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キテレツは冒険すると帰れなくなる『江戸時代の月面図』/目指せ月のお話②

米ソの宇宙開発競争は、やがてどちらの国がいち早く月面に着陸するかという争いに焦点が移っていった。それが1960年代の後半のことである。

ソ連にロケット競争で一歩遅れを取ってしまったアメリカは、国の威信をかけてアポロ計画を立ち上げる。アポロ計画とは、NASAによる月への有人宇宙飛行計画で、60年代の終わりまでに月に人を送るという大胆な計画であった。

1968年10月に「アポロ7号」が打ち上げられ、初めて地球周回飛行を成功させると、その2ヶ月後には「アポロ8号」が月の周回飛行も成し遂げ、翌年5月には「アポロ10号」が月面から高度15.6キロメートルの周回を飛行する。

そして、J・F・ケネディの公約の最後の年1969年7月、「アポロ11号」がついに月面着理に成功する。最後は手動で着陸させたということで、かなり危険を伴う偉業であった。

月面着陸は、世界中の人々の注目を集めて、世界の5人に1人が着陸の瞬間をテレビで見ていたとも言われている。当然、日本中でもこのgiant leap(大きな跳躍)は、熱狂を持って迎えられた。


こうしたSF的なビックイベントからは目が離せないタイプの藤子先生は、アポロ計画に魅せられて、自分たちも月を目指そうとする人たちの物語を何本も執筆している。

本作では、モロにアポロの月面着陸に影響を受けて描かれた「キテレツ大百科」の一本をご紹介したい。

その前に、まだ月面着陸を成し遂げていない時の作品もあり、既に記事にしているのでこちらも是非。


「キテレツ大百科」『江戸時代の月面図』
「こどもの光」1974年11月号/大全集1巻

キレレツ斎が120年間に描いた「月世界の図」。これが1969年のアポロ11号が写してきた月面写真と瓜二つだとわかり、キテレツは、「キテレツ斎様は月へも行ってたのか」と大騒ぎ。

キテレツのパパは宇宙ロケットを一人で作れる訳がないと否定し、キテレツ斎の空想力が優れいていたのだろうと結論付ける。しかし、キテレツは、絶対に見て描いた絵に違いないと納得がいかない。


月ロケットの造り方は「キテレツ大百科」には見当たらない。しかし、パラパラと大百科を眺めていると、あることに気がつく。それは、「千里鏡」と「昇月紗」の二つの発明を組み合わせたのではないかということだ。

「千里鏡」は今の電送写真と似た仕組みで、送信機のレンズが見た景色を電波で送り、受信機がそれを受けて、紙に筆で書き写す。

「昇月紗」は、重力を遮る効果のある布のこと。この布を使って地球の重力を遮ることで、地球の次に大きい重力である月の引力で引っ張らせて、宙に浮かび上がらせる仕掛けである。

この月の引力(潮力)の説明部分は、非常に藤子F的で好感度高い部分である。


すったもんだの苦労があって「千里鏡」が完成。小型の送信機と、かなり巨大な受信機でワンセットの発明である。

さっそく、送信機をママの近くに置いてみる。受信機のスイッチを入れると動き出す。5秒で1枚というスピードで描き上げ、言葉も拾って文字にして書き込んでくれる便利仕様である。

ママは発明に気を取られているキテレツに勉強をさせるよう、これから叱りに来る様子。そこでキテレツは部屋の前に、既に完成していた「昇月紗」を置く。

ママがその上を通ろうとすると、重力圏を離れて浮かび上がって、天上に頭を打ち付ける。・・・かなり強引なやり方でママの排除に成功する。・・・発明家のママも大変である。


キテレツは「千里鏡」と「昇月紗」の他に、実はもう一つ発明品を完成させていた。それは土管をベースにしていて、空気漏れを防ぐように上下を塞いで密閉したもの。なんと、この土管を簡易ロケットとして、月に行こうというのである。

キテレツの発言に衝撃を受けるコロ助。「あぶないナリ!やめるナリ!」と猛烈に反対意見を述べる。コロ助は、キテレツがこれまでに海底(『キッコー船の冒険』)、過去(『片道タイムマシン』)、地下(『モグラ・マンション』)から帰れなくなる事件見てきているので、本気で心配なのである。

キテレツは発明と自らの力を過信するのか、この作品以降でも、冒険するたびに帰宅困難となる事態を引き起こしている。


キテレツは潜水用ウエットスーツと酸素ボンベで宇宙服も作っている。コロ助な引き続き中止を主張するが、キテレツは「男の信念のためには命を懸けることもあるんだよ」と一人悦に入っている。

そして、お土産に月の石を持ってきてやると言って、さっそく「千里鏡」の発信機を持って土管に入り込み、「昇月紗」を使って、上空へと飛び上がっていく。凄まじいキテレツの行動力である。


コロ助は「キテレツ~」と泣き叫ぶ。急いで部屋に戻り、「千里鏡」受信機のスイッチを入れる。すると、さっそく映像が送られてくる。

キテレツが「調子良いよ。猛スピードで上昇中」と無事の連絡が届く。まずは一安心のコロ助。土管ロケットは加速度を増して、あっという間に成層圏に入る。宇宙服を付けるキテレツ。

ところが、順調と思った次のコマで、すぐさま異変が起こる。このスピード感がF流である。

送られてきた画像に「ばり」という大きな音が描かれている。キテレツは変な音に気付くと、土管の蓋部分がメキメキと剝がれ始める。 

土管はバリバリと壊れて、キテレツは宇宙空間へと投げ出される。「のりづけがかわいていなかった」という言葉が送られてくる。

ちなみに手作り宇宙ロケットの糊付けが剥がれてしまうのは、オバQの『宇宙パイロット』というエピソード以来二度目。


宇宙の暗闇に飛ばされたキテレツ。受信機からは白い紙だけが送られてくる。「いわんこっちゃないナリ」と大声を張り上げるコロ助。コロ助のイヤな予感は、大体的中するのである。

コロ助は「何とかしないと」と、月へ行って行方不明という話をママとパパにするが相手にしてもらえない。当然警察もダメ。そうこうしているうちに夜となり、帰宅しない英一に心配となるパパ・ママ。


すると、受信機が新しい画像を描き出す。映っているのは、月面と思しき風景と、「どういうわけか月にいる」というキテレツのセリフ。気がつくと、アポロ11号が写し、キテレツ斎が残した月面とそっくりの場所で倒れていたという。

キテレツはコロ助に語りかける。月へ軟着陸できたのは無意識に掴んだ「昇月紗」のおかげであること、ただしもうボロボロで使えないこと、土管もバラバラで帰る術は失われていること。

さらに、酸素ボンベは後5分で空気が尽きてしまうと、キテレツは嘆く。そしていつになく取り乱して、

「お願いだ。何とかしてくれ。助けて!」

と涙を流す。そんなことを言われても、コロ助はなす術がない。できることは、「困るナリ」と部屋中を走り回るだけだ。

残り酸素は2分。ここでキテレツは冷静さを取り戻す。諦めの境地に立ったようである。コロ助は、「キテレツは天才ナリ。きっと助かる道あるナリ!」と励ますが、当然その声は届かない。


キレテツはパパとママ、そしてコロ助に感謝を述べて、さようなら、と手を振る。コロ助も号泣。

「ワガハイもキテレツのこと忘れないナリ。いつまでも、いつまでも」

まるで「アルマゲドン」のラストのような、最後の別れのシーンである。


ところが、酸素が尽きようとしたところで、キテレツの周囲が明るくなる。ドヤドヤと何者かが近づいてくる。現れたのは、映画のスタッフと宇宙服を着たキャスト。なんとここは、映画撮影用のオープンセットだったのである。

キテレツは、思わず「昇月紗」を掴んだおかげで、月ではなく地球に軟着陸していたのだ。


このラスト、前回記事にしたオバQの『日本人 月に立つ』とほぼ同じ。違いは、前回がテレビドラマで、今回が映画ということだけである。似た展開とラストも一緒というのは、これもF作品では良くある話。

さらに「キテレツ大百科」では、アフリカを目指して日本のサファリパークに落ちるというギャグ篇もあるが、これと同一パターンと考えて良いだろう。


「キテレツ大百科」の考察もボチボチやってます。

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