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小説を書く。その30【BL小説】

「渚〜、靴下どこだっけ」
「渚、プリントにサインして」
「渚、行ってらっしゃいのちゅーは?」
「渚、今朝の味噌汁辛くね?」

 俺は……俺は。
「俺は家政夫じゃねえ〜!!」

 一人で俺を大学まで出してくれた母が、急に結婚したいと言い出した。父と早くに死に別れ、ここまで苦労してきた母の言葉に、異論があるはずもなかった。

 相手も長くシングルファザーで、しかも四人の子どもを育ててるのだから、それだけで尊敬に値する。

 上から高三、中二、小五、小二の男兄弟。正直、兄弟ができると聞いて可愛い妹とかできるかなと期待していたが……まあ良しとしよう。

 俺の就職した会社があまりにもブラック企業で、とうとう過労でぶっ倒れた時も、『うちでゆっくり休んだら』と佐伯さん……いや、父さんが声をかけてくれた。

 体も心もボロボロで、人の優しさに飢えていた俺は、願ってもない申し出にすがりついた。

 そんなわけで、ここ佐伯家に世話になることにしたのだが。……冒頭に戻る。

 まあ無職だし家でぼんやりしてるのも申し訳ないし家事はもともと嫌いじゃないし。
 問題は長男、礼央れおだ。

 最初の頃はろくに目も合わせなかったくせに、いつからだろう。

『渚、俺と付き合えよ』

 はぁ? 俺、男なんですけど?

 冗談なのかと笑って躱していたけど、どうもそうではないらしい。

 弟達に助けを求めようにも、何故か公認されているのか呆れられているのか、誰も関知しようとしない。末っ子の雅人まさとからは『多様性の時代だからな』なんて大人ぶった台詞をかまされる。
 母に至っては『仲がいいわねえ』なんて全く本気にしてくれない。

 こないだなんて人生初の壁ドンされた。壁ドンなんてしたこともされたこともなかったけど、逃げ場がないって怖いんだなと初めての感覚を味わった。

「はい、お弁当。早く行かないと遅刻するよ」

 ため息をつきながら大きな包みを手渡すと、礼央くんは俺の腕をぐいっと掴んで引き寄せた。

「なに……」

「――絶対、惚れさせてやるから」

 耳元で囁くように言われ、かあっと顔が熱くなった。そんなの、漫画とかでしか見たことない! 無駄に顔がいい礼央くんに言われたら、その気がなくてもその気になってしまいそうだ。

 行ってきますと手を振ると、にっと笑ってドアの向こうに消える。

「……顔」
「え」

 小五の理久りくくんが玄関に向かいながら、ぼそりと呟く。

「礼央に何言われたんだよ。真っ赤だぞ」

 全くうちの兄貴は、とぶつぶつ言いながら中二の勇亮ゆうすけくんが苦い顔をする。

 思わず頬に手を当てる。
 次々とドアを開けて出ていく彼らを見送りながら、俺は思った。

 誰か……助けてくれ。





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