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ワインのラベルによく使われるギザギザした触り心地の紙「レイド紙」の正体

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


ワインのラベルでよく見かける紙

写真はチェコのワイナリーDovrá Viniceのワインのラベル(エチケット)

ちょっと良いワインには、このような透かすとギザギザした線が見える紙がラベル(エチケット)によく使われています。この紙は、レイド紙(Laid paper)と呼ばれるもので、“ステーショナリー”というレターペーパーや封筒などに使われる紙の1種です。どうしてこのようなギザギザ線が入るのでしょうか。

ギザギザ線の正体

レイド紙
By MeeshKapiche - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=88993097

製紙が産業革命によって機械化されるまで、ヨーロッパでは紙は手漉きで作られていました(和紙も手漉きで作られているものが多くあります)。手漉きとは、機械でなく手で紙を漉(す)くことなのですが、水のなかに紙の材料を入れ、それを漉くことで紙を作っていきます。分かりづらいと思うので、和紙の工房の手漉きの動画を観ると直感的に理解できると思います。

この漉くときに使われる簀(す)の形が、反映されたものが、ギザギザ線の正体です。このレイドがあることで、古くから作られている手法を反映していることや高級でかることがわかるようになっています(記号化)。

さらに透かしが入ることもある

上質であることを示すために、紙に透かしを入れる場合もあります。透かしのことを英語では“watermark”と言いますが、これは紙を漉く過程で使われる水が使われていたことに由来します。紙がまだ漉く段階で濡れているときに入れられていたため、ウォーターマークと呼ばれました。

1282年にイタリアのファブリアーノで導入されたレイド紙に透かしが入った1883年のアメリカの郵便文具の封筒。
By U.S. government - U.S. Government - 1883 stamped envelope; scan of original owned by contributor., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12886081

オリジナルでこの透かしを入れる(「プライベート・ウォーターマーク」と言います)と数百万円ほどかかります。オリジナルではない場合、紙のメーカー名が入る場合が多いです。イギリスのアルジョウィギンス社のコンケラーという紙がステーショナリーペーパーのブランドとして世界中で使われています。その透かしがこちら。

コンケラーの透かし
Image source: watermaks.info

高級アピールは品格と信頼を伝えるため

ステーショナリーとは、先程も触れましたが企業やホテル(ときに個人)が通信に使う自前のレターペーパーや封筒です。スマホなどでメールのマークはだいたいこんなマークが使われています。

この封筒のかたちは「ダイヤ貼り」というもの

この作り方は、歴史が古い上にちょっと効率が悪い紙の使い方をしています。効率が悪いということは無駄に贅沢に使っているとも言えるのですが、「贅沢ですぜ!」という記号も実は含んでいます。ステーショナリーも同様です。「贅沢ですぜ!」は「高級ですぜ!」という意味です。ゆえにステーショナリーは「高級ですぜ!」という記号を持つものが好まれました。だからステーショナリー用の紙は、高級であり、丈夫でもありました。高級ですぜ!アピールは品格と信頼を表現するためです。そのために透かしが入ったりするわけです。

現在では、どんどん目にしたり手にしたりする機会が減っているステーショナリーですが、ラグジュアリーホテルに泊まると部屋のデスクの引き出しをあければ、ホテルオリジナルのステーショナリーが入っています。

リッツ・カールトンのステーショナリー
Image source: Design week

レイド紙以外のステーショナリーペーパー

ステーショナリーには、レイドのほかに「ヴェラム」「ウーブ」という種類もあります。ヴェラム(Vellum)は本来、仔牛の皮から作られていた紙の風合いをまねて作られた紙です。ウーブ(Wove)は「織り目」という意味で製紙の時の金網の細かい網目を感じることができる紙です。

TAKEOのステーショナリー

紙の商社TAKEOにはステーショナリーペーパーをまとめた紙見本があります。


ボンド紙

こういった高級なステーショナリーペーパーは「ボンド紙(し)」と呼ばれることもあります。ボンド紙とは、今は無き、証券用紙のこと。国債などに使われていました。Bondは証券という意味です。丈夫で高級な紙は、信頼が大事な証券用紙に使われていました。透かしがあれば、さらに安心ため(偽造しづらいから)、ボンド紙には透かしがある場合が多くありました。お札にも透かしがある場合がありますが、同じ理由です。


ワインのラベルに使われる理由

ワインのエチケットにレイド紙が使われる理由もボンド紙やステーショナリーペーパーと同じ理由です。「高級で、本物で(偽造ではなく)、品格があり、歴史もあり、ちゃんとしています」という記号、レイド紙が持っているからです。ワインを購入するときには、こんなふうにエチケットに使われている紙をみてみるのも楽しいのではないでしょうか。


まとめ

紙媒体は、どんどんとスマホやタブレットというデジタルメディアに置き換わりつつあります。そしてそれがむしろ紙という存在を「高級なもの」として生きながらえさせるように促進している側面もあります。いつなくなるかわかりませんが、ラグジュアリーホテルには、現在もまだステーショナリーがデスクの引き出しのなかに入っているはずです。ワインのラベルには、ナチュラルワインの多くにもレイド紙が使われています。紙というメディアは、実は手触りを伝えるものであるため、「ニュアンス」を伝える機能を持っています。これは他のメディアにはない機能です。そのため、ラグジュアリーになればなるほど紙がよく使われています。たとえば、ハイブランドの紙袋やDMなど。そんなラグジュアリーと紙の関係はこちらの記事にも書いています。

紙に触れる機会があれば、どんな紙なのか、触ってみたり、透かしてみたりするとそこに奥深い世界が広がっているかもしれません。


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ダイヤ貼りについてはこちらの記事で詳しく書きました。




参照




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