好きな人は、遠い遠い国に。『影とりプロジェクター』/女優・星野スミレ②
さあ、「ドラえもん」の中でも屈指の名作をご紹介。藤子Fノート開設以来、この作品を取り上げたいと願ってきたので、ついにこの日が来るとは感無量です!!
まずは作品に入る前に、星野スミレとは何者なのか語っておこう。
前回の記事でも書いたが、星野スミレとは「パーマン」に登場するヒロインの一人で、まだ小学生でありながら、歌に芝居にと大活躍している売れっ子美少女スターである。
「パーマン」は、1960年代に連載していたものを「旧パーマン」、1980年代の新シリーズを「新パーマン」と連載時期で区分けしているが、旧パーマンにおいては星野スミレは、国民的な人気アイドルだった。けれど、あくまで時々登場する脇役の扱いであった。
実際は、星野スミレはパーマン3号(=パー子)の正体という事実があるのだが、「旧パーマン」ではその正体をぼやかしており、はっきりパー子=星野スミレとは明示させていない。
ただ、全作品を読んでいけば、どう考えてもパー子の正体は星野スミレだとわかるようになっているのだが、これを裏設定のままにしていたのが、ニクイところだ。
しかし、「週刊少年サンデー」での連載終了後、ほどなくテレビアニメ版のパーマン(白黒版)も最終回を迎えるのだが、なんとそこでパー子の正体は星野スミレだと明らかになる。
さらに、これを受けて、連載終了後に発売となった虫コミックス版の第4巻のカバーにおいて、あっさりとパーマン3号の中身は星野スミレだと書かれている。
これまで巧みに正体を隠してきたのは何だったのかと思わないでもない。
パーマン及び星野スミレの話は終わったかと思いきや、突如、大人に成長したスミレちゃんが、「ドラえもん」に登場してくる。全部で4回登場をするのだが、前回の記事ではその内の2作品を一挙に紹介した。
この記事で紹介した『オールマイティー・パス』では、星野スミレは子役スターから恋愛映画のヒロインを務めるほどの大人の女優へと成長していた。そして、のび太やしずちゃんも大好きなみんなの人気者であることが明らかとなる。
さらに『出前電話』では、子供の頃からの歌手活動を今でも続けており、歌番組にも出演していることが分かった。星野スミレは、子役の殻を脱皮し、国民的なスターの道を歩み始めていたのである。
するとここでいくつかの疑問がよぎる。それは
である。
本稿で紹介する『影とりプロジェクター』において、それらの疑問は解消されないのだが、「パーマン」の最終回からスミレが「ドラえもん」に再登場するまでのミッシングリンクの一端が明らかになる。
それはどういうものだったのだろうか??
これまでのスミレちゃんは、あくまでカメオ出演的な登場だったが、本作では完全なる主人公として描かれていく。
まず冒頭、のび太がしずちゃんに「大ニュース!!」と駆け寄っていく。手には何かの雑誌。そのニュースとは、「星野スミレがついに結婚宣言」というものであった。
「えっ!?」「誰と!?」と驚くしずちゃんとその友だち。のび太は「聞いて驚くな」と言いながら、手にしていた雑誌「週刊名月」を掲げて、「男性歌手ナンバーワンの郷ヒデキだ!!」とドヤ顔をする。
しずちゃんはそれに対し、「ヒデキとは別れたはずだけど」と一歩先の情報を伝える。のび太の手にしていたのは、去年の週刊誌なのであった。
しずちゃんたちは、「スミレは沢田五郎と仲がいい」、「違うのよある青年実業家よ」と、噂話に花を咲かす。
ここまでたった4コマだが、情報量が多いので、少しだけ補足をしておくと、まず、のび太が手にしている「週刊名月」は、集英社から発行されていた芸能雑誌「週刊明星」のもじりである。
「週刊明星」は、創刊時は三島由紀夫のエッセイが連載されるなど文壇の香りがする雑誌だったが、その後芸能雑誌に変わり、1991年に終刊している。
のび太たちが名前を出している芸能人は、1980年頃のアイドル黄金期のスターの名前から取られている。すなわち、郷ヒデキは郷ひろみと西城秀樹の合体で、沢田五郎は沢田研二と野口五郎の合わせ技である。
当時の(今も?)アイドルたちは、それぞれ誰と誰が付き合っているだの、別れただのと色々なゴシップが流されていた。そうしたアイドル最盛期の雰囲気が詰め込まれた冒頭のシーンであると言える。
のび太やしずちゃんたちの前に、訳知り顔をしたスネ夫が現れる。パパの知り合いがテレビ局の社長だったり芸能関係者だったりするスネ夫は、こうしたゴシップ情報に対して耳が早いという自負がある。
今回も、「みんな違うね」と噂話を真っ向否定し、「本当のところ星野スミレの恋人というのは謎なんだ」と知った風なことを言い出す。そして自分のコネを生かした情報をエサにしずちゃんたちの興味を引き付ける。
「漏らしちゃいけない具合の悪い話もある」などと言い出しながら歩き出すと、のび太に対しては「口が軽いから」と言って同行を拒否。のび太は、盛り上がる女子たちを背にし、トボトボと家へと帰っていく。
スネ夫にハブにされてのび太が嘆くという展開は、ドラえもん定番の流れだ。今回ののび太は、その悔しさのあまり、ドラえもんに対して
などと無茶苦茶なお願いをする。
それを聞いたドラえもんは、ムッとして「そんなくだらない目的に使う道具はない!!」と一蹴。ところが、のび太が「スミレちゃんの悪い噂が気になって・・」と口にすると、ドラえもんの目つきが変わる。そして、
と、取り乱す。
『出前電話』の中でも同じような反応を見せるシーンがあったが、ドラえもんはすっかり星野スミレの虜となっているのだ。
そこでドラえもんが取り出したのが「影とりプロジェクター」という機械。カメラ機能とプロジェクター機能が一体化しており、カメラで人物を映すとその人の影を吸い込むことができ、プロジェクターで写し出すと、影が本物そっくりに動き出すという仕掛け。
ママで影とりの実験をした後、星野スミレの影を求めてタケコプターで飛び立つドラえもんとのび太。公園でドラマか映画のロケ撮影をしているスミレを発見。さっそく空から「影とりプロジェクター」で写真をとる。
家に帰って、プロジェクターで映し出すと、星野スミレのシルエットが現れる。のび太は「僕のスミレちゃん!!」と飛びつこうとするが、ドラえもんは「気やすく触るな」と注意する。この二人がスミレ好きということがよくわかるシーンである。
ここから、スミレの超多忙な一日が影の動きで表現されていく。
着替えのシーンでは、ドラえもんはのび太の目を隠している。ドラえもんにとってスミレは神聖な存在なのである。
この予定びっちりの忙しさでは、デートなどまず無理。もしこの後デートをするならば夜中だろうとあたりを付けて、のび太たちは一旦プロジェクターから離れる。
夜中に起きだすのび太とドラえもん。プロジェクターを映すと、ちょうど星野スミレは多忙な一日を終えて、帰宅したところであった。影の状態でも疲れているのがわかる。
すると影のスミレちゃんが、何かを見てびっくりするような動きを見せる。これは何かがあったに違いない。ドラえもんとのび太はタケコプターでスミレ宅へと向かう。
以前「オールマイティーパス」を使って入り込んだスミレ邸。庭からガラス張りの部屋を覗くと、見知らぬヤサ男に対してスミレが「すぐに帰って下さい」と怒っている。
その相手は、部屋に入り込んだだけでなく、勝手にワインなどを開けて飲んでいる。この男は、のび太曰く、二枚目スター・落目ドジ郎であった。名前からして落目な男なのだろうが、どうやらスミレ人気を利用して、もう一度名を上げようとしているようだ。
落目は、
と、嘘八百を並べ立てる。彼の設定では自分はスミレの恋人であるらしい。
スミレは、そんな落目に対して、「あなたね、勝手な噂を言いふらしているのは」と怒る。スネ夫が言っていた悪い噂というヤツは、どうやら落目が流したものなのだった。
外道な男・落目は、「自分の言う事を聞かないともっとひどい噂をばら撒く」と言ってスミレに迫る。
そんなスミレのピンチに、のび太が、両手で狼の影絵を作って映し出し、「ウオ~ツ」とうなり声をだす。
子供だましな脅しだが、「ギャーッ!!」と驚いた落目ドジ郎は、走ってスミレ邸から逃げ出してしまう。強気な男だったが、肝っ玉はかなり小さかったようである。
星野スミレは自分を助けてくれたのび太とドラえもんを部屋の中に迎え入れる。「疲れているのに悪いや」とのび太は遠慮するが、「疲れているからお話したいのよ」と優しく呼び込んでくれる。
さて、そんな彼女のお話とは何だったのか。ラスト一コマでその驚きの内容が明かされる。
星野スミレが何者かよくわかっていない人にとっては、さり気なく終わってしまうシーンなのだが、藤子漫画史の新たな出発点とも言える重要な一コマである。こちらを全て抜粋してみよう。
このナレーションで明らかとなったことは、星野スミレには「秘密」がある。それは、好きな人がいて、その人は遠い遠い国にいるということだというのだ。
さらに注意深く読んで欲しいポイントは、好きな人がいるのは「遠い遠い」国だという点。普通に「遠い」のではないのだ。
そしてそれは、漫画の中に書けない「秘密」だとしている。アイドルにとって好きな人がいるというのは確かに「秘密」かも知れないが、この書きぶりかすると、その機密度は相当高いように思われる。
さらに、このコマの背景にも注目いただきたい。星野スミレが遠い目をして何かを語り、ドラえもんとのび太は熱心にその言葉に耳を傾けている。そしてその背景には、カーテンが開かれ広い夜空が広がっており、そこにはいくつもの星が輝いている。この描写にはしっかりとした意味が込められている。
以上に重要ポイントをまとめると…
この3点から思い当たることは、そう、あの事実しかないのだが、まだここでははっきりしない。
さらに付け加えると、最後の一コマのナレーション部分は、初出掲載誌においては、「僕たちだけに」の部分が「二人だけに」と書かれていた。「二人だけ→僕たちだけ」という変更によって、ナレーションの語り手が、作者からのび太に移されている。
つまり初出においては、「ここには書くわけにはいきません。ごめんね」と語っているのは、作者自身ということになる。藤子先生は、星野スミレには好きな人がいるという事実は認めつつ、その詳細はこの時点では教えないとしているのだ。
それでは、星野スミレの秘密とは何だったのか。それは次にスミレが登場した時に、全てが明らかとなる。本作を踏まえた、ある決定的な事実が浮かび上がる。
それは・・・次稿にて!
「ドラえもん」も「パーマン」も考察しています。
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