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ロサンゼルスのストリートから学べること ー 薬物依存のスパイラル ー


ロサンゼルスのダウンタウン、スキッド・ローというエリアを訪れたことがあるだろうか。

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*The guardian より画像引用

きらびやかなビバリーヒルズから車で20分とは思えないような光景に、足を踏み入れる人は少ないだろう。約1km2にわたって無数のテントが立ち並び、そこには2,500人程度のホームレスが住んでいる言われている。ギャング活動や売春、薬物取引が日中から行われ、明らかに観光客が面白半分で足を踏み入れる場所ではない。銃を突きつけられ、命を狙われることも珍しくない。意識が朦朧として倒れ込んでいる人や、自分に語りかける人、刃物を振り回して怒鳴っているような人が集結している。衛生環境は最悪で、路上で用が足されているためひどい臭いが充満し、銃声やサイレンが鳴り響き、時々死体が運ばれることを目にすることもあるほどだ。夜になるとさらに危険度が増す。

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*Spectrum Newsより画像引用


住む場所を与え、着替えや食事を提供することは多少のスタビリティーになるが、根本的な問題解決にならないのは言うまでもない。実際に、一部のホームレスを対象にカリフォルニア州が無料もしくは月50ドル程度の賃料でアパートを貸し出したが、期限を迎えれば彼らは路上の生活に戻るしかない。さらに、興味深いのがホームレスとして暮らしている人の多くが路上の生活を好んで選択しているということだ。路上やテントに暮らす人の99%が薬物依存者と言われており、ストリートではそういったニーズを満たすことができる。しかし、薬物を手に入れるには、1日あたり約100-300ドル必要となり、ファストフードチェーン店でのアルバイトでは賄いきれない。彼らは、ハッスルといって、体を売って交換するか、窃盗や強盗、薬物売買や物乞いをして金を手に入れる。今すぐ要求を満たす必要があるので、その場で金稼ぎができる手段を選ぶのだ。その彼らに、早朝に起床してシャワーを浴び、髪を整え、1日中勤務して月に一度最低賃金が払われる仕事を選ぶことを期待するのは、無理な話である。


2015年頃からさらに事態を悪化させるゲームチェンジャーが現れた。死のドラッグとも呼ばれている合成オピオイドのフェンタニルだ。

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*右側カルフェンタニルはフェンタニルの種類の一つで、更に毒性が高い


わずか2mgで致死量に匹敵すると言われており、警察官が現場対応で粉末を触っただけで過剰摂取の症状を引き起こしたほど強力だ。その威力はモルヒネの100倍以上、ヘロインの50倍である。2020年にアメリカでOD(薬物過剰摂取)により亡くなった人は9万人を越えたが、そのうちの5万6千人はフェンタニルによるものだと言われている。18-45歳の間でフェンタニルODによる致死率は、コロナ感染による致死率の5-10倍で、増加していく一方だ。2016年に亡くなったアメリカのミュージシャン、プリンスもフェンタニルのODにより亡くなった。フェンタニルは中国で生産されメキシコを経由して密輸されているが、この過程でコカインやメタンフェタミンなど他のドラッグに混ざり込み、コカインユーザーが知らずしてフェンタニルを摂取し、死亡するといった事例が後を絶たない。フェンタニルはヘロインやアルコールのように中枢神経を抑制する役割を持つダウナー系の薬物である以上、中枢神経を興奮させる役割を持つアッパー系のコカインやメタンフェタミンに混ぜるのはそもそも筋が通らない。しかし、最近では市場に出回っているあらゆるドラッグに微量は混じっていると言われている。


危険を避けるためには、そもそも薬物に手を出さなければ良い話だが、薬物依存者はなぜこの道を選ぶのだろうか。この疑問に答えるには、薬物を摂取することによって彼らは何を得ているかを理解しなくてはならない。カナダのガボール・マテ医師によると、彼のオピオイド依存の患者は、初めてヘロインを摂取した時の感触を、「母親が赤ん坊を抱きしめるような温かい愛情」と例えていたそうだ。フェンタニルをはじめとする中枢神経抑制薬は脳内のオピオイド受容体に結びつくことで痛みを緩和し、気分を落ち着かせる作用がある。同時に、報酬系の神経回路にも刺激を与え、ドーパミンの放出を増やすことで快楽を与える。つまり、ユーザーは薬物を摂取することで死を選んでいるのではない。生きるためのコーピングとして薬物を頼りにしているのである。重度の薬物依存者のストーリーを聞くと、毎度同じ話を聞いているかのように共通している。そのストーリーの90%以上が、親のどちらかまたは両方が薬物依存者で刑務所への行き来を繰り返した背景や、ひどい虐待(心理的・身体的・性的・ネグレクト)を受けたというところで一致している。生まれてから今に至るまで、孤独と格闘してきた人たちばかりだ。今の西洋社会はこうした心に傷を負った人にさらに罰を与えることで対処しているのが現状だ。2018年にトランプ政権は、薬物の密売人に死刑を求刑すると公言することでそのポリシーをさらに強めた。薬物依存者は犯罪者として処罰を受けることでさらに孤立し、「健全な人」との壁はさらに厚くなるのである。


しかし、蓋を開けてみるとその健全に見える人は薬物を選んでなくとも、あらゆる依存症を抱えている。スマホ、買い物、仕事、恋愛など形は何であろうとそれは同じようにドーパミン主導の快感をもたらす。薬物は身体に直接ダメージを与える上、違法であるためスマホ依存とは度合いが異なるかもしれない。だが、それは言い換えれば、それほどの強力な手段を選ばない限り生きていくことに苦労している人たちの辛さを象徴していることにもなる。それなのに、薬物に手を染めた者は悪とみなされ「健全な人」と空間を共有するに値しなくなる。あなたのお子さんが薬物依存者と仲良くしていたら、できるだけその子と接触してほしくないと思うことだろう。お子さんに対し、その友人を悪く言うこともあるかもしれない。それはある意味自然な反応と言えよう。薬物依存者は犯罪者の「彼ら」であり、「我々」ではないからだ。厳密にいえば、その反応は「我々」が「彼ら」に、そして「彼ら」が「我々」に潜むことを直視できていない ー いや、否定している ー ことを表しているのである。しかし、現実は彼らは我々と同じ人間で、我々も度合いは異なるものの彼らと同じように内面的な問題やトラウマ、依存的な側面を持ち合わせている。この事実を認めることはとても不愉快なことである。本当に変わらないといけないのは薬物依存者ではなく、こうした我々の根付いた意識なのかもしれない。


(2000年に人口の1%がヘロイン依存者だったポルトガルでは、心理学者や医師の指導のもと、アメリカ的な政策の真逆を行い、世界で唯一薬物を合法化し、さらにこれまで依存者の処罰に使っていた資金を全額サポートにまわした。現在ポルトガルのヘロイン利用者は当時の1/4である。)

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