時限爆弾男の生涯

時限爆弾男 

西荻窪のバーで飲んでいた時、となりに座ってきた男。 

知り合って5分も経たないうちに彼は爆発して死んだ。 

とてもお喋りな青年だった。 

「好きな気候は爆弾低気圧。好きなタイプは手榴弾顔。不発弾を見ると鬱になる。電車男は永遠の憧れ。正直、火炎瓶男を下に見ていることは認めるよ。生みの親がノーベルであるダイナマイトは羨ましいな。それ以外にも聴きたいことはあるかい?血を吸った蚊は2秒経つと爆発するよ。ほらね?ああ、アルコール除菌はめんどくさいから手のひらを爆破除菌しただけだ。ちょっとグロくて見苦しいかもしれないけど許してくれ」 

彼は自分がまもなく爆発することを知っていた。 

「『カチカチカチ』っていう自分のタイマー音が気になって眠れないんだ。いや、爆発するのが怖くて眠れなかったのかもしれない。でも最近、爆発することを肯定的にとらえることにしたんだ。良い爆発ができるように毎日少しずつ爆薬を飲んでいるよ。それと配線がむき出しになってる爆弾を見るようにしているんだ。興奮して脳内火薬が分泌されるからね。だから今は爆発するのが楽しみで仕方がない。『大爆発』から『極小爆発』まで、爆発の段階を自分で選べるんだけど、どれにしようか迷っちゃうね」 

彼はだいぶ酔っぱらい、すべてのコードが赤になっていた。そして人生を振り返り始めた。 

「小さい頃、カウントが0なのに音が鳴らないキッチンタイマーを見てゾッとしたんだよ。『もし自分もカウントが0になっても爆発しなかったら』って思って。いや、死なずにすむことも良いことだよ?だけど、時限爆弾男としてのアイデンティティは失われたまま生きるのって大変じゃん。カウントが0のまま存在し続ける時限爆弾は誰にも必要とされないだろ?」 

続けて彼は学生時代を振り返った。 

「化学の授業が嫌いだった。ニトログリセリンの話になると、体内にそれがあることを意識して気持ち悪くなるんだよ。あと、命の授業で豚よりもいつか爆発してしまう自分を取り扱ってほしいなと思うこともあったね。まあ、爆発するのはだいぶ後だから早とちりではあったんだけど。そうそう、難しい問題をやってる時に『顔が爆発しそうだね』と言ってくる同級生に『そんなんで爆発しねえよ』と無性に腹が立ったなあ」 

進路相談で、将来どこで爆発したいのか聞かれたとき「軍事利用されなければどこでもいい」と彼は答えたそうだ。 

「将来なんてどうでもよかった。結局爆発するんだから。理不尽じゃん。不平等じゃん。そんなの。その時は世の中の様々なことにイラついてたよ。映画で余命宣告のシーンを見るたびに「あと3日です」じゃなくて、何時間何分何秒なのかで答えろよとか思ったね。嫌なことが立て続けに起こって自分でコードを切ってしまおうかと考えたときもあるよ」 

徐々に彼は打ち明けてくれるようになった。 

「電子レンジで茹で玉子を温めて、自分より弱いものを爆発させる快感をずっと楽しんでいたよ。ダメだとわかってるのにやってしまうんだ。でもこんな僕にも優しくしてくれる人がいてさ。懐かしいなあ。告白するとき『カチカチ』って自分でもわかるくらい大きな音が鳴っていたよ。めちゃくちゃラブラブだったね。『死ぬときは一緒だよ?』なんて言われたりしたこともあったよ」 

しかし付き合い初めてから2ヶ月後、彼女は別の男と爆発したそうだ。 

「今思えば、あの子は地雷女だったね。時限爆弾男と地雷女で、危険物のボーイミーツガールだよ。流行らないだろうなあ」

彼は1人でゲラゲラ笑いだし、それから改まってこんなことを言った。

「君は本当に良いやつだね。なんだろう、僕が爆発しても君にはここから離れないでほしいな。なんでって聴きたそうな顔をしてるね。それはね、爆発して姿形がなくなっても爆風の中にぼんやりと意識が残るからなんだ。爆発した後のことを誰が確かめたかって?さあ?死んだら地獄や天国に行くのも誰かが確かめたわけじゃないだろ?」 

カウントはいよいよ10秒を切った。 

「『死体解剖の結果、死因は爆発です』とか言われるのかな?」そう言いながら彼はまたゲラゲラ笑う。 

少しずつ「カチカチカチ」という音が大きくなってくる。 

他の客は避難しているのになぜか僕だけ座ったままだった。 

次の瞬間、僕は赤い光を見た。 

彼が選んだのは大爆発だった。 

爆風に巻き込まれ僕も死んだ。死ぬ直前に少しだけ彼とおはなしできた気がするけど、内容は覚えていない。

小さい頃からお金をもらうことが好きでした