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「ねえ、Qちゃんいつ帰るの?」最大級の衝撃作!『劇画・オバQ』前編/オバQ異色作③

さて、これ以上ない「オバQ異色作」の最高峰をお届けしたい。藤子Fノートを始めて以来、ずっと記事にしたいと思っていた作品で、おそらくは反響も大きくなるだろう、あのタイトルである。


『劇画・オバQ』「ビックコミック」1973年02月25日号

これを最初に読んだのはいつだっただろうか? 単行本のリストなどを眺めていると、藤子不二雄ランドだったか、愛蔵本だったか。読んだ本については忘れてしまったが、初見の時の驚きは今だに忘れることができない。

能天気がウリだった「オバQ」の後日談が、よもや能天気さの欠片もないような終焉を迎えてしまうとは・・。これを壮大なギャグとみなすべきなのか、もうオバQというキャラクターを描き切ったというメッセージなのか。大いなる衝撃と戸惑いを覚えた作品なのである。


本作が描かれたのは1973年の春。これは藤子先生の単独作となった「新オバケのQ太郎」の連載がほぼ終わった頃に当たる。

オバQは「ドラえもん」ほどではないにせよ、実に670作以上のエピソードが残されており、藤子先生がオバQで表現できることは全て終えたことは想像に難くない。実際に80年代にオバQがテレビアニメとして復活する時に、新作の話を断ったという話もある。

なので、「劇画・オバQ」のような、ある意味QちゃんというIPを殺してしまいかねないリスクもあった作品に着手できたのは、オバQやり切った感が先生にあったからではないかと思われる。


また、掲載誌となったビックコミックは、『ミノタウロスの皿』以来、大人向けのSF作品を量産していった媒体。この頃から「SFマガジン」と合わせて、後に「異色短編」と分類できるタイトルを量産している。

そのタイトルを眺めてみると、ちょっとした発見がある。

まず『ミノタウロスの皿』(1969年10月)では、主人公は明示していないがその造形から21エモンと同一人物の可能性がある。彼がつづれ屋を継がずに宇宙パイロットとなった世界線のお話だと考えられる。

また『かいけつ小池さん』(1970年4月)では、オバQなどで登場する小池さんを主人公として、一市民が力を持ったことで正義という名のもとにエゴを強めていくという作品を描いている。ギャグ対象の人物が悪に染まっていく過程が非常に生々しい。

『ドジ田ドジ郎の幸運』(1970年11月)では、「21エモン」と「ウメ星デンカ」で連続登場したゴンスケを、幸運を運ぶイイ人として描いている。これまでのケチな性格を反転させて、ゴンスケキャラを相対化させている。

偶然かも知れないが、これまでの藤子キャラのイメージを利用して、あくまで大人向けのジョークとしつつも、藤子ワールドの再構築を図っているように思えてくる。

そして、その流れの先に、これまでの藤子キャラのど真ん中である「オバQ」のイメージを活用した『劇画・オバQ』が生み出されたように思うのだ。


さて、本作『劇画・オバQ』を読む前に、作中に引用されるオバQ作品があるので、ここで確認しておきたい。それが『オバQ王国』である。既に記事にしてあるので、宜しければこちらをチェック願います。

この作品は自由を求めて新国家を作ったのに、規則やら人間関係から国家が崩壊してしまうまでを描いた作品。『劇画・オバQ』との関係性では、子供たちが大人や大人が築いた社会へ不満を爆発させて、自由の国を目指すというところがポイントで、その子供が大人になったとしたら・・・という思考実験の意味合いもある。


と、ここまでが前段。いよいよ中身に入っていきたい。

冒頭、特に説明がないが、大人になった正太とハカセと思しき人物が夜の繁華街を歩いている。会話から読み取れるのは、

・正太は大会社勤めのサラリーマン
・ハカセが新規事業を立ち上げようとしていて、参画を要請している
・新事業の立上げ(の話)は初めてではない
・正太の奥さんはハカセを遠ざけようとしている
・正太はハカセにハッキリとした意思表示ができていない
・ハカセの若ハゲはあまり進行していない

この冒頭の二ページだけでも、非常にオバQらしからぬアダルトな香りが立ち込める。正太とハカセが会うのは夜の街だし、ハカセの熱烈な脱サラの誘いに、大企業の社員である正太はまるで受け止め切れない。


そんなすっかり大人の仲間入りをしている正太の背後から声を掛けてくる者がいる。

「ちょっとお尋ねしますがこの辺に、大原正太さんのお宅は・・・」

道を尋ねてきたのは、なんとオバケのQ太郎! 絶対に見間違えようもない外見なので、正太は「Qちゃん!!」と驚きの声を上げる。そこで初めて対面している男性が正ちゃんだと気がつくQちゃん。

Qちゃんは劇画タッチではあるものの、基本的に年を取った様子が見られない。子供のままのQちゃん、大人になった正ちゃんというギャップが、後々になってジワジワと胸を締め付けていくのである。


正太は15年ぶりの再会だと言って飛び上がる。正太とQちゃんが別れたのは何歳の時かという問題があるが、本稿では本作の直前に執筆された『さよならQちゃん』が掲載された小学四年生と考えてみたい。小四が終わる頃だと10歳だろうから、この時の正ちゃんは25歳ころだと言えそうだ。

再会を喜び、正太はQちゃんを家へと連れて行く。まずここで一瞬驚くのは、正ちゃんの奥さんはよっちゃんではなく、別の美人さんだと言うこと。確かによっちゃんとは仲は良かったが、のび太・しずちゃんほどのロマンスはほとんど描かれていなかったので、まあそういうもんかなと感想を抱く。


そしてQちゃんは、この15年間のことをさらりと語る。

・オバケ学校は卒業
・オヤジ(Z蔵)のコネでオバケ銀行の就職を勧められるが、何か変わったことをしたくて人間の世界へ戻ってきた
・オバケの一生は500年なのでやりたいことをやらなきゃと考えている

こうして自分語りをしている間、奥さんにご飯のお代わりをし続けるQちゃん。炊飯器の中はあっと言う間に空っぽになり、正太はこっそりと「20杯は食べるのでまた炊いてほしい」と奥さんにお願いする。


食後も、客間に移動してウイスキーのロックか何かを手にして、さらに二人の会話は続いていく。その中で、淡々と「オバQ」その後の事実が判明していく。

・神成さんは亡くなった
・ドロンパはアメリカへ帰国
・U子は柔道修業でオランダへ

そうこうしているうちに明け方の四時。奥さんが時間を告げに来ると、Qちゃんはどこ吹く風とばかりに、「どうぞお休みください」と奥さんに告げる。

このあたりのやりとりで、徐々にQちゃんと奥さんの間に認識のギャップが広がっていき、その間に正ちゃんが挟まれているような構図になっていく。奥さんはハカセの脱サラ話ですら嫌気を持つタイプなので、この流れはとても危険・・。


翌日、朝まで飲んでいた正太は会社に向かい、Qちゃんは昼行燈。起きた後、奥さんに正ちゃんとの出会いなどを一方的にまくし立て、その間にパンやらおやつやらを要求していく。

さらに正ちゃんと家出をしたことがあるという話になり、いつのことだったかを確かめるために、会社の正太に電話するQちゃん。この家出のきっかけが「家庭がわずらわしくなった」という理由である点や、いきなり会社に私用電話をしてしまう点などで、さらに奥さんの印象は悪化していく(気がする)。

なお、Qちゃんの電話は繋がらなかったのだが、この時の正太はハカセからの脱サラの回答を求められる電話を受けていて、「昨日の今日なのでもう少し時間をくれ」と答えている。


正太の帰りが遅い。Qちゃんは「いたずらして立たされているのでは」と真面目に語る。結局は残業で、ヘトヘトになって帰ってきた正太に、Qちゃんは「断わりゃいいんだ!」と指摘するが、暗い表情で正太は答える。

「サラリーマンは、会社という機械に組み込まれた歯車なんだよ。勝手に抜けたりできるもんか!」

絶対に「オバQ」の正ちゃんが喋らないようなことを、平然と言ってのける劇画・正太。自由を求めて遊び惚けていた子供自体とはうって変わった、極めて現実的なセリフである。

さらに奥さんは正ちゃんの残業は嘘で、博勢(ハカセ)と会っていたのではと勘ぐる。それはないと、不満そうな正太。


今夜は久しぶりに将棋を指そうとQちゃんが将棋盤を持ってくるが、奥さんが「正ちゃん夕べも寝不足でしょ」と割って入り、その流れで「疲れてるんだ悪いなQちゃん」と正太も断って、寝室へ。

Qちゃんはお休みと言いつつ、表情が無くなっている。正ちゃんが遊び疲れるとは、俄かに信じがたいのである。

一度は布団に入ったQちゃんだったが、ムクリと起き上がって嬉しそうな表情を浮かべて、「正ちゃんと一緒に寝よう!寝るんならいいだろ!」と言って、枕片手に正太たちの寝室へ向かう。


するとここで恐れていた事が起こる。寝室から奥さんの愚痴が聞こえてくる。

・毎食20杯は、マンガならお笑いで済むけど現実の問題となると深刻
・いびきが酷くて夕べは寝られなかった

そしてトドメの一言。

「ねえ、Qちゃんいつ帰るの?」

Qちゃんは奥さんの発言を聞いて、すごすごと部屋へと戻っていく。その顔つきは再び無表情となっている。

それにしても、ご飯20杯のくだりは、これも衝撃的。ギャグマンガだからこそ許されていたギャグ設定をもぶち壊す発言であり、ここまでするかF先生、というくらいにショックが大きい。


翌日、Qちゃんは簡単な朝食で「おなかいっぱい」と言ってお代わりを遠慮する。奥さんは「もっとおあがりなさいよ」と勧めてくれるが、その本音を知ってしまったQちゃんは、もう奥さんの言葉を素直に受け取ることができない。

表情を無くしたQちゃんは、15年前住んでいた大原家に行ってみようと思いつき、パッと明るくなる。

ところが、飛んで行ってみると、Qちゃんが期待していたような懐かしい風景とは全く様変わりしている。

・野球していた空き地はピッシリと家が建っている
・Qちゃんの生まれた雑木林はゴルフの練習場に
・大原家の一軒家跡には高層マンション

すっかり高度成長期の開発の波に、大原家の周囲も飲み込まれてしまったようである。正太たちが大人になり、子供の頃の遊び場も失われている。戻れない時の流れを痛感させるではないか。

ここでさらに、正太の家族の事がさらりと語られる

・正太のパパは定年退職して郷里へ帰った
・伸一兄さんは北海道へ転勤

「みんなバラバラになったんだなア・・・」と言葉を失うQちゃん。すると後ろから「オバQじゃねえか!!」と話しかけてくる人物がいる。

何とそれは大人になったゴジラ。とても25歳前後とは思えない角刈りおじさんである。まるでガキ大将がそのまま大きくなったような風貌だが、これでも家業の乾物屋を継いで立派に暮らしていると言う。


ゴジラは再会を喜び、「今夜ウチに来ないか」と誘う。近くの仲間も集めるということで、Qちゃんも正ちゃんに電話しておくと言って別れる。

・・・こうして、久方ぶりの同窓会がゴジラ宅で行われることとなる。そして、本格的な「事件」がここで勃発することになる。


かなりの長文となってしまったので、ここでひとまず区切ります。続きは次稿にて・・・!



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