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発砲美人

「おい、西村賢太の新刊が出たぜ」とIさんは本の表紙を見せながら私に言った。『二度はゆけぬ町の地図』と書かれてあった。
「これはどういう意味なの?」
「そのまんまの意味だよ。どうだ、あんたにも覚えがあるだろう」
と底意地の悪い目を細めてにやにやしていた。私の不遇を笑っていたが、そこから紡がれる物語に心を弾ませてくれる一人だった。
私は怒るでも笑うでもなく「ああ」と答えた。
当時も意味は分かったし、あれから行けない町も増えた。これからも増えるだろう。

バスの中でバイオレンスドラマをおばあさんが爆音で見ている。スマートフォンの画面を注視している。ピストルから撃たれた弾が相手のこめかみに当たり、赤い血を噴き出しながら人が倒れるが、発砲した黒髪の美人は死にゆく姿を見届けることなく次の敵を打ち抜く。よくもまあ人が死ぬ。派手なアクションより血の赤さが気になる。

公共のバイオレンスの表現は許されて、何故セクシャルはだめなんだろうか。どこまでだったらオーケーだろうか。退廃とは何か。退廃から生まれる作品は悪か。悪とは何だ。思想はない。扇動したいことなどひとつもない。時代によって、文化によって私は抹殺されてしまうだろうか、ところで今いるこの町にまた来れるだろうか。

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