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【第三話】探偵は甘すぎる~固めプリンにJKクッキーを添えて~ 

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<探偵のピンチと警部のファインプレー>

「うっわ、焦ったぜ」
なんとかこちらの正体を明かさずに吉津君彦との再会を乗り切った後で、譲治は静佳に言った。
二人は今、事務所のビルの三階にある自宅スペースでくつろいでいる。居住スペースには事務所内部の奥から上がるため、表側に入口は無い。よって望まない訪問者にプライベートを脅かされることは無かった。部屋に広さを求めない二人は、ルームシェアをしている。基本的に放置しておくと何もしない譲治の分の家事も静佳がフォローしていた。
 
先ほどは不用意にターゲットから話しかけられてしまった。
悟られはしなかっただろうが、吉津に会った直後からは探偵と助手の二人はソフトドリンクで酒を抜いて、仕事モードに入っていた。
酔っているフリをしながら、ある程度盛り上がってきた頃合いで香恋が吉津を別の店に誘う。その隙に二人は
「仕事が溜まっているんだよね」と逃げるように帰ってきたのだ。
香恋さまさまだった。
彼女に依頼人の話をしていて本当に良かったと思う。
実は譲治と静佳が探偵稼業だという事は知人には明言していない。嘘をつくと後々面倒なので
「調査会社をやっている」と濁していた。
もちろん探偵だから調査は業務に含まれるし、時に調査会社の下請仕事も入る。だから嘘では無い。ただ単に『探偵』と言うよりも、対企業向けに聞こえるので、やってることは一緒でも信頼感が高いために色々と都合が良かった。

「三人とも相変わらず仲がいいんだな、羨ましいよ」
吉津は嬉しそうに譲治たちと相席で飲んでいる。
高校を出てから二十二年ぶりだろうか。プチ同窓会のようだった。聞けば久しぶりに仕事が早めに終わったのでたまには、と思って独りで飲みに来たらしい。調査対象と探偵で無ければどれだけ良かったか。気兼ねなく飲みたかったなと静佳などは残念に思っていた。
変に仕事の話を振られても答えようが無いので、主に香恋が喋っている。吉津は静佳の変わり具合に驚いていた。
「ちっちゃくて可愛かったのにねえ」
中学生の時から高校生にかけては背も低く、ぽっちゃりして色白だった静佳は、口さがないクラスメイトからは『子豚ちゃん』と呼ばれていた。尤も彼は全く気にしていなかったが。
「あれから防大に行って、航空自衛隊に入ったんだよ」
面影無くなったねといわれて、静佳は苦笑いした。
「身長も40センチかな?伸びたしね」
温和しく柔和で色白だった面影は無いが、声を聞けば分かるよと吉津は楽しそうに言った。
大人なのだから、表側だけじゃ無い裏の顔(内に秘めた顔)がいくつかあっても仕方の無いことだと思う。だが二人がしばらく話していた感触では『妻子を放置して女にうつつを抜かす』ような男の片鱗は吉津には見られなかった。
 
これ以上調査対象と関わり合うことは望ましくないし、予断が入りまくってしまう。そう思い困っていた時、香恋が気を利かせてくれた。
「あんたたち、打ち合わせがあるって言ってたよね。事務所に戻る時間じゃ無いの?早く帰りな」と言ってくれたのだ。
彼女の言葉に乗り、ありがたくその場を任せて二人で退散してきた。
 

後日譲治は単独で調査に出ていた。静佳には書類作成を依頼している。
事務仕事は性に合わないので、静佳に体よく押しつけて時々単独行動に出る事があった。一人だから満足に尾行は出来ないが、フットワーク軽く聞き取り調査をしたり、町をぶらつきながら関係者を調べることは出来る。そうこうしていると、知り合いに遭遇した。
誰かと一緒に居ることが遠目から確認出来たので、近づくことはしない。相手もまた同業者だからだ。逆も真なりで譲治が調査している時、同業者は声を掛けない。声を掛ける人間は素人だけだ。
 
――どこかで見たことのある女だ。
譲治は知り合いの男と話す女を見て考え込んでいた。
自分が直接知っている女ではないし会ったことも無い。だが見たことはある。派手な女だし自分よりは若そうだが二十代では無さそうだった。
三十そこそこだろうか。
その日見かけた知り合いは、調査会社と見合いの斡旋業をしていた。結婚相談所の組合に加盟して独身の男女を巡り合わせるという仕事だ。だが、その裏で別の家業にも手を出していた。――別れさせ屋だ。
思い出した!と、譲治は玲香が送ってきた写真を携帯で呼び出した。
やはり、吉津君彦と一緒に写っていた女だ。
早合点は禁物だがどうもきな臭い。譲治は二人が立ち止まっている場所へそっと近づき、近くの看板の裏に集音マイクを取り付ける。音が拾えるかは一か八かだがこれは保険だった。

すかさず二人からは見えない場所へと移動し、音を確かめる。辛うじてではあるがちゃんと聞こえるのを小型イヤホンで確認する。携帯を操作するフリで人に紛れ、しばらく集音マイクの音を聞いていた。

二人の会話はハッキリとは聞こえないものの何とか分かるレベルだ。
別れさせ屋としての仕事を女が引き受けていることが分かる。知り合いの責めるような声が聞こえた。相手に疑われれば仕事は成功しないのに余計な亊をしたと叱られ、女が反論している。
「だって、頼まれたんだもん。追加でお金くれるって言うからつい」
「勝手に金をもらってそんなことをしてくれたら困る。上手くいかなかったらうちの評判にも関わるんだ」
留守電に吹き込んだことを叱られているのだろうか。
女が顧客から直接頼まれて独断で勝手にした事が分かっただけでもスッキリした。どうも腑に落ちなかったのだ。うちの件と一致しているか確定では無かったが、同時期に二人のターゲットを狙わせるのはあり得ない。
吉津君彦の件が完了していない以上、二人の話が彼を指しているのは確実だった。
「バレたらどうしてくれるんだ」
「結局なんともなかったんでしょ?大丈夫よ」
女が強気で言う。
「今の段階でバレたら困るんだ。下手すりゃうちが訴えられるんだよ。そうしたら責任とれるのか」
「ああもう、うるさいなあ。分かったわよ」
女は逆ギレしていた。
あの女が別れさせ屋としての仕事をしていたのならば、吉津のヨメが依頼して女を雇い、夫を追い詰めるための切っ掛けとして娘にわざと聞かせるために留守電を吹き込ませた、という線は確かだと思う。
夫と娘の帰宅時間とスケジュールを把握しているのは雪子と玲香の二人。玲香が別れさせ屋を雇えるはずは無い為、消去法として雪子が残る。
それこそ未成年が依頼する亊は不可能だからだ。
夫の君彦を悪者にして別れ、慰謝料と養育費を手に入れて自分は何も瑕疵を負わない作戦なのだろう。娘が浮気した父親に付いていくはずもなく、親権が渡る恐れも無い。 
たとえ高卒で玲香が就職するとしても、あと二年は養育費を取ることが出来るはずだった。
だがそれにしては――そこまで考えて譲治は首をひねる。
『吉津が浮気をしている』と言う決定的な証拠がまだ無いのに、なぜ雪子は動いたのだろう。
女をけしかけるにしろせめて、ラブホテルなどに出入りする写真なりでっち上げて撮るとか、何らかの方法はあるはずだ。時期尚早にもほどがある。吉津のヨメは何を焦っているのか。
自分が雪子の立場なら、決定的な証拠が出来るまではおくびにも出さないだろうと譲治は考えていた。むしろ夫には優しくなるかもしれない。
 
 
「おひさ~、梅ちゃん元気だった?」
事務所に戻るなり、譲治は脳天気な声で知人に電話していた。相手も特に不審に思わずに応じる。
「おう元気だぜ。譲治も元気か?いつも死人みたいな青白い顔しやがって」
ちゃんと食ってんのか?という声は優しい。悪い男では無いのだ。
『梅ちゃん』と呼ばれた男は譲治たちの知り合いで梅田一夫うめだかずおといった。譲治と静佳が探偵を始める前からの古い知人で、彼らが調査員のバイトをしていたときに出会っている。
譲治たちより七歳ほど年長で、口が悪いが人は良い。
「相変わらずだな、オレは殺しても死なねえタイプなんだよ。ところでさ」
急に声のトーンを落とすと、梅田の側に緊張が走った。
「吉津、君彦って知ってるよね」
「は?」
声のトーンは完璧に平静を装っていたが、一瞬開いた間で相手の動揺を察する。
「知らないって即答しないってことは、知ってるよねえ」
「おいおい、何を言ってんの。俺らには守秘義務ってもんがあるんだ。知ってるだろ」
「梅ちゃんってさ、知らないときは間髪入れずに知らないって言う癖があるんだよ。自分じゃわかんないか」
受話器の向こうで、微かにため息をつく音が聞こえた。
「ターゲットなんでしょ」
「だから、守秘義務だっての!」
今度は間を開けずに言い切られた。
「ねえ守秘義務の交換、しない?」
「は?」
何言ってんだ?と梅田は言った。少し声を荒げた彼に、譲治がかぶせる。

「これはオレの独り言なんだけどさ、うちに可愛い女子高生が依頼に来たワケよ」
あくまでもオレの独り言、という体で続ける。
「その女子高生の名前が、吉津玲香って言うのさ。もちろん未成年だし正式な契約は出来ないから、あくまでも仮なんだけど。その可愛い女の子がお父さんの浮気の証拠を見つけて欲しいって言ってきてさあ」
譲治がそこまで話すと、梅田が息を呑んだ。

「僕ちゃん、女子供には基本的に優しいだろ?だからさ、引き受けたのよ、その依頼」
「嘘、だろ?」
まあ嘘だと思うだろうな、と譲治は思った。基本的に彼は自他共に認める守銭奴だ。もちろん使うべきところには使うが、必要ない金は徹底的に節約するタイプだ。
「嘘じゃ無い。女子高生の手作りクッキーで依頼を受けた」
「アホか」
「まあまあ。オレがアホなのは今に始まったことじゃないじゃん、梅ちゃんよ。で、このオレが毎日じゃ無いとはいえ数ヶ月、一人の男を追っているにもかかわらず、全く浮気の証拠が掴めないのさ。おっかしいよね」
「――――。」
無言の梅田は譲治の出方を待っているようだった。
「ところで話は変わるんだけど、今日は一人で調査してたのさ。その女子高生の依頼の件。で、なぜか梅ちゃんとどこかで見覚えのある綺麗なお姉さんがお話ししてる現場を見ちゃってさ」
電話の相手が緊迫した空気を出したのを感じ取った譲治は、そのまま続ける。
「どっかで見た女じゃんと思ったら、女子高生が撮ってきた『お父さんと浮気している女』の写真で見た子って気がついちゃって、梅ちゃんが何か知ってるんじゃ無いかなってさ」
梅田の顔色はきっと紙よりも青白くなっているだろう。
聞かれていたとは気付かなかったはずだ。事務所より外の方が盗聴されづらいから、わざと外で話をしたのかもしれない。彼の表情は手に取るように分かったが、知らぬふりをして譲治は口の端を歪めるように笑った。
集音マイクから拾った音は耳で聞いた時よりも上手く録れている。録音した音声を梅田に聞かせた途端、彼は白旗を上げて降参した。

「譲治、オレの負けだ。何が知りたい」
「今回の件の、依頼者が知りたい」
譲治はキッパリと言った。

「梅ちゃんの名前は絶対に出さない。迷惑もかけない。あくまでうちの事務所が調べたって体でいく。なあ、娘の玲香ちゃんには本当のことを知る権利があるだろ?」
金にならないことに首を突っ込みやがって、と梅田がぼやく声が聞こえたが無視した。
「さっき負けたって言ってたじゃん、教えてよう」
「嫌だって言ったら?」
「吉津君彦に全部バラす」
梅田が恐れているのはおそらくそういう事だ。
今、ターゲットである吉津君彦にバラされてしまえば、訴訟の可能性も出てくる。婚活事業を主催している身としては大打撃だ。梅田は分かりやすく言葉に詰まり、悩んでいた。
「オレ、吉津のダチなんだわ。ダチが悪いことしてるならまだしも、陥れられようとしているところをみすみす逃すわけにはいかねえだろ?」
もう一声、といったところだろうか。
梅田としては、目的が達成されなかったとしても調査費用は手に入る。クライアントが余計なことをしたせいで、女が失敗して相手の娘にバレたと言えばこちらが有責になる事は無いだろう。


そこまで詰めたところで、梅田一夫は依頼主の名を白状した。

最終話へ続く


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