、かれらによって土地測量術が発達しました。現在、ピタゴラスの定理として知られている数学定理などがこの時代(5000年前)には、すでに経験則として知られ、縄張り師たちは3:4:5の比率で印をつけた縄を張って、畑の角の直角を取っていました。こういった起源が象徴するように幾何学は、「図形を研究する数学」として捉えるのが、まあまあの正解です。現代においては分化し、複雑化し、微分幾何学や代数幾何学、位相幾何学などの理論が生まれています。というわけで、「幾何学的」という言葉は、言い換えれば、

図形を研究する数学が描く図形図のニュアンスを持っている

と言えます。そんな幾何学な特徴を持った3つの人気書体のうち、今回は、Kabelを紹介します。ちなみに書体、Erbarは、こんな書体です。

Erbar
デザイナーは、Jakob Erbar。リリースは1922–1930。


書体、Kabel

ソフィア・コッポラの東京を舞台にした映画『ロスト・イン・トランスレーション』のタイトルに使われるKabel
source: blog.wearebuild.com via Fonts in use License: All Rights Reserved.

Kabel(カベル)という書体は、思うに日本ではあまり知名度が高くありません。少なくともFuturaに比べたらぜんぜん知られていないと言っても良いくらいです。デザインされたとしは、1927年。デザイナーは、ルドルフ・コッホ(Rudolf Koch) (1876 – 1934)というドイツの書体デザイナーです。

ルドルフ・コッホ(Rudolf Koch)
source: Special Collections Digital Index “Rudolf Koch: His Work and the Offenbach Workshop”

コッホが、クリングスポール活字鋳造所(the Klingspor foundry)のためにデザインしたサンセリフがKabelです。サンセリフとは、日本語でいうところのゴシック体。詳しくは『欧文書体の種類を知ろう:サンセリフ編』でサンセリフについて解説しています。

この頃のドイツは、第一次世界大戦後におきたバウハウスという芸術・デザイン運動(および学校)の潮流がありました。その影響を受けて、幾何学的なデザイン、書体が多く生まれました。

バウハウス

バウハウス、デッサウ校

バウハウスと(Bauhaus)は、第一次世界大戦後にドイツ中部の街ワイマール共和国に設立された美術学校。 1919年から1933年のたった14年間に工芸、写真、デザイン、美術、建築など総合的な教育を行っていました。


Kabel
By Blythwood - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=54276653

Kabelは、円と直線の構造をベースにしていますが、ちょっと低いxハイト(ただし太い、ボールドでは高くなる)、傾いたe、不規則な角度のターミナル(文字の端っこ)など、多くの珍しいデザインの特徴を持った書体です。それでいながら、ルドルフ・コッホ氏が得意としていたスタイリッシュなカリグラフィー(習字)を思わせる不規則性も持っています。幾何学的に見えながら、カリグラフィー的な流れを持つ文字デザインで、実際には、かなり人間味のある「顔」を持つ書体です。Kabelには、ITCやAdobeなど多くのメーカーによるものがリリースされています。その違いは、割愛!そんなKabelがどのように使われているのか見てましょう。

Kabelの使用例

映画『ロスト・イン・トランスレーション』

ソフィア・コッポラの東京を舞台にした映画『ロスト・イン・トランスレーション』のタイトルに使われるKabelsource: blog.wearebuild.com via Fonts in use License: All Rights Reserved.

映画『ロスト・イン・トランスレーション』のタイトルにKabelが使われています。ビル・マーレイ氏の表情や衣装と相まって、Kabelの「人間っぽさ」が引き立っています。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジャケット

Source:  License: All Rights Reserved.

1969年にリリースされたアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』のジャケットにKabelが使われています。どこか、バランスの悪さが、(バランスの悪い)人間らしさを醸し出しています。

ローリング・ストーンズのアルバム“Tatoo You”のジャケット

Source: www.flickr.com Uploaded to Flickr by Bart Solenthaler and tagged with “kabel”. License: All Rights Reserved.

こちらのアルバムは、リリースが1981年ですので、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのリリースから10年以上経っています。息の長い人気が伺えます。

ジーンズのブランド、ラングラーのロゴ

ラングラーのロゴに使われているのは、KabelのBLACK(とても太い)。いろいろ調整はされています。

まとめ

今どき、とは言い難いものの、Kabelは、百年近く使われ続けている長寿の書体です。この書体が持つニュアンスは「幾何学的に見えて、人間っぽい」ところ。絶妙にバランスが悪く、(いや良いのか?)、変な気持ち悪さを含むのに、憎めないといか愛らしい。そういう書体です。生まれはドイツですが、国に関係なくよく使われています。そして使われ方を見ていると「人間っぽさ」が共通して含まれているように見えます。「人間っぽさ」というものをちょっとひねって表したいとときに、Kabelを使うとぴったりはまるかもしれません。


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参照


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