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正ちゃん、米ソに先駆け月に向かう『日本人 月に立つ』/目指せ月のお話①

1960年代は宇宙の時代だった。有人ロケットが大気圏外に飛び出て、地球を周回し、月を目指し、ついには月面着陸を成し遂げた。

人工衛星スプートニク1号が打ち上げられたのが1957年10月。ガガーリンが宇宙船ボストーク1号に搭乗して地球を周回したのが1961年4月。そしてアポロ11号に搭乗したニール・アームストロングが月面歩行をしたのが1969年7月。

あっと言う間の宇宙進出だった。ガガーリンからアームストロングまで8年しか経っていない。宇宙技術が一気に向上した1960年代は、確かに宇宙の時代だったのだ。


ただ、宇宙の時代と言うとカッコいい響きがあるが、冷戦下の米ソによる軍拡競争の一つとして、国威を賭けて宇宙開発競争が行われたとも言える。特にソ連に後れを取ったアメリカが、巨額の予算をつぎ込んだアポロ計画などによって、宇宙技術の革新が行われた。冷戦あっての宇宙開発だったのである。


SFの世界では一足お先に月面にも着陸していたし、宇宙にロケットがどんどんと飛び出している。しかし、そうしたSFの世界に一歩近づいたのが、60年代の宇宙進出だったと言える。

藤子先生もまた、スプートニクス打ち上げからアポロ11号の月面着陸までの、急速な宇宙開拓を見ていく中で、作家としての少なからぬ影響を受けたものと思われる。

その証拠に、藤子作品の登場人物たちも、米ソの宇宙開発に大きな衝撃を受けて、自分たちも月を目指そうと考えている。

そこで今回から数回に渡って、「目指せ月のお話」と題して、月面を目指す藤子キャラたちの七転八倒を見ていきたいと思う。

本稿ではその第一弾として、オバQと正ちゃんのロケット建造作戦を紹介する。


「オバケのQ太郎」『日本人 月に立つ』
「週刊少年サンデー」1965年42号/大全集3巻

本作が描かれた1965年は、宇宙開発史で言うと、月面着陸を米ソのどちらが最初に成し遂げるのか、猛烈に開発競争を繰り広げている時期にあたる。アポロ計画が始まり、宇宙遊泳に成功したり、月面に無人探査機を送ろうとしていたり、というタイミングである。

そんな背景を頭に入れつつ、本作をザザッと見ていこう。


正ちゃんが部屋に籠って、何か隠し事をしている。Qちゃんが部屋に入ると、正ちゃんはスパイの存在を気にしながら、宇宙ロケットの設計図を書いていた。

正ちゃんは、米ソがロケットをどんどん打ち上げており、月の裏や火星の写真が写された、次は月への着陸を狙っている、それが悔しいと言って涙を零す。

涙の理由は日本からまだ一台もロケットが宇宙に飛び出していないからだという。そこで正ちゃんが、自ら設計図を書いたというのである。

Qちゃんは設計図はともかく、どうやって飛ぶのかと動力を指摘する。正ちゃんは、Qちゃんをエンジンにして・・・と答えるが、Qちゃんはすぐさま否定。

「またまたまた。前にも試したろ。僕の力じゃ宇宙へなんか飛び出せないってば」

このセリフにある、「前にも試した」というのは、本作が描かれた半年ほど前の『宇宙パイロット』という作品で、Qちゃんロケットで宇宙に飛び出そうとして挫折してしまうエピソードを踏まえている。

『宇宙パイロット』


正ちゃんの計画はいきなり頓挫モードだが、Qちゃんはクラス一の秀才ハカセ君を巻き込めば、ロケットを作れるのではないかと思いつく。

Qちゃんい強引に連れてこられたハカセだったが、宇宙ロケットには興味を持ち、「地球の引力を抜ければあとはひとりでに月に落ちていく」と語る。ロケットは三段構造にして、一段ロケット・二段ロケットを打ち上げて、最後にQちゃんが飛んでいくというプランを立てる。

ロケットの動力については、手近にある材料で工夫しようということになる。花火・・オナラ・・とアイディアが出されるが、ハカセは空気の吹きだす力を利用しようと考える。具体的に、浮袋や空気まくらに空気を詰めて、一斉に噴出されるという作戦である。


ゴムの袋を探し回るQちゃんだったが、たまたま小池さんの家に入ると、今日も今日とてラーメンを食べようとしている。そしてコショウを振りかけると、鼻に入ってしまい、大きなくしゃみが出て、Qちゃんが窓の外まで吹っ飛ばされる。

これを見たハカセは、小池さんのくしゃみエネルギーを二段ロケットに使おうと思いつく。これで一応の設計図は完成である。


次はロケットの制作だが、ハカセの見積もりだと3000円以上かかるという。そこでお金の工面のため、大金持ちの木佐君を仲間に引き入れることに。口が軽いのが難点だが、先立つものが無ければ何事も始まらない。

木佐は宇宙ロケットと聞いて興奮し、貯金の一部を下ろそうと乗ってくる。ところが内緒の約束だったが、よっちゃんやゴジラにもベラベラしゃべってしまう。

仕方がないので、ゴジラにはスパイを見張る門番長の役割を与え、よっちゃんには宇宙食を作ってもらうことにする。

正ちゃんはハカセの指示に従い、必要な材料をメモにして、木佐からお金を出して貰ってQちゃんが買いにいく。そして、少しずつロケットを組み立てていく。

門番長のゴジラが仕事に飽きて暴れたり、宇宙食作りをQちゃんが手伝ったりなどしているうちに、何とかロケットが完成。


二段ロケットの部分を食堂だと騙して、小池さんを乗せてラーメンを渡す。正ちゃんとQちゃんは酸素ボンベを手に宇宙船の部分に乗り込む。いよいよ、月に向けたロケット発射である。

カウントダウンの後、空気の入った大量の袋を割って、一段ロケットが上昇。空中で切り離して、今度は小池さんにコショウをかける。すると大きなくしゃみが出て、勢いがついたまま二段ロケットが切り離される。

さあ、残すはQちゃんが動力となって、宇宙に飛び出すのみ。空気の無くなる高さまで上昇していき、正ちゃんは酸素ボンベを開く。すると、ロケット内部が膨張し、そのまま大爆発

Qちゃんは気絶し、正ちゃんはQちゃんにしがみつく。二人は落下していき・・・ドカーンと何かにぶつかる音。


夜空を見上げて、正ちゃんたちを気にするハカセたち。すると木佐君が「月に着いたらしい、テレビに出ている」と興奮して走ってくる。ブラウン管の中では、月面と思しき場所にQちゃんと正ちゃんがいる。月面着陸に成功したのか??

だが、地球のテレビに映っているはずがない・・。そこは「月の男」というテレビドラマを放送しているテレビ局のスタジオ。天井には大穴が開いており、正ちゃんたちは、やはり地球に落下していたのだった・・。

この月に向かって、結局地球に戻るという展開は、藤子作品のお馴染みのパターンとなる。


本作は、まだ月面着陸が果たせていない時期の作品という点がユニークだ。米ソの宇宙開発競争にワクワクする様子だったり、その競争に割って入れない日本人の気持ちがよく表されているように思う。



「オバケのQ太郎」の考察をやっています。


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