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サイケデリックに

先日、奇妙な話を聞かされて以来、おかしな夢を見てうなされるようになりました。どんな話だったか振り返ってみたいと思います。

まず、私が相手に対して、
「あなたの昔の家の天井裏にはお札がびっしり貼られていた、その部屋に住んでいる時は不幸なことばかり起きた、という話を聞いたことがあるような気がするんだけど、これってお友達のお坊さんとか、別の人の話だったっけ?」
と訊ねました。
天井裏に上って暗闇に懐中電灯の光を当てると、古くて干からびた黄色いお札が壁が見えないほどに張り巡らされていて、大変驚く若い男の顔が見えます。この顔が誰だかは分かりません。お札には黒や朱色の毛筆で、力強い行書やか細い草書で文字が書かれています。

「いや……。そんなことも誰かにあったかも知れない。それは自分ではなかったけれど、実家を出てからというもの借りる家が本当にひどくて。本当に『家運』がなかった」
私が路上の階段を降りようとすると、灰色の太い鼠が蹴込み板に沿って忙しく走っていくのが見えました。
「わぁ、鼠だ!」
「あー、俺、鼠大嫌い。俺の住んでいた家にも鼠が出て、それから無理なんだ。鼠って死ぬと死骸の下にダニが湧くんだ。それも気持ち悪くて」
「蛆じゃなくて、ダニなの?」
「うん、ダニ」
「ダニ……」
「間取りが広いからいいなあと思って決めたけど、入居した瞬間からおかしかった。なんかどんよりしてた。そういうところは借りてはいけないんだね。とにかく、鼠とかが耐えられなくて引っ越したんだ。
そしたら次に借りた部屋の隣で殺人事件が起きた。ある時、仕事から帰ってきたら隣の家の辺りがブルーシートで一面覆われていて、警察が来ていて。何かあったんですか? って聞いたら人が殺されたんだって。
反対側の隣の部屋はゴミ屋敷みたいになっていて、住んでるおじさんがドライヤーを使うと、アパートのフロア全体が停電してしまう。ヒューズが飛ぶんだ。ブレーカーじゃないよ? ヒューズが飛ぶんだ。その度におじさんが部屋からのろのろと出てきて『あぁ~またやっちゃったかぁ~』とか言いながら、ポケットの中にじゃらじゃらヒューズを忍ばせていて、そっから一個取り出して、分電盤を開けて慣れた手つきでヒューズを交換するんだ。この人どうしてこんなにたくさんヒューズ持ってるんだろう? って思いながら修理するのを見てた。
それから暫くして、そのおじさんは自分の家の電気代がかからないよう細工していたことが分かった。だからあんなにすぐヒューズが飛んでいたんだ。電気泥棒していたんだよ」
「犯罪じゃん」
「うん。逮捕されてた。同じ階にもう一部屋合って、若い女の人が住んでいたんだけど、そこに空き巣が入って、その女の人すぐに引っ越して行っちゃった。空き巣は自分も嫌だなと思って引っ越したよ」
「それがいいね」
「うん。それで次のところは、ある朝、部屋の床に大量の羽アリが蠢いていたんだ。めっちゃ気持ち悪い」
私は朝の日差しが差し込んだところに群がる羽アリを想像して、この人ほんとに話すの止めてくれないかなと思うとともに、自分は暫くろくな夢を見なくなるだろうと考えました。私は見聞きした話を自分が体験したことのように感じる力が強いので、打たれ弱いのです。
もう大丈夫だから、お願い話さないで……という私の声は相手に届くでしょうか。彼は私を不快にさせようと話しているのではありません。異常な事態を話すのが好きで、愉快でやっているわけでもなさそうです。ただ、話さずにはいられない状態に入ってしまったようで、彼がエキサイトするほど私は自分の精神力が減っていくのを感じました。
もう止めてくれと言葉にして伝えたのか、心で強く念じたのかどちかではありますが、どうやら相手は止まらない、まな板の上の鯉のような気持ちで相手の話が終わるのを待たねばならぬのです。
「部屋の仲介業者に問い合わせたら、前の住人が楽器をやっていた人みたいで、部屋に防音設備を敷いたらしい。それが羽アリの温床になっているみたいで、巣を作っちゃったんだ。その防音装置の解体工事をしない限り改善されない。この工事は大変大掛かりなものになる。工事をしないと今羽アリを駆除してもまた湧いてくる。毎年、この季節になるとこうなりますよって、言われて、そこも引っ越したんだ」
「もう嫌だ……」
「会社にも『羽アリがたくさん出たんで遅刻します』って漫画みたいな理由を伝えて。出社したら先輩にお前意味分かんねえことで遅刻なんかすんじゃねえよ、ってすごい怒られて、いや、ほんとなんですよ、って言って。すげえ嫌だった。そろそろ帰る? 帰らなきゃいけない時間だよね? 俺もそろそろ帰らなくちゃ」

彼の話は終わりました。
鼠、ダニ、殺人、ゴミ屋敷の電気泥棒、空き巣、羽アリ。
さわやかそうに生きていそうな顔立ちしてんのにこの人ほんとあれだよなといつも思っています。

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