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「歌枕 あなたの知らない心の風景」@サントリー美術館

歌枕:和歌に詠まれた土地

桜と楓、ススキ野に月……これらの組み合わせで描かれた作品は、(たとえ実際の場所に基づいて描かれていなくても)ある場所を示すことがあります。例えば桜と楓は「吉野」と「龍田」、ススキ野に月は「武蔵野」を表すとされています。

和歌に詠まれ、特定のイメージと結びつけられた地名は「歌枕」と呼ばれます。例えば、「龍田」。

千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは

百人一首にもなった在原業平の一首をはじめ、様々な和歌で龍田の紅葉は錦織に例えられています。
同じく、桜が多く詠まれてきた吉野と併せて、桜と楓を描いた作品は吉野と龍田を示すというような約束事が形成されていきました。

今回の展覧会は、そうした約束事の源となった「歌枕」と、歌枕の示すイメージを描いた作品を紹介するものです。

個人的には「歌枕」と言われても、和歌に関係する何か……というイメージしかなく、展覧会や図録で学ぶ点が本当に多かったです。
このモチーフの組み合わせのときはこれ、作品のキャプションそれぞれに「山、蔦:宇津山」というようにモチーフと対応する歌枕が記載されていたのも分かりやすく親切な工夫だなと感じました。


全作品のキャプションに歌枕とそれに結び付いたイメージと事物が書いてあって分かりやすい!
(イラスト:筆者)

ちょっとずつ見覚えのある歌枕が増えていく

展示前半では歌枕を形成するきっかけとなった和歌の古筆、歌枕として名をはせた地名を描いた名所絵や、歌枕の地を訪れる旅を題材にした絵画作品が、後半では歌枕をモチーフにした工芸品が紹介されており、特に漆芸品が豊富でした。
展覧会の後半に差し掛かるにつれ、少しずつですが作品に描かれたモチーフから「この歌枕かな?」と想像できるようになる感覚があり、そこも楽しかったです。
例えば、この作品。

水に流れる紅葉ということは……龍田? と、展覧会前半に観てきた作品の記憶を辿りながらキャプションを確認してみたり。
自分の中で、今まで知らなかった「歌枕」を発見できるようなシナプスの結びつきのようなものが育っていく感じがします。

そして、展示の最後を飾るのが「吸坂焼武蔵野皿」。

イラスト:
「吸坂焼武蔵野皿」 肥前・有田, 江戸時代(17世紀), 5枚 北村美術館蔵を参考に筆者作成

茶色い柿釉の部分をススキ野、瑠璃釉の部分を夜空に、そして白抜きされた丸を月に見立て、「武蔵野」と名付けられた5枚1組の作品。名付親は写真家の土門拳(1909~1990)だそうで、意外に最近になってから付けられたのか、と驚きました。
この作品は、ぜひ展示室で見てほしい一品です。武蔵野皿の意匠が展示空間全体に拡張されたような仕掛けが施されているので……
月とススキ野、楓と水流、といったように、ある事やものの組み合わせから地名を呼び起こし、更にそこからさまざまな和歌で詠まれたイメージを立ち上げる……という歌枕を通じた見立ては、展示室の外にも開かれているのでは、というメッセージもあるのかもしれない、と感じる展示でした。

「あなたの知らない心の風景」

「あなたの知らない心の風景」と展覧会のサブタイトルにあるように、今回の展示では歌枕という日本美術の読み解き方があることを学ぶことができました。
おそらく歌枕が持つイメージは数世代前まで共有されてきたものだと思うのですが、個人的には展覧会で初めて知ったことが多く、久々に学生時代、古文の授業で使っていた国語便覧を引っ張り出して和歌の項を読んでみたりしています……(中高時代に古文をもっとちゃんとやっとけばよかった…)

今回の展示を見たうえでトーハクの常設展示室とかに行ったら、また新しい発見ができそうだな、と今から胸躍っています。
私みたいに日本美術を好きだけれどあまり詳しくはない……という方はもちろん、美術館にはそんなに行かないけれど学生時代に古文が結構好きだった方が行かれても楽しめるのではないでしょうか。

余談(サントリー美術館のメンバーズクラブはすごい)

図録とメンバーズカード

今回の展示に行ったのをきっかけに、サントリー美術館メンバーズクラブに入会したのですが、めちゃめちゃすぐ元取れそうだったのでおすすめです! 
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展覧会公式ホームページ


※ヘッダ画像:重要文化財「小倉山蒔絵硯箱」(展示期間6/29-7/25, 撮影可能)

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