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小説を書く。その26【BL小説】

 国道沿いに、ぽつんとあるコインランドリー。
 もっと街中にあったほうが儲かると思うのだが。まあ、俺みたいに誰とも会いたくないような人間には好都合だ。

 独り身ではそんなに毎日洗濯物が溜まるものでもない。第一、洗剤というものをとんと買ったことがない。
 コインランドリー様々だな。
 独りごちて、俺は自嘲気味に笑った。

 ところが今日は、なんと先客がいた。

「こ……こんばんは」

 長い髪を揺らして、その少女は俺にぺこりと頭を下げた。
 こんな夜中に。一人で?

「こんばんは」

 ぼそりとつぶやくように返して、俺はその子からずっと離れた機械を選ぶ。

 一応、物書きの端くれとして生業をたてている俺は、いつもなら待ち時間にノートパソコンを開いて仕事に励むのだが、どうも集中できそうにない。

 見ているのだ、あの子が。
 コインランドリーの端からずっと。

 何なんだ? 一体。
 ちらりと顔を上げると、さっと目を逸らす。
 
 それが何度か続き、とうとう俺はテーブル席から立って、つかつかと彼女に近づいた。
「おい……」
 俺の声に被せるように、その子が口を開いた。
「あのっ」
 派手な化粧。幼さを残す顔には似合っていない。
「おにーさん、アタシを買わない?」
「は?」
 売春か? いやいや、もっと相手を選べよ。子供と言ってもおかしくない年の差だぞ。

 ――それに。
 どん、とすぐに折れそうな体を壁に押しつける。ほっそりした肩がびくんと跳ねた。
「お前……」
 手を伸ばすと、ぐっと髪を掴む。安っぽいカツラがするりと外れた。
「男だろ」

 大きな目をさらに見開いて俺を凝視してくる。なんでバレたんだって顔だな。そりゃバレるよ、そんな下手くそな化粧で。あと歩き方だな。

 顔をくしゃっと歪め、どうしていいか分からないといった風だ。薄汚れた蛍光灯がそいつの潤んだ瞳に溢れる涙を反射させた。

 演技じゃない。演技なのは先程の女の子の振りの方だ。

「……俺を連れて行かないとお前が困るのか」

 恐る恐る、というようにそっと顔を上げる。そして小さくこくりと頷いた。

 こんなガキに働かせて自分は何もしねえゲス野郎がいるらしいな。

 俺はふう、とひと息つくと、頭を掻きむしった。

「分かった。連れてけよ、そいつのとこまで」

「え、いい……の?」
 お金取られるよ、と俺の心配をしてくれる。
「そうかもな。まあ、それならそれで」
 いいネタになるかもしれないしな。

 その夜、この少年を助けたことが、俺のこれからの人生を揺るがすことになろうとは、この時は露とも思わなかった。







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