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お茶は謎解き

月に2回、楽しみがある。毎月第1・第3土曜日は、お茶のお稽古の日。
昼過ぎになると、いそいそと自転車で先生のお宅へ向かう。

着物がないから、洋服で行く。でも、足元は草履という、ちぐはぐな格好。風流から程遠い私が、お稽古に通い始めて約1年半になる。

普通、何かを1年以上習ったら、できることが少しずつ増えてくるものじゃないかと思う。それなのに、私はお茶のことが驚くほどわからない。
手応えゼロ。

前に進んでいるのか、停滞しているのか、後退しているのか。
それさえわからない。そんなことって、ある?

先生のお宅の庭を眺めながら、梅雨の湿った空気を吸う。毎年やってくるこの季節も、悪くないと思えるのはお茶を始めたからかもしれない。わからなくても、楽しめることはたくさんある。

玄関横のチャイムを鳴らす。

「はーい。どうぞ」

先生の爽やかな声を聞く。
今日はどんなお稽古だろう。

稽古とは

ドアを開けると、玄関に季節の花が飾ってある。その凛とした佇まいに、自然と気持ちも引きしまってくる。

お茶室に入って、景色を眺める。お茶室はシンプルだ。掛け軸、茶花、釜…まさに無駄がない。お茶室にいると、だんだん心が静まってくる。

掛け軸を見る。茶道では、道具や掛け軸にその日のテーマが表現される。
今回のテーマはなんだろう。

いや、読めない。
お茶は知性も試される…。

先生:ふふ、読める?これは「稽古とは一より習い十を知り 十よりかえるもとのその一」と読むんですよ。

読み方を教えてもらえれば、なんとなくわかる。ふむふむ、1から10まで学んで、また1に戻る。つまり、振り出しに戻るということ。
これって、地獄のすごろくゲームじゃ…。

言葉を味わっているように平静を装うが、心の声がざわつく。
そもそも私は「1」に達しているのか…?

人生には、知らないほうがいいこともある。

先生のお点前

先生にお点前を見せていただいた。

お道具を両手に持って、一歩ずつ前へ進む。
ザッ、ザッ…。
足袋と畳が擦れる音を聞く。私には出せない音だ。

先生は正座で座り、姿勢を正すと、そこから流れるようなお点前が進んでいく。無駄のない所作は、見ていて美しい。

よどみない動きで、お茶が差し出される。

おいしい。

一服のお茶を客人に差し上げる。
その一連の流れを研ぎ澄ましたのが茶道。日本の総合芸術とも言われる。

東京オリンピックをきっかけに独り歩きするようになった「おもてなし」も、茶道ではよく聞く言葉だ。ただお茶をたてればいいわけではない。客人のために、心を尽くしてもてなす。

そのために必要なことを学ぶ。何十年もかけて、お稽古を繰り返す。

柔道や剣道なら、技を磨くのに時間がかかるのもわかるが、お茶って…?
この先、何をそんなに学ぶのだろう。

目の前にある一服のお茶に、いったい何があるというのだろう。

掛け軸が、また目にとまる。
「稽古とは一より習い十を知り 十よりかえるもとのその一」

私のなかの言葉が揺れる。
「学ぶ」って、山の頂上を目指して登るように、階段を一段一段上がるように、ゴールに向かって、ひたすら上にいくことではないの?

「稽古とは」の後が、定義なのに、答えなのに、日本語なのに、つかめない。そんなことって、ある??

お茶のおもしろさ

18歳からお茶を始めたという先生。
どうしてずっとお茶を続けられたのだろう。率直に聞いてみる。

私:先生は、どうしてお茶を始めたんですか。

先生:姉が年頃になるので、親が花嫁修行にお茶を習いなさいって言い出したの。姉が途中で辞めないように、妹の私はお供として行くことになってね。

(お、お母さんに言われたから…。しかも花嫁修行って本当にあったんだ)私:18歳は若いですよね。ずっと続けたということは、お茶がおもしろかったんですか?

先生:うーん。性に合っていたんでしょうね。初めの10年くらいは何もわからなかったから、単純に通っていただけよ。最初からお茶がおもしろいなんて人、いないんじゃないかしら?

(10年わからない!!モチベーションは何処?!)
私:で、でも、お花が好きだったとか、禅語が好きだったとか、何か好きなものがあったんじゃないですか?

先生:若い頃は、お花のこともわからなかったし、お軸の言葉も興味がなかったし。禅語がおもしろくなったのは60歳になってからだったかな。

私:え…。

何かすごいきっかけや出来事があって、お茶にのめり込んでいったのではないかと、勝手に期待していた。想像が見事にから振る。

私:はあ…。そういうものですか…。でも先生は今、楽しそうですね。

先生:うん、今が1番楽しい。気づきの絶頂って感じ。ふふふ。

ああ、わからない世界がある。
今の私には感じとれないものがある。

それを、おもしろいと思っている自分がいる。

わからないことは、わからないままでいいのかも。
今の自分が持っている言葉を、無理に当てはめたくはない。

気づいていく過程も含めてお茶なんだろう。
なんだか、謎解きみたいだ。

つづく。


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