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河川敷のリターンズ

決まんねぇなぁ……

いつもの如くNetflixで気になるアニメやドラマをスワイプ
決して暇なわけじゃない
そう、決して。

今、僕の目の前にある山積みになったボツの原稿用紙は、「仕事をした」という実感を沸かせたいが為に、わざと置いている

結果が伴わないと意味が無い。耳にタコである

いつも先延ばしにしているこの仕事…
嫌いでは無いのだ。
むしろ好きだ。

昔から僕は、物事を強制させられないとできない性格をしていた。

だから、成果軸の仕事は合っていないと思っていた。そんな自分が嫌で、自分の好きな事を仕事にした

根っからの社畜軸である

インターホンがなった
古い友人。太田である。

太田「おーい、まーたこんなに散らかしてよ。久しぶりだな」

部屋にズカズカ入ってくるこの図々しい男は、僕が学生時代の頃、共に熱い青春を過ごした戦友である

太田「お前、メール見てないの?」

え、メール?
そういや、なんか溜まってたな。
色んな催促のメールばっかで見る気が起きなかったよ。

太田「ったく、同窓会やんぞ」

それから僕は息付く暇もなく
普段行かない市街へ連れていかれた

?「おーおせえぞ2人とも!」
太田 「わりーな、コイツやっぱメール見てなかったよ」

あのスーツの男は、所謂陽キャラ。一ノ瀬である

応援団やらリーダーやらをやりたがる変わり者だ
そんな男が、今やキチッとスーツを着こなし、高価そうな腕時計を付けていた。

一ノ瀬「それじゃ、全員揃った事だし、改めて乾杯!!」

事が進むと、みな酒が周り饒舌になっていく

?「ねぇ、君って…あ。やっぱり!ひさしぶりだね!覚えてる?」

忘れる訳が無い。僕の学生時代の大恋愛。
1度も想いを伝えられなかった、綺麗なボブが似合う美少女。渡辺。
今はロングの黒髪が綺麗になびいている

想いを伝えられなかったのは、僕が意気地無しだった訳じゃない
太田と付き合っていたからである

なぁ、お前、渡辺とどうなんだよ

太田「はぁ!?いつの話してんだよ。俺今彼女いんだぜ?もう結婚も視野に入れてる絶世の美女さ」

渡辺「あー、失礼だなぁ。私はまだ気持ちがあるって言うのに」
太田「嘘言うな お前から振ったくせに」
渡辺「ふふ、冗談。」

髪を耳にかきあげた姿が綺麗だ。
あの時に空けてたピアス……
もう完全に塞がってるんだ

渡辺「ん?どうしたの?」

いや、なんでも。

……あれ?渡辺って。もしかして…

渡辺「んー?あ、これ?そう結婚したんだ。もう2年ぐらい経つかな。子供も2人。今日は旦那に子供預けて来てるんだ」

そうか。そうか。
早いな。時の流れって
あの時の記憶が、まるで昨日のようだと感じる

それは、僕の今までの時間があまりにもちっぽけで、空っぽで
仕方の無いヤツだと結論付けてしまった

一ノ瀬「よ、呑んでるか?久々だな」

うん、久しぶり。一ノ瀬は今何やってんだ?

一ノ瀬「俺か?俺は今不動産やってるよ。自慢できるほど、成果出せてるわけじゃないけど、こうやって腕時計も車も買える。長かったよ。これまで色んなもの犠牲にして頑張った甲斐があったよ」

……ん?

突然一ノ瀬が泣き出した

太田「おいおい!何泣いてんだよ」
渡辺「ねぇやばいんだけど」

まさかの泣上戸だった

みんなは笑っていたが
僕だけだろうか
羨ましいと思った

もちろん、いい時計や車。慕われている人間性もそうだが、それ以上に

泣けるほどの努力をして夢中に頑張って
掴み取った一ノ瀬という男がだ。

僕はしてもいい訳のない嫉妬を少しだけした

渡辺「そういえばさ、2人とも、昔漫才やってたよね」
太田「お、おい……渡辺…それは悪いぞ」
渡辺「えーいいじゃん私好きだったんだよ?君たち2人の漫才」

そう、僕達は漫才師を目指していた。

太田は根っからの嫉妬しいで
人気者の一ノ瀬に憧れていた

でも勉強でもスポーツでも負けていた太田は、別角度からの挑戦、漫才師を目指す。

お察しの通り、僕は強制的に加入させられた訳だが、あのころの時間は好きだった。
夢中になれた。
そのお陰で今がある。
というのも、ネタを考えるのは僕だった

だから「文章を書く」という事が好きだと気づいた僕は、趣味として文章を書いている
正直感謝はしている

渡辺「なんで辞めちゃったの?」

突拍子でデリカシーが少し欠けた渡辺の発言に少し困っていた太田だが、口を開く

太田「全部俺のせいなんだよ。
無理やりコイツを引き連れて、自分の承認欲求の為に3年も時間を費やしてもらったのに
将来の事とか、自分の存在意義とか、考える事がいっぱいですごく疲れた時期があってさ。
高校卒業したあともしばらくやってたけど、才能に限界を感じたよ。ホントにコイツには申し訳無いと思ってんだ。こんな無駄な時間になっちゃってさ」

申し訳なさそうに語る太田に、僕は苛立った

お前さ、本気で言ってんのか?

太田「え?」

一ノ瀬「太田、それは良くないんじゃないか。」
渡辺「ごめん。私がこんな事聞いたから。」

いいや、渡辺さんのせいじゃないよ。
太田、また酔いが冷めたらまた言うよ

こんな状況じゃ、思いは伝わらない
居酒屋でしか語れない想いはクソだと思っているから

そこで飲み会は一旦お開きになった

後日、またインターホンが鳴る
太田が少し釣れない顔で挨拶をしてきた

太田「昨日はごめんな。あんな感じになっちゃって」

それで、なんで俺や一ノ瀬が、ああ言ったのか分かるか?

太田「いや、分かんないんだ。本当にごめん。」

なら、簡潔に
一言で言うぞ

俺はお前とのあの時間、楽しかったよ

太田が口ごもった

俺さ、お前との漫才を考える時間
ネタを一人で練る夜。
練習をして、一ノ瀬や渡辺、ほかの友達の前で成果を披露するあの緊張したステージも
俺は大好きだった

だから、お前に無駄な時間って言われたことに腹が立ったんだ。

太田「そうだったのか。でも、今あの時間があって、俺やお前も勉強が足りなくて。今もこうやって低収入の仕事しててさ。夢もなくてただ日々を生きてるじゃないか。だからこそ、申し訳なくて」

うん、クソみたいな人生だよ。お前と漫才をやめてから

でもな、こうやってのんびり好きな事を書いて生きてる時間、正直嫌いじゃないんだ

そして俺は昨日のことがあって思ったんだよ。

今のこのクソッタレな人生を変えるために
今まで俺たちが漫才をやめて、経験したその無駄な時間を、漫才にまたぶつけないか?

太田の目が光った気がした。

太田「でも俺、正直そんな濃い人生送ってないんだよ。こんなちっぽけな俺を誰が見てくれるのかな。また軽い気持ちで始めて、お前の人生めちゃくちゃにしたくないんだ」

何か勘違いしてないか?

太田「え?」

今、誘ってるのは誰だ
俺がお前を誘ってるんだよ

俺の人生をめちゃくちゃにしたのは誰だ?
次は俺がお前を巻き込ませてくれよ

お前の気持ちは軽くなんてないよ
俺も濃い人生なんて送ってないさ

でもこれだけ生きてたら、「情熱がある目」ってのは人目見たらわかるよ。

俺がお前とどれだけ過ごしてきたと思ってんだ

沢山狂わされた分、付き合ってもらうよ
もちろん、嫌とは言わせないし

お前は、絶対に嫌じゃない。

むしろ。

太田「楽しみだね」

僕達は静かにグータッチをした。

太田「いざ始めるってなると、ネタ構成から入らなきゃいけないよな。大変になるな」

あのな、俺がなんでこんなに失敗してる原稿を積み上げてるかわかるか?

太田「ああ、これか。なんで捨てないんだ?」

お前が居て、初めて完成する原稿だからな。
早くネタ覚えろよ。一ヶ月後に、オーディションあるから時間はねぇぞ

太田は少し涙ぐんだ目で
僕に行った

太田「なら芸名も考えなきゃな。高校生の頃、なんだっけあのダサい名前」

俺から言わせるなよ恥ずかしいな。

「ザビーン」だったよな

「始まり」をGoogleで翻訳して、the beginning
それで柔らかく文字ったのがザビーンだったよな

太田「今考えるとセンスあるんじゃねぇか?」

バカ言うなよ恥ずかしいな
心機一転、新しい名前で頑張るぞ

太田「ああ」

あ、でもお金はねぇからな
お互いバイトでも頑張ろうや

太田「ったく。先が思いやられるな」

僕達は高校生の頃、いつも練習していた河川敷で、あのころと同じように練習をした
僕たちの青春が戻ってきた

まだまだ先が見えないが、頑張っていこうと思う

好きな事を好きなだけ、夢は終えるうちに追え
いつか死ぬその時まで。

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少年A「お前、セリフ間違えてるって」
少年B「いやー、すまん。でもここのセリフ、こっちの方が綺麗じゃ……あれ??あの二人って」

少年A「ほんとだ、あの二人。すみません!もしかして、あ!やっぱり!」
少年B「僕たち、ファンなんです!サインください!」

太田「なぁ、これって。」

ああ、俺達も少しだけ、大きくなったな。夢を見せてやれてる、笑いを届けられてるってことだ

なぁ少年達、今から漫才しに行くんだけど、一緒にどうだ?

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司会「さぁ続いてはこちら!今絶賛勢いある芸人と言ったらこの2人!それでは登場して頂きましょう!」

歓声と拍手が僕たちを包み込む

あの時の夢は
あの時の情熱は

僕たちを今も熱くさせた

さぁ、いくか!
太田「おう!」

僕たちの時間だ

「リターンズです!よろしくお願いします!」

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