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僕が8年間いた戸板女子短期大学を離れた理由

2024年7月となりました。2024年6月10日に8年間勤めた戸板女子短期大学を離れてから約1ヶ月経とうとしています。まだ1ヶ月という気持ちもありますし、もう1ヶ月という両方の気持ちもあります。

戸板女子短期大学での日々はちょうど途中の2020年にコロナ禍を挟み、山あり谷ありの8年間でした。

戸板女子短期大学は、コロナ前の2020年をピークに志願者も増加をしていきました。その間の注目度も高く、全国の大学や専門学校、高校からの問合せやオープンキャンパスの来校見学や講演などの依頼が相次ぎました。

多くの大学や専門学校に取り込めるように解説をしていましたが、多々言われることが「戸板さんだからできる」「あの手法は真似できない」といったネガティブな反応も多かったのも事実です。また、8年間も同じ人間やマーケティングやデザイン、企画に携わることで考え方ややっていることが硬直してしまう危機感も感じていました。

名物である大学案内やサブパンフレットもここ数年は若い感性を持つ女性に作成してもらっていましたが、基本的には”澁谷型”と言われるパターンから脱し得なかったことも事実です。

またこちらも戸板女子短期大学の名物であるオープンキャンパスも、2年前より外部から優秀な堀江さんが入り、「エンタメオープンキャンパス」オープンキャンパスをイベント化する、学校全体を巻き込む様々な企画を堀江さんなりに構築してもらっていたため、任せて安心の部分もありました。

マーケティングのスキームも、売りであるオープンキャンパスに繋げる動線を、プレゼントや来校フックである2万円キャンペーンで昨年比120%など集客の勝ちパターンを確立し、またWEBマーケティングでのクリエイティブパターンも誰でもできる形にしました。

最大の学びの売りであるPBL・産学連携もいまは完全に教員の先生が中心となり、それを広報するスキームを作るだけといったフェーズを昨年は淡々と作り、大学ブランディングの3つの視点である「営業」「広報」「マーケティング」の要素が全て自分が行わなくても良い形にできたこともあります。

となるとよく言われます「やり切ったんですよね」という気持ちがあり、これもよく言われることですが「短大だからできる」という、「短大ではないレイヤー」で勝負したい気持ちが、昨年あたりから生まれていました。
次なる新たな壮大なミッションもありましたが、自分の環境を変えていきたい気持ちがフツフツと沸いていたことも事実です。

上記でもあげましたが、「戸板だからできる」「真似できない手法」「短大だから」を澁谷個人がやるのではなく、既存の個を生かし、大学全体(教職員、学生両方含む)のチームの力「組織効力感」を上げていくことが自分のミッションにする年齢になっていることに気づきました。

この半年間、大小関わらずたくさんの方からお話をいただきました。学長や教授、理事長、企業の社長など何回もお誘いをいただきました。8年間の実績を3年間で結果を出してほしい、20年30年続く地域に根ざした大学を創る、日本全国から学生を集めるエッジの効いた学びを創る、これまでにないワクワクするような学校を創りたい。

戸板女子短期大学でやってきた成功事例を、他の大学で実践し「再現性」「カスタマイズ」することで、少子化、募集広報で苦しむ全国の大学に勇気を持ってもらうこともできると少し違った野望を密かに燃やしています。

今でも戸板女子短期大学とはコンタクトがあり、募集も今年は好調と聞いていますし、自分も今でも参考にしている部分もあります。

暗い話題が多い教育業界の中でも、8年間在籍した戸板女子短期大学のように、元気でワクワクするような大学が日本全国に増えると日本全体が元気にになると信じています。

最後までご覧いただきありがとうございます。

もう少し詳しく、なぜ大学でそこまでマーケティングやブランディングをやっているか、澁谷のこれまでのキャリアはこちらに簡単にまとめてあります。ぜひご覧ください

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