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のび太、文句なしの完敗!『たまごの中のしずちゃん』/のび・しず・出木杉の三角関係④

出木杉君はあらゆる才能に満ち溢れた「パーフェクト・ヒューマン」だが、彼最大の魅力は、自分の意見を貫き通す「男気」にある。ジャイアンに対しても(『全体復元液』)、スネ夫に対しても(『スネ夫は理想のお兄さん』)、自分の信念を貫く姿勢を見せる。

本作では、そうした出木杉の曲げない姿勢が良く表れている作品を紹介する。いかに出木杉が完全無欠かわかるエピソードだ。

ただし、恋のライバル・のび太としては複雑な状況である。ライバルにつけいる隙がないので、悔しい思いの行き場がない。そうなると、当然自力では太刀打ちできず、勢いドラえもんの道具を借りることになる。


本稿で「のび・しず・出木杉の三角関係」シリーズ記事はひとまずの区切り。出木杉の登場から、3人の関係性を時系列で見てきたのだが、いつの間にかのび太はかなりの劣勢に立たされている。ここから反転攻勢できるのか? そのあたりについても、最後の方で触れてみたい。

なお、これまでの記事は以下。


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『たまごの中のしずちゃん』
「小学四年生」1985年1月号/大全集14巻

いつものように、しずちゃんと出木杉が仲良く会話している場面を目撃し、「なんだい、イチャイチャしちゃって」とブチキレるのび太。そして、またいつものように、その鬱憤をドラえもんにぶつける

「約束が違う!! しずちゃんは今に僕のお嫁さんになるはずだろ。それなのにあの有様は何だ!!」

するとドラえもんは冷徹に、

「未来というのは変わることもあるからね。うかうかしていると出木杉に取られちゃうかも・・」

と脅して、のび太を泣かす。

ドラえもんは続けて、

「う~んと勉強してスポーツに励んで、出木杉に負けない男になればいいんだ」

と正論を吐くのだが、これが出来ていれば、のび太にドラえもんなど必要ない。

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ということで、ドラえもんは「すりこみたまご」という大きなたまご型の機械を出す。ここで、「すりこみ」についての説明が入る。

すりこみ
特に鳥類の子は生まれて最初に見たものを「親」と思い込み、後を付いていく本能がある。実験によれば、卵からかえって最初に見たものは、人間のおもちゃでさえも「親」として覚え込んでしまう。この現象を「すりこみ」という。

イラスト付きで、とっても分かりやすい解説である。このような科学的なウンチクが時々挿入されるので、藤子作品は頭が良くなると評判を得るのである。


このすりこみの仕組みを使ったたまご型の機械の中にしずちゃんを入れて、タイマーをセットして15分後に蓋が開くと、その時真っ先に見た人をしずちゃんが好きで好きでたまらなくなるというもの。

「すりこみ」という言葉でマイルドにしているが、強制的に洗脳させる割と恐ろしい道具である。ただし、洗脳したい相手をたまごの中に入ってもらわなくてはならないという、大いなる枷があるのだが・・。

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さっそく機械を抱えてしずちゃんの所へと向かう。いきなり「さあ入って」とお願いするが、当然「何でこんなものに入らなくてはならないのか」と、拒否の姿勢。そりゃ誰だって警戒する

隣りにいた好奇心旺盛の出木杉は、自分が入ると言い出すが、それはまずいということで、のび太たちはその場から撤収する。

すると、ばったり会ったジャイアンが、このたまごになぜか興味を持つ。そして、勝手に蓋を開けて、中に自ら入ってしまう。のび太は、ジャイアンに好かれたら一大事と、たまごを置いて逃げ出してしまう。


すると15分後・・。偶然歩いていたスネ夫の目の前で、たまごの蓋が開いてジャイアンが姿を見せる。すると刷り込み効果が発生、スネ夫を見たジャイアンは、「かっわいー」とウットリして、スネ夫へ抱きついてくる。

逃げ出すスネ夫を「ピヨピヨピヨ」と追っていくジャイアン。それを陰からそっと見ているのび太たち。確かに「すりこみたまご」の効果は絶大だということがわかった。使い方には十分気を付けないと・・。

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そこで、すりこみたまごをのび太の部屋に持っていき、「ストレートホール」をしずちゃんの玄関口に設置。出木杉と分かれたしずちゃんが、そこをくぐって、のび太の部屋の「たまご」の中へと落ちていく。

これで15分待てば、しずちゃんはのび太を好きになってくれる。念のため、しずちゃんに一番に見られては困るということで、ドラえもんを追い出すのび太。これで準備万端と思いきや、思わぬドラマが待ち受けていた・・。

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まず、ジャイアンに追われているスネ夫が家にやってきて、のび太に泣きついてくる。自分がこんな目に遭うのはドラえもんの道具のせいなのだから、何とかしろという切なる願いである。

「今忙しいから後で」とのび太が答えると、ジャイアンも現れて、「スネちゃんめっけ!」とスネ夫に飛びついてくる。相変わらず効果抜群である。

一方、しずちゃんと家の前で分かれた出木杉が、何か言い忘れがあったようで、しずちゃんの家へと戻ってくる。そして、先ほどしずちゃんを落とした「ストレートホール」に、ズボーと入ってしまう。そのまま、のび太の部屋へ・・。


そして、のび太の部屋。
のび太はスネ夫の対応に時間を取られている間に、部屋に落ちてきた出木杉の前で、「すりこみたまご」の蓋が開いてしまう。中から「ピヨ!」と出てきたしずちゃんが、出木杉をじっと見つめる。

のび太が部屋に戻ると、出木杉に刷り込まれたしずちゃんが、出木杉に抱きついている。「どうしてくれるんだよォ!!」と泣きじゃくるのび太。すると、しずちゃんに抱きつかれた出木杉が、意外なことを言い出す。

「お願い!何とか元に戻して」

これを聞いたしずちゃんは、

「出木杉さん・・・、私に好かれちゃ迷惑?」

と泣きながら尋ねる。

すると出木杉、ここからが男前。

「そうじゃないんだ。僕だってしずちゃん大好きだよ。でもこんな機械に頼って君の心を動かすのは嫌なんだ」

機械に頼るしかなかったのび太への強烈な皮肉にもなっているし、出木杉の信念の強さや、自分への絶対的な自信がある様子も良くわかる。のび太、文句なしの完敗なのである。

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ラスト、ダメを押すかのように、「ますます好きになったわ」としずちゃんは出木杉の手を握り、二人は帰っていく。普通に考えれば、これで勝負あり、しずちゃんは出木杉のものだが・・。


さて、本作については映画「STAND BY ME ドラえもん」でも中核のエピソードとして取り上げられている。この作品の中で、その後出木杉がしずちゃんにフラれたことが言及されている。その理由とは「出木杉君は私(しずちゃん)がいないくても一人で大丈夫だから」、というものだった。

映画で出てきたこのセリフは、原作の中では一切登場しない。しずちゃんが出木杉を選ばなかった一つの解釈ではあるのだが、それを映画に出してしまうのは、原作ファンからすると、賛否両論あるところだ。


僕の見解を一応ここで述べると、「ドラえもん」の短編においては、「のび・しず・出木杉の三角関係」シリーズ記事からわかるように、のび太は出木杉にあらゆる面で完敗している。しずちゃんも、出木杉を好きだと明言してしまっている。逆転の目はない。

しかし、「大長編ドラえもん」まで視野を広げると、全く別の景色が見えてくる。例えば「のび太の恐竜」のクライマックスの危機において、のび太はしずちゃんのことを一番に思うセリフを吐いているし、切羽詰まった時でも正義感のある行動を取る。

普段は徹底的にダメ人間であるのび太にとって、命の危険が迫った時に行動を起こすということは、人一倍勇気がいることだ。しずちゃんは、「大長編」でのいくつかの大冒険を通じて、そうしたのび太の本当の強さ、優しさを知っていったのではないだろうか。

出木杉は、「大長編」では、設定の説明役として登場するが、一緒に冒険をすることはない。ここで、のび太に追いつかれ、追い越されたのではないかと僕は考えている。


出木杉はしずちゃんとは結ばれないが、それでも彼はパーフェクトな人生を歩んでいく。そのあたりのお話は、またいずれ記事にしたい。


「ドラえもん」考察、たくさんやっています。


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