椎葉ユズル
毎日短い小説を投稿している分のまとめです。ほぼBLです。
注:こちらは『その3』の相手側からの視点になります。ちょっと前のものなので、末尾にその3をそのまま記載します。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢ 残念ながら俺は勉強が得意じゃない。 だから授業のノートは、いつもあいつに借りるって決めてるんだ。 部活の合間、図書室からの視線に気づいたのはいつだったろう。 夕焼け空で逆光になっていたせいもあるだろうが、初めは誰だか分からなかった。 ある日、クラスでプリントを集めるときに分かった。あ、こいつだって。
屋敷が赤く燃えている。 激しい炎は、やがてこの離れにも届くだろう。私は熱気を浴びている窓ガラスから手を離し、ほう、と息をついた。 「……若様」 いつものティーセットを盆に乗せ、私の執事が綺麗なお辞儀をする。 「ありがとう」 私がにこりと微笑むと、彼も同じように微笑み返してくれた。 まさか、実の兄にここまで追い詰められることになろうとは。 いつもの紅茶の香りに気持ちを和ませながら、これまでのことを思い返す。 王位を狙うなど、露ほども考えたことはなかった。私
「みんなー、今日はありがとー!」 長いコンサートツアーが終わった。 打ち上げを終え、俺はマネージャーである桐生さんの運転する車の後部座席に乗り込んだ。 「おつかれ、碧海くん」 「あー疲れた〜」 どさりと投げ出すように体をシートに沈める。桐生さんの運転はとても静かで、心が落ち着く。 俺達は六人グループだが、マネージャーの車で帰るのは俺だけだ。なぜなら同じマンションだから。そうなるように仕向けたから。 碧海は問題児だから近くで見張っとかないとヤバい、と上に思わせ
「なん……っじゃあこりゃあ!!」 俺は第一声を発し、そこで硬直した。 「えへへ……まあ上がってよ」 「どうやって! ゴミ屋敷じゃねえかお前ん家!」 大学のゼミが一緒の高山と、ペアになってレポートを仕上げることになった。 高山は、朗らかで人当たりがよく、ゼミの中ではまあまあ話す相手だ。 なのでペアに組まれたとき、まあ高山ならいっかと安心した。 俺は実家暮らしで弟妹もいて集中できないからというと、一人暮らしだと言った高山は最初ものすごく渋っていたが、 『うちで
フロントガラスからは夏の太陽が容赦なく照りつけてくる。 俺はさっきから黙ったままの助手席に座る人物にちらりと目をやった。 彼のさらさらの髪が整った横顔を隠していて、その表情はよく見えない。 「塔野さん」 「……なに」 心なしか声が震えている。だけど、それを俺に悟られないようにしてるのがなんとも可愛らしい。 「エアコン、寒くないですか?」 「大丈夫」 話しかけるな、みたいなピリピリしたオーラを感じる。野良猫が毛を逆立ててフーッて唸ってるみたいでこれまた微
いつも、ケンカばかりしていた。 顔を合わせればお互いを口汚く罵りあっていた。俺はあいつのことを嫌いだと思っていたし、あいつも俺のことを嫌っているだろうと思っていた。 中三になって、クラスもバラバラになり、受験勉強も本格的になり……。いつの間にかあまり顔を合わせなくなっていった。 あいつはどこの高校受けるんだろう。 ふと気になったが、なぜか気恥ずかしくて訊くことができなかった。 卒業式。 もしかしたら、もう一生会えないのかもしれない。 そう思ったら、居て
「渚〜、靴下どこだっけ」 「渚、プリントにサインして」 「渚、行ってらっしゃいのちゅーは?」 「渚、今朝の味噌汁辛くね?」 俺は……俺は。 「俺は家政夫じゃねえ〜!!」 一人で俺を大学まで出してくれた母が、急に結婚したいと言い出した。父と早くに死に別れ、ここまで苦労してきた母の言葉に、異論があるはずもなかった。 相手も長くシングルファザーで、しかも四人の子どもを育ててるのだから、それだけで尊敬に値する。 上から高三、中二、小五、小二の男兄弟。正直、兄弟ができる
すやすやと規則正しい寝息が部屋を満たす。村外れにある小さな宿場には、ほとんど客もおらず、静寂に包まれている。 ベッドのそばにある蝋燭の炎が、幼子の清らかな寝顔を優しく照らし出している。 その柔らかな髪を撫でながら、ふっとため息を漏らした。 ……我が王も酷なことを。 こんなにもいたいけな子供を殺せというのか。 王室付きの占い師の予言。 災いをもたらす子が生まれると。 その予言の日に生まれた子。 ただ、それだけだ。 何の罪もないこの子には、当たり前に生
注:こちらは『その27』の相手側からの視点になります。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢ 「あっちぃ~」 異常な暑さに耐えられなくて、俺は制服の首元をぱたぱたと仰ぐ。肌に張り付いていた布地が離れて少しはマシになるが、依然として暑いことには変わりない。 学校の教室にはエアコンがついてるのだが、なんせ騒がしい。だから俺は親友を誘っていつも中庭で昼飯を食う。 冬は冬で寒くて仕方ないのだが、やはり俺は中庭で飯を食う。 よく、付き合ってくれてんなあと思う。
「あっちぃ~」 制服の首元をぱたぱたと仰ぐ。ちらりと見え隠れする鎖骨にどきりとする。 見てはいけないと思いつつ、つい目で追ってしまう。 気付かれたら、マズイ。 親友という地位を揺るがすようなことをしてはいけない。 告白はしない、そう決めたんだ。 それは親友と呼ばれることより大した問題ではない。 昼休みに、中庭で二人で過ごす時間。こんな至福の時を過ごせるなら、俺は親友のままでいい。 ペットボトルの水を美味しそうに飲んでいる喉元をつい見つめてしまう。ああ、
国道沿いに、ぽつんとあるコインランドリー。 もっと街中にあったほうが儲かると思うのだが。まあ、俺みたいに誰とも会いたくないような人間には好都合だ。 独り身ではそんなに毎日洗濯物が溜まるものでもない。第一、洗剤というものをとんと買ったことがない。 コインランドリー様々だな。 独りごちて、俺は自嘲気味に笑った。 ところが今日は、なんと先客がいた。 「こ……こんばんは」 長い髪を揺らして、その少女は俺にぺこりと頭を下げた。 こんな夜中に。一人で? 「こんば
ざわざわと葉擦れの音が鼓膜を揺する。葉の隙間からこぼれる陽の光は、もうすでに橙色だ。 「……ずいぶん待たせちゃったね」 山の奥に鎮座する、古ぼけた祠の前。 俺は、ある約束を果たすために、再びここを訪れた。 幼い頃の約束。 山で迷子になった俺を、この祠の主が助けてくれたのだ。その礼として……。 『お前が大人になるまで待ってやる。大きくなったら……我の嫁になれ』 当時は意味がよく分からなかった。分からないままに承諾した。そうでないと家に帰れないと思ったから。
「付き合ってくれ!」 「は?」 何に? 高二の秋。もうすぐ文化祭ということで、連日準備に追われる日々。 入学以来の親友、谷崎が突然そんなことを言い出した。 ちょっと休憩しようぜ、と腕を掴まれ。 なんかいつもの谷崎と違うな、と違和感を感じながら。それは屋上に着いた途端、確信に変わった。 緊張感漂う谷崎が、ぐっと拳を握りしめて俺を見てくるもんだから、何を言うのかと思ったら。 「買い出しなら、さっき山田達が……」 「違う」 えーと。 「トイレに? いやあ、女
……苦しい。 頭がぼうっとする。 喉もめちゃくちゃ痛いし、関節がきしむ。 ああ……もうだめだ……。 「……そんなに落ち込むなよ」 「だってさ……」 よりによって大事な高校受験の当日に。 俺は布団を頭まで被ってから、大きな大きなため息をついた。 その上から、紘汰がぽんぽんと優しく叩いてくれる。 「答案用紙、半分も埋められなかった。もうこれ落ちてるよ、絶対」 涙声になってしまい、俺はさらに布団に潜り込む。 小さい頃からずっと一緒の紘汰。 頭のい
長い長い旅路を終え、俺は懐かしい故郷に帰ってきた。 あの頃と何も変わっていない。頬を撫でる風も、あの丘の天辺にそびえる大きな木も。 あの木の下で、告白された。 幼なじみのあいつに。 いつもはにかんだように口元に笑みをたたえて、俺の隣にいてくれた。 勇気を振り絞って、という顔で、俺に告げてくれたのに。 俺は……俺は、あいつから逃げるようにこの街を去った。 怖かった。 あいつとの関係が今までと変わってしまうことが。 怖かった。 家族や友人からどんな目
あーサボりてえ。 もうサボっちゃっていいかな。 あいつの前で『毎日10キロ走る』なんて宣言しなきゃよかった。 でもやっちまったもんは仕方ない。 「あー、くそ!」 あいつにカッコ悪い俺を見せたくない。 あいつの隣で、『自分で決めたことも守れないひ弱な自分』でいたくない。 俺はひと息つくと、眩しい朝日に向かってまた足を踏み出した。