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のび太の狂った金銭感覚『大富豪のび太』/もしもの世界を見てみよう⑤

ドラえもんの代表的な道具の一つである「もしもボックス」は、大長編を含めて計10作に登場している。作品のラインナップについては以前の記事でまとめているが、こちらにも転載する。

①『もしもボックス』「小学四年生」1976年1月号
『もしもボックスで昼ふかし!?』「てれびくん」1976年12月号
③『お金のいらない世界』「小学五年生」1977年1月号
④『あやとり世界』「てれびくん」1977年4月号
『音のない世界』「小学三年生」1977年5月号
『かがみのない世界』「てれびくん」1981年3月号
『大富豪のび太』「小学五年生」1981年7月号
⑧『ねむりの天才のび太』「てれびくん」1982年4月号
『ためしにさようなら』「てれびくん」1983年2月号
⑩『のび太の魔界大冒険』「コロコロコミック」1983年9月~84年3月号

①はお正月のたこ揚げや羽根つきの無い世界、という大変地味なテーマだったが、二作目以降は「昼夜逆転の世界」「お金のいらない世界」「音のない世界」など、それだけで長編小説が書けそうな大ネタを登場させている。


本稿では7作目となる『大富豪のび太』をご紹介するのだが、この作品は完全にのび太にとって都合の良い、私利私欲を満たすためだけに作られた世界を描く。

普段はお小遣いのやりくりに苦しんでいるのび太が、急に大金持ちになった時にどんな行動を起こすのか? その想像以上に成金なのび太に是非ご注目いただきたい。


『大富豪のび太』(初出:もしもボックスでお金持ち!)
「小学五年生」1981年7月号/大全集10巻

「ドラえもん」は雑誌掲載時のタイトルが、単行本に収録される際に変更となることがある。たいていの場合、初出では単なるひみつ道具の名前をタイトルにしていて、それをもっと内容面がわかるようなものに変えるのが定番のパターンである。

ただし、本作については「もしもボックス」の名前を取ってしまったので少々中身が分かりづらくなったような気がする。珍しいパターンである。

また、本作は単行本収録時に大幅な修正が加わっており、かなり印象的だったコマも削られたりしている。その理由は色々考えられるところだが、そのあたりにも触れつつ、基本的に本稿では大全集(最終バージョン)をベースに、解説していきたい。


本作は珍しく景気のいい始まり方をする。

おじさんからもらったお年玉の1万円札が漫画の本に挟まっていたのを発見したのである。このおじさんとは、おそらく気前の良いのび郎おじさんのことであろう。

これで何を買おうかと迷い出すのび太。ラジコン、望遠鏡、プラモ、ラジカセ、カメラ・・・。ここぞとばかりに物欲を示すのび太。ドラえもんは、無駄遣いをしたら消えちゃうぞ、と釘を刺す。


一方、一階の居間ではパパとママが、物価上昇を嘆いている。パパは自分の若い頃はラーメンが30円だったと回想する。さらに昔は一銭でおやつが買えたと言う。

日本では1973年の第一次オイルショックの頃から物価が急上昇しており、本作が発表された1981年の前年(1980年)は、消費者物価は昨年対比で7.7%も上昇している。

つまり、物価が上昇し、お金の価値がどんどん下がる時代だったのだ。


この話を聞いたのび太は、一銭でおやつが買えた時代に、一万円を持っていたらさぞかし大金持ちになっていたと想像し、「もっと昔に生まれれば良かった」と肩を落とす。そして、とんでもないことを思いつく。

「もしもボックス」でう~んと物価の安い世界にして、ただし自分の一万円だけはそのままにするという世界を作り出そうというのである。何とも都合の良い自分勝手な願いだろうか。


もしもボックスを出て、まずは物価の確認に本屋へ向かう。漫画10冊を購入しようと金額を聞くと、三銭五厘だと言う。のび太はピンとこないが、ドラえもんが35円の1000分の一と解説してくれる。つまり、1円出せば285冊買える計算だという。

それは安いとのび太は喜び、一万円札を出すが、本屋の店長はたまげてひっくり返ってしまう。そして、当然、そんな大きなお釣りも用意できない。

この数字を今の物価で整理しておこう。
「ドラえもん」のてん虫コミックが470円なので、漫画一冊500円とする。1円で285冊買えるということは、この世界では1円が約14万円となる。なので、のび太が持っていた1万円札は、14億円の価値ということになる。そりゃ誰でもひっくり返るだろう。


14億円でプラモや漫画を買おうにも、お釣りが出ないのは当たり前。どこ行っても一万円札が崩せないので困っていると、分け前で1円貰えると聞いたドラえもんが、「銀行にいったん預けて必要な分を下ろせばいい」とアドバイスを送る。1円あればどら焼きが1000個以上買えると計算して、欲に目がくらんだのだ。

さしあたり小遣いとして10円下ろしてきたのび太。一銭札100枚(一円)をドラえもんに手渡すと、「どら焼き買ってくる~」と走り去っていく。ドラえもんは、お金ではなく、好物のどら焼きで人が変わるタイプなのである。


さて9円(=126万)を確保したのび太は、ここから見事な大盤振る舞いをしていく。金を手にすると、見境なく使ってしまうタイプなのだ。

まずタクシーを止めデパートへ向かう。買っている様子は描かれないが、パパへの高級ゴルフクラブセット、ママへの高級婦人服を購入したようだ。

さらに、四越(よつこし)デパート、西部デパートから荷物がわんさかと届く。家に入りきらない量を買い物をしたらしいが、どんな大人買いをしたのだろうか。そして126万ではそこまで買えないので、買い物途中でお金を再度下したに違いない。

買った商品を仕舞うため、隣の家に行き、1000円で売ってくれと要求。もしも世界においては1億4000万に該当する金額なので、大喜びで明け渡す。それにしても、のび太は金遣いが荒い。。


空き地に皆が集まっている。スネ夫のラジコンをジャイアンが横取りして操縦していると、そこへ巨大なラジコン飛行機が体当たりしてきて、壊されてしまう。大きなラジコンはのび太の持ち物であった。

のび太はお金持ちとなると急に大盤振る舞いする性格なので、ラジコン各種の中から好きなものをあげるとジャイアンに言う。さらにラーメンやアイスの出前を取って、みんなに奢る。さらに欲しいものは何でも買ってやると豪語する。

物欲と食欲の固まりであるジャイアンは、そんなのび太に対して「のび太さま」と媚びへつらう。スネ夫だけは、自分もお金持ち一家だからなのか、成金のび太に対してイライラし始めて、「こんなことをしているとろくな目に遭わない」と脅す。

スネ夫は生まれつきお金持ちなので、ある程度は使い方のたしなみを学習しているのである。


単行本では、ここでのび太が「家が気になる」と言って帰宅するのだが、流れとしては急変したように感じる。これは雑誌版からの修正の影響である。

初出版では、スネ夫が「ロクな目に遭わない」と言った中身を具体的に言及している。「空き巣や強盗や誘拐犯に狙われるぞ」と言われているのだ。この部分だけ見ると、流れとしては初出版の方がスムーズなのである。

しかし、単行本版では、初出版においてスネ夫が脅した内容を、この後実際に描いて加筆しているので、スネ夫の脅しセリフ部分はカットされたのである。


さて、帰宅すると大勢の人間が家を取り囲んでいる。預金を勧めてくる炭友銀行、保険加入を勧める目本生命、小和証券、「ダイヤ買って」、「寄付を」、「めぐんで」・・と、多種多様である。

さらにのび太は見知らぬ男に呼び止められ、「金をよこせ!!」と包丁を突き付けられる。すると、そこを通りかかった車の中に連れ込まれるのび太。強盗から救ってくれたかと思いきや、身代金狙いの誘拐犯であった。

さらにのび太は俺の獲物だと言って、何者かが誘拐犯の車を銃撃してきて、のび太を取り合っての銃撃戦が始まってしまう。そのドサクサで何とか逃げ出すのび太。

すっかり悪者仲間の有名人となったのび太。この世界に居続けては、いずれ命を落としてしまう。そういうことで元の世界に戻すのだが、どら焼きをもっと食べていたかったドラえもんは、

「元に戻したの。残念だなあ」

と、のび太の状況そっちのけで不満を漏らす。


元の物価に戻り、漫画一冊だけ買うことに。すると一冊350円するので思わず「高い!!」と叫ぶ。「この調子では1万円なんてすぐになくなる」と、のび太はすっかりお金のありがたみを感じている。

さらにうっかり財布から一円玉をドブに転がしてしまい、「大金を落とした」と過剰に反応して、見つかるまでしつこくドブをさらうのであった。


大富豪となった時の大盤振る舞い。そして元の質素の生活に戻ってからのケチっぷり。「もしもボックス」を使った結果、のび太の極端な金銭感覚があぶり出されたようである。



「ドラえもん」考察しています。


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