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マークの大冒険 百年戦争編 | パテーの決戦前



1429年6月18日、北フランス・パテー近郊、
パテーの決戦前____。


パテーの戦い
1429年6月に北フランスの都市パテー近郊で行われたフランスとイングランドの決戦。同年5月にイングランド軍に占拠されていたオルレアンを奪還したフランス軍は、勢いをつけて攻勢に出た。パテーの戦いは、ジャンヌ・ダルク及びリッシュモン率いるフランス軍の進撃により、それまでのイングランド優勢の流れ変えた百年戦争における重要な戦いとなった。フランス軍がイングランド軍を追撃し、撤退に追い込んだことで、ランスへの道も開けた。これによりシャルル6世の王太子シャルルは、ランスで伝統に従った戴冠式を果たし、フランス国王シャルル7世としての即位と王権の正統性の主張に成功した。



「鹿の群れが森林地帯に入った時、わずかにだが、人の声が聞こえた。おそらく、あそこでイングランド兵が身を潜めている。追撃に来たボクらを迎撃するつもりだ」

パテー近郊、フランス軍の野営地で作戦会議が開かれる中、マークはジャンヌ・ダルクに言った。

マーク
世界を旅する冒険家。過去の時代に遡り、コインの収集と歴史の真実を記録する青年。本業はフリーの商業カメラマンだが、将来は歴史研究者として大学の教壇に立つことを夢見ている。天才的な言語の才能を持ち、エジプト語、ギリシア語、ラテン語を始めとした古代言語の他、ヨーロッパ諸言語を操る。

ジャンヌ・ダルク
フランスの聖女、オルレアンの乙女と渾名される女騎士。フランスの東部に位置する片田舎ドンレミ村の農家の娘だったが、ある日を境に神の声を聞くようになり、16歳の時に村を出てフランス軍に入団した。その後、数々の奇跡的な武勲を挙げ、百年戦争の流れを変えていった。そして、シャルル7世をランスで戴冠させることに成功。フランスを窮地から救った英雄とされるが、最期は異端裁判にかけられ、処刑される運命を辿った。

シャルル7世
ヴァロワ朝フランス王国の第5代国王。「勝利王」の名で呼ばれる。長きに亘るイングランドとの百年戦争に終止符を討ち、イングランドからフランス北部の領土奪還を果たした。当初はジャンヌと意気投合するが、次第にジャンヌの暴走に不信感を抱き、最後は意図的に兵士も物資も与えない状態で彼女を戦地に赴かせた。結果、ジャンヌは敵軍の捕虜となり、シャルル7世は身代金を要求されたがそれに応じず、見捨てられたジャンヌは処刑された。



「なら、攻撃あるのみ。受けて立とう。リッシュモン、どう思う?」

甲冑を纏う女騎士ジャンヌは、腕を組みながら傍らのリッシュモンに問うた。

リッシュモン
ブルターニュ地方を支配する大貴族で、フランス軍の元大元帥。頑固過ぎる性格や規律を破った兵士の処刑などからシャルル7世の怒りを買い、長らく左遷されていた。当初、シャルル7世はジャンヌ・ダルクにリッシュモンを討てと命令していたが、ジャンヌとリッシュモンは意気投合。パテーの戦い前にリッシュモンの軍がジャンヌの軍の傘下に入る形となった。



「俺も攻撃に賛成だ。今ならまだ準備不足で、奴らの迎撃体制も不完全なはず。むしろやるなら、今しかない」

「マークは?」

ジャンヌは、マークにも意見を訊いた。

「どうだろう?読むのが難しい。だが、あの森林地帯にイングランド軍が潜んでいるとするなら、騎兵での正面突破は危険過ぎる。彼らのロングボウを用いたダプリン戦術は、相手の攻撃を待つ受身型の戦術だ。だから相手が攻撃して来ない限りは、その威力を発揮できない。ここで攻撃を仕掛けることは、相手の思うツボとも言える。ボクなら、この状況でまだオーケーは出せない。このところ、連戦で兵も疲れ切ってる。休息も充分に取れていない。もう少し様子を見ても良いんじゃないか?」

ダプリン戦術
イングランドが得意としたロングボウ(長弓)を使用した戦術。遠距離から安全に敵兵を制圧することができた。この攻撃に動揺したフランスの騎兵たちは、焦って落馬したところを狙われた。だが、弓兵は間合いに入られて来ると、短剣程度しか他に武器を持ち合わせてないため、不利になる弱点もある。とはいえ、フランス軍はイングランドのこの戦術に何度も陥り、多くの兵士を失ってきた。



「慎重派だな。だが、神は私に進めと命じている。リッシュモンの言う通り、相手の迎撃準備が不完全な今が勝負。マーク、お前は好きにしろ。私は行く」

ジャンヌは、突撃する気満々だった。

「兵の士気が下がらないうちが勝負。ただでさえ、正規兵が少なく傭兵が多いのが現状。ジャンヌの求心力で、兵の士気が高い今が勝負と見る」

リッシュモンもジャンヌの意見に賛同した。

「そうか。分かったよ。なら、ボクは中央後方からバックアップに回る。ボクの読み通り弓兵の攻撃があったら、止まらずにそのまま突進し、勢いで前列の弓兵を制圧する他ない。賢明王シャルル5世の時代に名将ゲクランは、そうしてイングランドの弓兵を撃破した。しかし、あの石垣がやはり気になる。もし弓兵が潜んでいるなら、彼らはあそこを必ず利用してくる。突進して、まずはあそこを破壊するのが先決」


ゲクラン
賢明王シャルル5世に支えた名将。フランス東部の多くがイングランド勢力下にあった中、ほとんどの地域を奪還。フランスに大勝利をもたらした有能な将軍だった。かつてからフランス軍が苦戦を強いられてきた長弓を利用したイングランドのダプリン戦術を破った人物で、弓兵の準備不足を狙った上、馬に鎧を着せ、対策を打った。大抵の場合、長弓で騎士の馬がやられ、落馬を狙われるのが敗因の原因だったことをゲクランは見抜いていた。身分は低かったものの、シャルル5世の信頼を最も得ていた。最期は、王にもっと忠誠を尽くせなかったことを深く悲しんでいると残し、この世を去った。ゲクランが戦地で病没した際、イングランドの将軍がゲクランのもとに訪れ、ベッドに横たわる彼の遺骸に砦の鍵を置いた。すなわち、降伏を示すもので、ゲクランは敵将にさえ尊敬される気高い騎士だった。


「分かった。そこはマークの言葉を信じよう。ラ・イールとジル・ド・レは右翼、リッシュモンはマークと共に中央後方を頼む。私は先陣を切る」

「死ぬなよ、ジャンヌ」

ラ・イールが言った。

「私は使命を果たすまで、死ぬことはない」

ジャンヌは、ラ・イールを見て自信ありげに言った。

「心配するなラ・イール。これまでも彼女は弓矢や投石をくらっても、必ず生き延びてきただろう。この聖女様は不死身さ」

ジル・ド・レは、ジャンヌの幸運を信じ切っている様子だった。


ラ・イール
ラ・イールは「怒れる者」を意味する渾名で、本名はエティエンヌ・ド・ヴィニョル。ガスコーニュ出身のフランス軍の将軍で、ジャンヌの戦友。最初はジャンヌに懐疑心を持っていたが、彼女が起こす奇跡の数々に驚き、次第に心を開いていく。ラ・イールという渾名の通り、短気で粗野性格だが、有能な人物で百年戦争におけるフランス軍の勝利に大いに貢献した。ジャンヌがブルゴーニュ軍(親イングランド派のフランス勢力)の捕虜となった時は、ルーアンまで救出に向かうも失敗。自身も捕虜となったが、シャルル7世が身代金を負担し解放された。

ジル・ド・レ
ブルターニュ地方ナントに広大な領地を有するフランスの大貴族で、ジャンヌの戦友。気高き騎士だったが、ジャンヌの死をきっかけに性格が豹変し、少年を誘拐しては弄んで殺す殺人鬼と化した。彼によって殺された少年たちは、数百人に及ぶという。最期は裁判にかけられ、ジャンヌと同じ火刑が下された。


「イングランドの全て駆逐する、行こう」

ジャンヌはそう言って馬に跨り、旗を抱えて出発した。

百年戦争の流れを変えたフランス史の歴史的決戦、パテーの戦いが始まろうとしていた。


フランス王国 エキュドール金貨 1380〜1422年
シャルル6世の治世下発行 百合十字紋章と王冠の意匠
百年戦争期を代表するフランス・アンティークコインのひとつ




Shelk 🦋

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