小説を書く。その35【BL小説】
屋敷が赤く燃えている。
激しい炎は、やがてこの離れにも届くだろう。私は熱気を浴びている窓ガラスから手を離し、ほう、と息をついた。
「……若様」
いつものティーセットを盆に乗せ、私の執事が綺麗なお辞儀をする。
「ありがとう」
私がにこりと微笑むと、彼も同じように微笑み返してくれた。
まさか、実の兄にここまで追い詰められることになろうとは。
いつもの紅茶の香りに気持ちを和ませながら、これまでのことを思い返す。
王位を狙うなど、露ほども考えたことはなかった。私は兄を尊敬していたし、次期王位継承者として、兄ほど相応しい人物はいないと思っていた。
次男の私は隣国に婿として入るか……敵対する国に人質として渡されるか、どちらかだろうと思って生きてきた。それでよかったのだ。
私は、兄を愛していた。叶わぬ恋と理解していた。だからこそ、兄には幸せになってほしかった。
そんな私が兄を追い落とそうとするはずがない。
だが兄は私を信じてはくれなかった。
国家転覆を狙う家臣に担ぎ上げられ、私が兄を殺そうとしたと側近に吹き込まれ、それをそのまま信じた。私のことではなく。
信じてほしいひとに信じてもらえないことが、こんなにも辛く、悲しいとは。
そして私は王都を追われ、別荘として使っていたこの屋敷に監禁されたのだ。
私は裁判にかけられるはずだった。きっと、兄は……待てなかったのだろう。
私という存在が、そんなにも兄を追いつめてしまった。私が生きていることで、兄が幸せになれないのであれば。
私は甘んじて死を受け入れよう。
空になった紅茶のカップを執事が両手で受けとる。
「若様……」
「お前には悪いと思ってる。私に仕えたばかりに」
執事は静かに首を横に振った。
「いいえ、若様。私は幸せです」
カップをテーブルに戻し、彼は目を細めた。
「最期なので申し上げますが……私はずっと、貴方様をお慕い申し上げておりました」
気づいていた。
気づいていたが、私には兄への思慕を止めることができなかった。
「……ありがとう」
にっこりと笑顔を向けると、彼は私をぎゅっと正面から抱きしめた。執事にあるまじき行動だ。
「お前が一緒で心強いよ」
「若様……!」
熱気がもうそこまで迫っていた。
私達は灼熱の炎の中、最初で最後の口づけを交わした。
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