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【短編小説】 START UP

  未来とは不思議なものだ。それが明るいものだと示されれば希望の道筋になり、前を向いて進んでいける。だから、「あなたの未来は輝いていますよ」って言われたときは単純すぎるけど飛び上がるほどに嬉しかった。もちろん最初からそんなハリボテのような言葉を鵜呑みにしたわけではないのだけど。

PART1 1993年 藤島ルカ (10歳)
Fw:20年前の私へ
【セミの声もひときわ高く暑い日が続きますが、お元気でお過ごしでしょうか…なんて堅苦しいことを言っても仕方がありませんね。だって私はあなたなのですから。単刀直入に言うと、あなたの未来は輝いていますよ。20年後の夏に生きる私より】
 そんな怪しいメールが届いたのはヒートアイランド現象が連日ニュース番組で騒がれている真夏の真夜中だった。小学生の私は不登校児で昼夜逆転の生活を送っていたのだけど、生活自体に不自由はなかった。インターネットが日本に普及し始めた頃で、父はそんな時代に先駆けたエンジニアだったため、家にはパソコンが二台もあったのだ。一台は仕事用、二台目は主に私の相棒だった。友達のいない私はコンピューターゲームをしたり、掲示板というものを使ってみたりしてたのだ。まだ迷惑メールなんて概念がなかった。そもそもメールでのコミュニケーションという発想自体なかった。だからメッセージが送られてきたとき、いつもやっているRPGゲームの会話の延長線上のような気がした。いわばファンタジーだったのだ。好奇心のおもむくまま返信した。
Re:【未来の私さん。セミの鳴き声は嫌いではありませんが、今の私はあまり元気ではありません。だってアイスクリームを食べ過ぎてお腹が痛いんですもん。あと、未来を語るなら証拠を示してください。】
 次の日に受信ボックスには1のマークが付いていた。件名にRe:が2つついたメールをクリックする。
Re:Re:【驚きました。そのつっけんどんな物言い、まさしく私ですね。蝉の鳴き声が嫌いじゃないなら日が出ている時間帯に外に出る習慣を身につけてみてはどうでしょう? ただし、熱中症には気をつけてくださいね。未来では観測史上最高気温41度を記録しました。】
Re:Re:Re:【蝉の鳴き声は嫌いじゃないとたしかに言いましたが、暑いのは大っ嫌いです。クーラーの冷気から離れるつもりはありません。41度! ありえない、未来はディストピアじゃないですか。】
 気温が30度を超えてさえこんなに大騒ぎしているのだ、なにをデタラメなことを、とは思ったけどそんな現実感のないやりとりは気楽で、家族以外に話し相手のいない私にはちょうどよかった。暇つぶしがてらにメールは続いて、そしてその話題はなんてことのないものばかりだった。
 最初はロト6の当選番号を教えてくれとか、ベストセラー小説を私が先に書くから全文書き出して送ってくれとか、不躾なことをぶつけていたが、未来を変えることをすると世界が消滅するとかなんとか、SFにありがちなことを言われてそんな会話は減った。
 代わりに今の私はトマトが嫌いだけど食べれるようになった? とか、当時流行っていた映画への憧れから宇宙旅行には行った? とか、そんな日常が話題の中心になった。未来の私は、トマトスープを毎朝飲んでいるし、宇宙には行けてないけど研究者として海外を飛び回っていると教えてくれた。そうやって語られる話はおとぎ話みたいで、未来も捨てたものじゃないなって、私は少しずつ外の世界に関心が向くようになっていた。
 中学校入学をきっかけとして学校にも通い出した。思いのほか気の合う友人もできたし好きな男の子もできた。日常が忙しくなって、次第に未来の私(を名乗るもの)とのやりとりは減っていき、返信の間隔も空いた。細々と続いていたメールは高校生のときにぱったりと返信が止まった。寂しさはあったけど、その頃にはすでにインターネットは普及しきっていたから、あのメールは単なる悪戯だったのだと割り切れるようにもなっていた。それにその頃は好きな男の子と付き合い始めたばかりだったから、色恋に夢中で未来に割く時間なんて当時の私にはなかった。

PART2 2013年 藤島ルカ (30歳)
 妊娠を機にITベンチャーを退職し、高校時代から続く恋人と籍を入れた。Skypeで彼に産婦人科での診察結果の報告をした直後に見知らぬアドレスからメールが届いた。ここ最近のトレンドはパソコンと同等のOSを搭載した携帯小型機の出現で、高度情報社会はSNSの発展と共に加速度的な進展を遂げていた。いまどきLINEじゃなくてメールで連絡がくるなんて迷惑メールくらいしかない。開かずに削除しようかとも思ったけど、件名をみてふと懐かしさに駆られて思わず本文を開いた。
件名:20年前の私へ
【セミの声も──
      ──20年後の夏に生きる私より】
 このメールは10歳の時の私が受信したものだ。この一通のメールから私は20年後の自分との交流を始めたのだった。しかし、いま思い返せばそれは矛盾や腑に落ちない点ばかりだ。当時のメール相手が本当に未来の私だったのなら、年齢的にそれは現在の私であるし、そもそも未来の自分が言っていた未来予想図は見当違いだったのだ。私は今でもトマトが苦手だし、研究者ではなくエンジニアだ。
 困惑しながらもそのメールのプログラムを解析し始めた。果たしてどこから送信されているのか。大学ではデータ解析を専門に学んでいたため、それを追跡することは造作のないことだった。そしてその解析結果に驚いた。このメールが実装している理論は、20年の時を超えて情報を送受信できる近未来的なものだったのだ。そのことを理解した時に私の中で全てがつながった。私は興奮しながらこのメッセージのプログラムを書き換える。システムの全貌を紐解くには数十年単位の年月が必要になるが、一部の仕様変更ぐらいなら容易かった。というよりも現在のテクノロジーに合わせて、意図して簡単にされているのだろう。私はこのメールを過去へと転送することに成功した。これで一つの役割を果たしたはずだ。そして、私には次の役割が担わされている。結婚を機にキャリアを手放そうと考えていた私に新たな火が灯り、興奮が冷めないままにすぐさま物理学者である彼ともう一度Skypeをつないだ。

PART3 2013年 藤島ルカ (30歳)
 乱雑な研究室はまるで私自身を表すようだった。朝日は仮眠の時間を告げるタイマーで、眠る前に粉末のトマトスープをポットのお湯で溶かして飲む。研究で海外を飛び回ることが多い生活にはインスタント食品は便利だ。いつでもどこでも変わらない食事をすることができる。溜まったストレスからか何年か前から味覚が鈍感になってしまっている。昔は嫌いだったトマトの味もわからないから食べれるようになったなんて、まさしく無味乾燥な人生だと我ながら呆れる。ため息をつきながらこれまでの人生を振り返ってみる。研究結果や発表した論文は世間に認められてきた、だけど私が本当に実証したい理論は一向に解明することができない。研究は八方塞がりで行き詰まっていた。長年の引きこもり癖のせいで、対面でのコミュニケーションが苦手だ。その結果、ずっと一人で生きてきた。その限界を感じているからこそ、違う考え方や世界に触れて独りよがりの思考をリセットしたいのだが、心を許せるような友達もいない。四六時中研究室にこもって黙々とデータに向き合うばかりの日常に一通のメールが届いた。
Re:【未来の私さん。──
           ──あと、未来を語るなら証拠を示してください。】
 迷惑メールかと思って削除しようとしたけれど、違和感に気づいた。このメールは返信なのだ。紐付けされた元のメールを辿ってみる。
Fw:20年前の私へ
【セミの声も──
      ──20年後の夏に生きる私より】
 驚いた。このメールに実装されている理論は、私が研究対象としてずっと追い求めているタイムトラベル理論だったのだ。そして解析の結果、これは中継点を経由して転送されたもので、元のメールの送信元は現在から20年後の未来のものだと判明した。だとするならば、この本文のメッセージは今の私に向けられたものだということになる。「あなたの未来は輝いていますよ。」なんて、およそ想像し難いハリボテのように薄っぺらいことが書かれている。
 疑惑の目をもって過去からの返信に戻ってみる。未来を語るなら証拠を示してくださいか、それはこちらのセリフだと吐き捨てる。ただ、手は興奮で震えている。このメールへの返信こそが実証実験であり、その成功がまさしく未来の証明になるからだ。
Re:Re:【驚きました。──
          ──未来では観測史上最高気温41度を記録しました。】
 そんなメッセージを送り返したことから過去の私との時を超えた通信が始まり、それは研究の進展と共に思わぬ副産物として私の生活に差し込む一筋の光となった。過去の自分の未来に対する純真さに触れて、私は彼女を失望させないために努力をするようになったのだ。最初に交わした返信の通り、私自身も日が出ている時間帯に散歩をすることから始めて、少しずつ暗い研究室から外の世界に飛び出すようになった。

PART4 2033年 藤島ルカ (50歳)
 時間は矢継ぎ早に流れて、50回目の誕生日を家族に囲まれながら迎えた。ささやかなお祝いの後には、研究の実証実験を行う予定になっている。私はその実験に向けて過去の私にメッセージを書いている。正確にいうならば違う世界線を生きる20年前の私に宛てたものだ。
 出産を機に仕事は在宅に切り替えて研究時間を確保した。子供に手がかからなくなってからは、さらに本腰を入れて旦那と協働してメールのプログラムの解読を続けてきた。そして、私たちは20年の歳月をかけてタイムトラベル理論を証明した。時を超えて過去に文字データを送ることを可能にしたのだ。青春時代の時空を超えた交流を思い返してみる。たしかに私の未来はあのメールで変わった。明るい道へと導いてくれたあの世界線の私に、お礼を伝えたかった。
 徐々に返信にタイムラグが生まれて、高校生の時に届かなくなったメール。あのタイミングで完全に未来は分技したのだろう。交わることのない平行世界に、20年前の私を中継点として経由し、さらに20年前の自分へとメッセージを託す。世界線が分技する前の世界で、そのメッセージは好奇心溢れる返信とともに、いまはもう交わることのない世界線の私へと届くはずだ。「あなたの未来は輝いていますよ」と、最初の一歩を後押しする希望の道筋になってくれればいいと願って、エンターキーを押す。

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