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ドラ史上最恐エピソード!?『かげがり』/ちょっぴりホラーな物語①

小学生の息子が、「7不思議レストラン」という本を学校の図書室から借りてきた。何か聞き覚えのあるタイトルだなと思って調べてみると、子供たちに大人気の「怪談レストラン」シリーズというホラー・オムニバス小説であった。

全50巻も続くロングセラーで、映画やアニメにもなっているというが、自分の子供の頃には発売されていなかったこともあり、全く認識を欠いていた。

さっそく自分も借りて読んでみると、古今東西の既存の怪談だったり、オリジナルの怖いお話が収録されていて、スラスラと楽しく読むことができた。いつの時代もこのような「少し怖い」お話は子供たちに受けるんだなあと、感慨深い。


藤子F作品はギャグマンガが多いけれど、その中でも笑わせながら、ある瞬間ゾーッとするようなちょっぴり怖いお話も描いている。藤子先生が落語の怪談をよくラジオで聴いていたということだが、そうした小話的なホラーを好んでいたのかも知れない。

もちろん、SF短編の中では、本格的に怖い作品もあるし、ホラーテイストで始まりつつ、最後はギャグで締めるというパターンの作品もある。

今回はそうした「ちょっぴりホラー」な物語を集めてみて、藤子先生の描く多様な恐怖バリエーションを堪能してみたいと思う。

第一弾として、初期ドラの中の、最もホラーなエピソードから見ていく。なるべく各シーンのホラー演出についても丁寧に掬い取っていく。


「ドラえもん」『かげがり』
「小学四年生」1971年7月号/大全集1巻

季節は真夏。暑さでうだるのび太に、庭からパパが声を掛ける。庭の草むしりを手伝えと言うのである。のび太は暑さにうんざりしているので、「もっと涼しくなってからやる」と答える。

「涼しくなるっていつ頃だ」とパパが質問すると、ここでのび太の名言が飛び出す。

「11月ごろ」

パパの質問の趣旨は「いつ(=何時に)」涼しくなるのかということだが、のび太はそれを月単位で答えたので、当然パパは怒る。

のび太は「こんな日に外へ出たら日射病になる」と反発。さらには、「お父さんは自分の子供が可愛くないのだろうか、わかった僕は本当の子じゃないんだ」と盛り上がっていき、

「ああ、僕の本当の親はどこにいるのだろう」

とブツクサ言いながら、引き続き部屋でゴロゴロを続ける。

本気で親子関係を疑うというよりは、単なる軽口だが、本作の1年後に発表された『ぼくの生まれた日』では、ある程度本気で「自分は本当の子供じゃないんだ」と泣いていた。


そんなのび太を見て、ドラえもんは「やれやれあれを出すか」と、ポケットからハサミを取り出す。このハサミでどんなことをするのかわからないが、「ただし30分だけ」だと言う。

のび太を庭へと連れ出し、日当たりの良い場所に立たせる。真夏の光線によって、のび太にはくっきりと濃い影が伸びている。ドラえもんはチョキチョキと手に持ったハサミで影を切り離していく。

切られたのび太の影はムクムクと立ち上がり、まるで心を持ったように動き出す。ドラえもんのハサミは、文字通り、のび太の影武者を作り出す道具であったのだ。

なお、このハサミの正式名称は不明。本作のタイトルとなっている「かげがり」が道具の名前のように思われるが、これはこの後、のび太の影を狩ることから付けられている。

余談だが、さいとう・たかお先生の作品に「影狩り」という忍者ものがあるが、本作のタイトルはこれを踏まえたものだと予想される。


のび太の影は何でも言うことを聞くようで、30分以内に庭の草をむしれと命じると、セッセセッセと作業を始めて10分程度で終わらせてしまう。のび太の影でありながら、行動力も従順性もあるようだ。

ドラえもんは再び30分という点を強調する。30分経ったらのりでくっつけないと大変なことになるという。この「のり」にも名前が付いていないが、影を切るハサミと影をくっつけるノリはワンセットということなのだろう。


さて、そうした時間制限があることを、この後のび太は軽んじてしまう。草むしりの後も、コーラを持ってこさせたり、ウチワで扇がせたりと、影を便利な召使い扱いをする。

この時ののび太の影に対する扱いが、この後自分に跳ね返ってくることを予測させることになり、さりげない恐怖への伏線となっている。


電話が鳴ったので影に出させるのだが、影なのでしゃべることはできない。慌ててのび太が代わると、友人からの電話で「長らく貸している本を返せ」と言う内容であった。のび太はすぐに届けさせると言って、影に本を持たせてお使いに出す。

ここの電話のシーンでは、影が無言だということを印象付けており、この後影が急に喋り出すことで読者(とのび太)を驚かせる仕組みとなっている。


影を送り出したのび太。時計を見るともうすぐ30分が経とうとしている。のび太は「5分や10分いいんじゃないの」とのんびりしたものだが、そこへドラえもんがやってきて、「お使いに出した!?なんてことを!!」とショックを受けている。

その後も影が帰宅しないので、ドラえもんは「ひょっとして手遅れかも」と冷や汗を流し始める。そして、ここで衝撃的な事実を明らかにする。

「時間が経つと、あいつはだんだん知恵がついて、影のままでいるのが、バカらしくなってくるぞ。しまいには、あいつが本物になって、君が影にされちゃうぞ」

ドラえもんよ、なぜ、そんな重要なことを早く言わない!

ハサミで切り出した影は、時間が経つと「意志」を持ち始め、影から本物になっていく。そして、恐ろしいことに、本物だった方が入れ替わるように影と化してしまうというのである。


ここまでで恐怖への伏線はあらかた張り終わり、ここからが本番。伏線回収とともに、恐怖描写が次々と連続していくことになる。

「今のうちにくっつけないと」と、ドラえもんとのび太は家を飛び出して行く。ところがのび太の影は家の玄関先に身を隠し、二人が出ていくのを見届けてから家の中へと入っていく。

影が既に知恵を身に付け、賢くなっていることが明らかとなる優れたシーンである。

ちなみに、お話前半ののび太は、暑がっていることを示すべく珍しくランニング姿だったが、家から出掛けていく時にはいつもの服装になっている。

切り出されたのび太の影はランニング姿だったはずだが、以降はのび太の服を着ているように描かれる。影の姿は現在の本人の姿をリアルタイムで反映する仕組みのようである。


本を返しに行かせた片倉君の家に向かうと、影はとっくに帰ったという。ドラえもんはどこかへ隠れて時間の経つのを待っているのだと予測する。何とたった2時間で影と本物は入れかわるのだという。

30分で言うことを聞かなくなり、2時間で完全に影と入れ替わる・・・。影を切り取るハサミは、事故続出の危険を伴う、恐るべきひみつ道具であったようだ。

なお、片倉という名前は「ドラえもん」連載時からアシスタントを務めていた片倉陽二先生のことで、別の作品などでもしばしば名前を登場させている。


野比家に侵入した影は、のび太たちが食べるはずだったスイカをまるっと平らげてその場から立ち去る。パパとママはこれを目撃。そこへ本物ののび太が帰って来たので「さっきの影は確かにあなたの・・」とママが小言を始める。

このママのセリフで影が家に戻っていることを知るのび太たち。小言を続けようとするママに「訳は後で」と言い捨てて、影の捜索を始める。何気ないシーンだが、ママがのび太に対して怒っているという事実が、ラストに繋がることとなる。


ドラえもんがのび太を見て「キャ」と小さく悲鳴を上げる。のび太の体が暗くなっていて、「もう影になり始めたぞ」と言うのだ。のび太は自分の黒っぽくなった手足を見てゾ~ッと身震いをする。

いきなり影になるのではなく、このように徐々に影に近づいていくことで、読者のハラハラや恐怖感を引き出す演出となっている。


「どこへ行ったのだろう」と2階へ上がってみると、影は隠れるでもなく、普通にのび太の部屋で寝転びながらマンガを読んでいる。のび太よりは濃いが、先ほどまでの真っ黒ではなく、傍目にものび太だとわかるような体となっている。

この妙に落ち着いた様子や、ニヤと笑うずる賢い表情など、影が手強い相手だということがビンビンと伝わってくる。

「元通りのび太くんにくっつくんだ」とドラえもんが声を荒らげると、影は「イヤダネ」と喋り出す。のび太は「わあ、口を利くよ」と体を震わせる。

影が急速に知恵を身につけており、まもなく本当にのび太と入れ替わってしまうことを示唆する恐ろしいシーンである。


ここからは影ののび太 VS.のび太+ドラえもんの直接対決が、大胆なアクションと共に繰り広げられていく。

二人がかりで影に飛びつくと、まだ影独自の性質が残っており、スウと身を細くして逃れて、そのまま扉の隙間から廊下へと出てしまう。のび太たちは懸命に後を追うが、扉に正面衝突する。

影を捕まえることができる「かげとりもち」を持って、二人は手分けして影を探す。すっかり悪知恵をつけた影は、どこからともなく真っ黒な泥水をバケツに用意して、本物ののび太へとぶっかける。

すると真っ黒になったのび太を見て、ドラえもんが影と勘違いしてかげとりもちで捕まえてしまう。そこへ目の前に影が現れたので、のび太がくっついたままのとりもちを振り回し、襖を大破させてしまう。

この一連のドタバタアクションは、何度読み返しても大笑いしてしまう大好きなシーンである。


襖を破り、ママは激怒。ここでも「後でゆっくり叱られるから」と言って、走り去っていくのび太。ママを怒らせるのはこれで2度目だが、これもラストへと繋がる重要なシークエンスだ。

お風呂でのび太の泥水を洗い流すと、さっきよりも随分と影に近づいている。影ののび太が現われ「モウスグ入レカワルゾ」と、嫌らしく声を掛けてくる。影の色の濃さは、本物ののび太とほぼ同じように見える。

賢い影は、真っ暗な天井裏へと姿を消す。影に暗いところへ入られては、もうジ・エンド。探すことはほぼ無理である。そして、タイムアップは間近へと迫る。


この絶望的な状況で、ママが「もう逃がしませんよ」と殴りこんでくる。そこでドラえもんは何かを閃いた様子。のび太を逃がすのではなく、逆にママへと引き渡す。

「叱ってやってください。日当たりのいいところで」

そういうことで、日の当たる庭へと出て、ママはのび太に説教を始める。「恨むぞ」とのび太。ドラえもんはシメシメとばかりにハサミを手にし、チョキチョキと何かを切り出す。

「頼む」と声を掛けると、ママの影がヌウと立ち上がる。ドラえもんが思いついたのは、のび太の影に対抗するために、ママの影を使って捕獲しようという作戦であった。

そしてこのアイディアがバッチリ当たり、あっさりとママ影の「かげとりもち」に捕らえられるのび太影なのであった。


鏡の中ののび太と入れ替わる話もあったが、自分の影と入れ替わるというのもかなりのインパクトを残す恐怖エピソードである。影になってしまうと、考える意思が奪われ、本体の良いように使われてしまう。

考えれば考えるほどに恐ろしいことである。

ただ、恐ろしいが、途中はかなり笑えるし、オチの収束のさせ方が何よりお見事である。細かく見ていくと、伏線が幾重にも張り巡らせているし、かなりの完成度を誇る短編ドラマのような作品なのであった。




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