現代人必見。『してない貯金を使う法』/○○せずに△△する方法②
「矛盾」という言葉がある。
「どんな盾でも貫く矛」と、「どんな矛も跳ね返す盾」の両方売っていた商人が、だったらその矛でその盾を突くとどうなるのだと、突っ込まれてあたふたしたことから、論理破綻していることを表現した故事成語である。
馬鹿な商人だと思ったりもするけれど、こうした矛盾した言動をしている人は大勢いる。
例えば・・・
・忙しいと言いながら煙草を吸ってばかりいる。
・金がないと言いながら暇を見つけてパチンコに行く。
・テスト勉強しなくちゃと言いながら寝る。
この人たちは、矛盾した行動を取っていることは自覚しているケースがほとんどであろう。けれども止められない。人間、わかっているけど、論理だった行動ができないものなのだ。
さて、「ドラえもん」には、こうした一見矛盾した言説を突破するお話がいくつも描かれている。そうした一連の作品を「○○せずに△△する方法」と題して、いくつか紹介していきたい。
まず前稿では、「海外に行かずに海外旅行の記念写真を撮る」という、いわばトリック写真を作るお話を取り上げた。
記事を読んでいただくとわかるが、ここで登場する「インスタント旅行カメラ」なるひみつ道具は、令和の世の中において現実化しているものである。
スマホ一つで、海外旅行に行かずに、実際に記念写真が撮れてしまう時代なのだ。つまり、この作品で提示された矛盾はもう解決済みというわけなのだ。
続けて本稿で取り上げる作品『してない貯金を使う法』は、これまた現実化しているお話となっている。貯金がゼロでもお金を使うことは可能な世の中なのだ。
ただし、本作において、矛盾した行為(=してない貯金を使う)に及んでしまった結果、ひどいしっぺ返しを食らうことになる。これは現実世界においても、十分に教訓として受け止めるべきであろう。
本作は矛盾した行為が蔓延る今の世の中を皮肉る、とてもシニカルなお話なのだ。
本作の初出タイトルは、「現代人の生き方」。まるで自己啓発本の表紙を飾るような固いタイトルで、「ドラえもん」としてはかなり異色。
本作では、とある現代人の生き方が紹介され、その顛末がきっちりと描かれる。極めて教訓的で、エスプリの効いたお話となっている。
また、本作では「初期ドラ」ならではの、謎の親戚が登場する。のび太のパパの弟(のび太から見てのおじさん)である。
のび太のパパは、本作発表時点でまだ名前が明示されておらず(*注1)、公式設定におけるのび助の弟、のび朗おじさんも登場前である(*注2)。
本作で登場するおじさんは、今回限りの登場キャラで、まさしく設定と「矛盾」した存在なのだが、このあたりはスルーしておくのが、健全であろう。
物欲勝るのび太は、おもちゃ屋で蒸気機関車のプラモデルを見つけて、「欲しい!!」と口にする。値段は1800円。この当時としては子供がポンと買える金額ではない。
苦しそうな表情を浮かべてのび太は帰宅。すぐに貯金を確認するが、残念ながら残高は102円。のび太はお金がないことは百も承知で、「だから初めからこんな顔してたんだ」と呟く。
ちなみにのび太が欲しがったプラモデルは、「国鉄C53形蒸気機関車」、通称シゴサンと呼ばれて愛された、今や無き機関車である。のび太に代弁させているが、おそらく藤子先生が欲しかったプラモではないかと思われる。
のび太は近くにいたドラえもんを呼んで、「君は僕の友達だな」と確認し、その上で「折り入って頼みがある」と言って、こそこそ耳打ちする。するとドラえもんは、顔を真っ赤にして「ばかいえ!!」と激高する。どんな怒らせることを言ったのだろうか。
のび太は端的に、「お金を作る道具を出してくれ」とお願いしたのである。未来の世界でも、お金を勝手に作るのは当然犯罪。ドラえもんが怒るのも無理はない。
ということで、お金の無心は結局パパにお願いすることに。のび太はドラえもんに「君の知恵はその程度のことか」とチクリ。
お小遣いの相談を受けたパパは、すぐに解決策を提示してくれる。それは毎日パパの肩叩きをすれば、10円ずつあげるので、一か月で300円、半年も続ければ1800円貯まるというものである。(計算しやすいように1800円という値段設定だったのかと、気付かされる)
こらえ性の無いのび太は「今欲しいんだよ」と口答えするが、「そういう安直な気持ちがいかんのだ!」とパパは怒る。至極まっとうなお叱りである。
そしてのび太のパパは、労働の喜びを生き生きと伝える。
ところが、パパの本気のお説教に対してのび太は、
と、あくまで近視眼的な持ち主なのであった。ドラえもんは思わず、「パパの話がまるっきりわかってない」と半ば呆れる。
さて、そんな地道な努力が嫌いなのび太に、思わぬ精神的支柱が現れる。それが、今回限りの登場となるのび太のパパの弟(おじさん)である。
突然訪問してきて、のび太のパパに購入したばかりのゴルフセットを自慢する。外国製の高級品であるという。「高かったろう」とパパが聞くと、「まあね」と何か含んだ物言いで答える。
しかもこのおじさんは、クラブだけでなく新車も購入していた。さすがにパパも驚いて、「安月給のくせに」と訝しがると、おじさんはこのように答える。
ここで出ました! 現代人の生き方!
先に苦労してお金を貯めてからモノを買うのではなく、お金を月割りで払いながら、並行してモノを使っていこうという論理である。確かに、月賦を支払い終えた時には、すでに欲しかったモノを存分に使い込んでいるわけで、お得のような気はする。
というか、ローンを組んで家を購入するというのも、同じ考え方であって、住むこととお金を払うことを同時進行させるのは、非常に合理的な行為といえよう。
のび太はそんなおじさんを見て、「これだっ」と手を打つ。何か妙案が浮かんだらしい。ドラえもんが「これって?」と尋ねると、のび太は得意げな表情で「現代人の生き方」と答える。
そんなのび太は、突然パパの肩を叩き始め、パパは「ほう、半年頑張るかね」と感心し、「続けるんだよ」と言って10円を差し出す。そんなのび太を見て、ドラえもんも「見直したよ、半年も辛抱するなんて」と、こちらも感心する。
ところが、のび太は「誰が?」とどこ吹く風。そして「品物はすぐ手に入れるんだよ」と言って、机の引き出しを指差す。指し示したものはもちろん、タイムマシンのことである。
なんとのび太は、半年後に行き、1800円貯まった貯金を持って帰って来ようという魂胆なのであった。
これは月賦とも言い難い先取り行為で、結局後で苦しむのは自分なのだが、そこまで頭が回らないのが我らがのび太である。ドラえもんも、「それはちょっとどうかな」と疑問を呈するが、「自分のお金を自分が取ってくるんだから平気だよ」と答える。
半年後ののび太の部屋。
昼前ということで学校に行っていてのび太は不在。ところが、いつもの場所のポスト型の貯金箱が見当たらない。仕方なく、ママに「僕の貯金箱を知らないか」と尋ねるのだが、学校にいるはずののび太が急に現れたので、ママは当然激怒する。
庭の植木の影に隠れるのび太だが、そこで偶然埋まっている貯金箱を発見する。中身を確認すると、10円ばかりで1800円あり、我ながらよく貯めたと感心する。
そして貯金箱を手に、半年前へと戻るのだが、そこに待ち受けていたのは、半年後ののび太であった。学校から帰宅後、庭に隠しておいた貯金箱が無くなっていたので、タイムマシンで先回りしてやってきたのである。
そしてここから半年違いののび太同士で口論が始まる。
ややこしい上に、どこまでも行っても立場が平行線なのである。自分同士であっても、時間が立てば他人となるというお話なのだ。
のび太は半年後ののび太を振り切って、買い物するべく逃げ去っていく。その途中でママが掃除に使っていたバケツをひっくり返し、この後始末を、半年後ののび太がさせられてしまう。
半年頑張って貯めた貯金は取られるし、ひっくり返したバケツの尻ぬぐいもさせられるで、半年後ののび太は悲惨そのものである。(これは半年後ののび太の運命なのだが)
やがて、のび太がプラモデルを購入して帰ってくる。のび太が嬉しそうにしているのはわかるが、ドラえもんまで満面の笑みを浮かべている。
部屋に残っていた半年後ののび太は、「やはりこうなったか・・・。わかってはいたけどね」とすっかり諦念した様子。そして「見てろ、きっと後悔するから」と捨て台詞を吐いて、タイムマシンで帰っていく。
未来を知っている半年後ののび太の発言なので、非常に意味深いものなのだが、「するわけないじゃん」と今ののび太は相手にしない。なお、ここでもドラえもんは「さあ早く作ろう」と、嬉しそうにプラモ作りを急かしている。
おじさん曰く「現代人の生き方」とは、支払いながらモノを楽しむことであった。プラモデルは、一度作ってしまうとそこで大半の喜びが終わってしまいそうなものだが、半年後ののび太の警告は、そうしたことを意味したしたのだろうか。
いや、そんな程度で収まるわけがない。
不器用なのび太とドラえもんはC53を組み立てていくのだが、部品のつなぎ合わせにぎくしゃくし、お互いに下手だなあとか、そっちが間違っているんだ、などと言い合っているうちに、もみくちゃにしてしまい、気が付けばパーツがボロボロとなってしまう。
半年かけて貯めた1800円があっという間に無駄になってしまったのである。しかも、この1800円はここから貯めなくてはならないという・・・。
次の日。
パパから「毎日肩を叩くんじゃなかったか」と念押しされるのび太。「あれはもう止めた」と答えるが、「計画を途中で投げ出すのは一番悪い」とこれまた真っ当なご指摘を告げる。そう、本作はパパだけがずっとまともなのである。
そこへ、昨日新車と高級ゴルフセットを見せつけたばかりのおじさんがやってくる。そしてパパに手をついて、
とお願いしてくる。たった一日で、ローン地獄を味わっているおじさんなのである。
のび太はパパの肩を叩きながら呟く。
先に楽しみを享受してしまうと、その対価を後払いしていくのは、とてもしんどいことなのだ。
なるべく後払いで頑張りたいなあと、本作を読むたびに思うのである。
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