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CAしずちゃん、ハイジャック犯ジャイアン・・『のび太航空』/「ドラえもん」空と雲の傑作選

間もなく公開! 「映画ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)」の応援企画ということで、本稿では「ドラえもん」で描かれる「空と雲の作品群」から、お気に入りの一本ををお送りしたい。

前稿では「ドラえもん」の作品発表順に、空と雲に関係するお話を17作選んでバババッとご紹介した。本当はその倍くらい書き出したかったのだが、その途中で力尽きた次第である。。


さて、突然だが、映画原作となっている「大長編ドラえもん」は、何であんなに面白いのだろうか。一つには、ドラえもんとのび太はもちろんのこと、しずちゃん・スネ夫・ジャイアンがそれぞれの個性をきちんと出しつつ、5人が仲間として一致団結する部分なのではないかと思う。

短編では、ページ数の関係上、どうしても5人全員の見せ場を作るのは難しいが、大長編では5人の活躍する場面がきちんと用意されていて、何か特別な感覚をもたらせてくれるのだ。


ところが通常モードの短編の中にも、比較的ページ数が多くて、5人が個性を発揮させている作品が存在する。

本稿では、映画新作公開記念の「空と雲の傑作選」として、『のび太航空』という作品を取り上げるが、見事に5人それぞれに見所・個性が発揮されている。


『のび太航空』(初出:三輪飛行機)
「小学六年生」1982年6月号/大全集10巻

「ドラえもん」に空を飛ぶお話は数えきれないほどあるが、本作は飛ぶこと自体にきちんと意味がある、正真正銘の「空と雲」の傑作である。単行本版は扉頁を含む全18ページの中編で、のび太の仲間5人それぞれに見せ場が用意されている。


冒頭突然、のび太がドラえもんに進路が決まったと言い出す。「ジャンボジェットのパイロットになる!!」というのだ。どうやらみんなで将来の夢を語り合ったようで、

・ジャイアン →歌手
・スネ夫 →デザイナー
・しずちゃん →国際線のスチュワーデス(現在死語)

となり、のび太はしずちゃんに釣られてパイロットということにしたのだ。

ドラえもんは内心、「のび太の操縦では多くの人命が危険」と思いつつ、「夢を持つことは悪くない」と考える。そこで「もっと勉強して体を鍛えれば・・」とアドバイスを送ると、今から技術を身につけておきたいとのび太は言う。

いつものように、コツコツ型の努力をすっ飛ばして、すぐに結果を求めたい性格が出てしまっている。

子供でも運転できる飛行機を求められ、ドラえもんが出した道具は「三輪飛行機」。未来の遊園地に設置してある遊具(?)で、ペダルを漕ぐだけで飛び上がるという優れもの。

しかもただ浮かぶだけではなく、ハンドル操作によっては、宙返りや横転、きりもみ飛行もできる。さらに漕ぐのに疲れたらグライダーのように滑空すれば良いと言う。


この誰でも使える飛行機を乗りこなして、のび太は自信をつけ、「将来と言わず今すぐパイロットを始める」と言い出す。そして立ち上げたのが、1キロもしくは10分につき10円という破格の空の旅を提供する「のび太航空」である。

空き地に滑走路を作り、土管を空港ロビーとする。コントロールタワーも設置し、上空ののび太と交信する仕掛け。

ところが、可愛らしい飛行機のデザインのせいでもあるのか、しずちゃん、スネ夫、ジャイアンは口々に「飛行機ごっこね、か~わいい!、幼稚園みたいなやつだ」とバカにする。

ドラえもんは「気が進まなかったんだ」と顔を赤らめるが、意外にものび太はそこでめげない。

「どんな事業でも始めからうまくいくわけがない。この飛行機の素晴らしさがわかれば、お客は詰め掛けてくるよ」

今の会社の上層に伝えたくなるような、まるで名うてのファウンダーのような発言である。


するとそこへお客さん1号が現れる。先ほどバカにして素通りしたしずちゃんである。飼っているカナリアが逃げてしまったらしく、飛行機で追いかけて欲しいという依頼である。

心配するしずちゃんをよそに、のび太航空の001便が離陸する。カナリアは裏山に向かったということで、急ぎ追いかける。

本来、ゆっくりとした空の旅を想定していたが、最初の仕事は飛んでいくカナリアを全速力で追いかけるというもの。体力の限界近くでようやくカナリアの捕獲に成功する。

目的が達成して余裕が出てきたしずちゃんは「素晴らしい飛行機ね」とご満悦。疲れはしたものの、20分で20円を儲けたのび太であった。


しずちゃんが楽しそうに乗っていたのを見かけたスネ夫。彼が二番目の客となる。

スネ夫はハワイやパリなどへの豊富な海外旅行経験を下地に、のび太航空に乗って色々アドバイスをしてあげると言う。だいぶ上から目線だが、要はスネ夫なりに乗って見たかったのだ。

町内遊覧を依頼し、離陸。すぐに色々とアドバイス(=文句)を口にする。座席が窮屈なのでファーストクラスを作れなどという無理難題から始まり、スチュワーデスはいないのか、機内食サービスがついてないのかと不満を並べる。

何とかならないかとコントロールタワーのドラえもんに助け船が出される。そこで思いついたのが、将来キャビンアテンダントを志望するしずちゃん

ドラえもんは、しずちゃんに「将来に備えてわが社で働いてみないか」とスカウト。そんなしずちゃんによって、ジュースとサンドイッチを持ち込まれスネ夫は喜ぶ。さらに、スネ夫の要求はエスカレート。

機内では普通イヤホーンで音楽が聴けるとか、映画なんかも映すはずとのび太にプレッシャーをかけて、そのたびにしずちゃんにウォークマンや、駅前名画座の割引券を飛んで持っていかせる。

結果、30分30円というお金を払ったスネ夫は、「飛行機はダサイが、サービスで補ってまあまあ合格点」と、満足して去っていくのであった。


さて、先ほどスネ夫を乗せて飛んでいる時に、空からママに追いかけられているジャイアンに見られていたのだが、三人目の乗客はそのジャイアンである。

いきなり現われ、「さっさと乗せろ!!」と大声を出して、出発を急き立てるジャイアン。離陸すると、目的地は「う~んと遠く、ホンコンへやれ」と、何と海外を指示。

「冗談じゃない、これは国内線だよ」とのび太が仰天すると、ジャイアンは「これが目に入らぬか」と言って花火セットを手にする。そして、言う通りに飛ばないと、火を点けてのび太の座席に放り込むと脅す。

三番目の客、ジャイアンはなんとハイジャック犯であったのだ。


ここからのやりとりは、「ハイジャックごっこ」ともいうべき、小ネタの連発となる。面白ポイントを列記してみる。

・「もしもしコントロールタワー、我が機はハイジャックされた」と報告
・犯人の要求は、母ちゃんから逃げるため外国へ・・・つまり高飛びである
・管制塔のドラえもんは「犯人を刺激するな、時間をかけて交渉しろ」と指示
・犯人は世界地図と弁当と小遣い100円を一時間以内に用意しろと要求。一秒でも遅れたら機体を爆破すると脅す。
・大慌てのドラえもんを見たスネ夫は、「当局へ連絡する」と言ってどこかへと走っていく
・スネ夫が連れてきたのはジャイアンのママ
・これが逆効果となり、ヤケクソになったジャイアンは花火を空中から地面へと投げつけていく

ツッコミ不在のままボケ倒すスタイルで進むので、笑いが絶えない部分となっている。


さて、途中からトイレに行きたいと尿意を訴えていたのび太。ここでどうにも我慢できなくなり、座席から立ち上がってジョバと後部座席のジャイアンにおしっこを引っかける。

「やめろ、機長!!何をするんだ!!」というジャイアンの悲鳴と共に、のび太の飛行機は落下していき、裏山に墜落。ハイジャック犯(=ジャイアン)は、当局(=ママ)に連行されていく。

のび太はこれに懲りて「パイロットは止めた」と意気消沈。ドラえもんは「その方が良いと思うよ、世の中のためにも」と、慰める(?)のであった。


改めて振り返ると、
・のび太のいつもの小金稼ぎ
・しずちゃんのカナリア脱走
・スネ夫の金持ち自慢
・ジャイアンの横暴
など、定番的な見所が満載である。飛行機ごっこから始まって、ハイジャックごっこに繋がっていくような、バカバカしさも溜まらない。

空と雲をテーマにしたお話は数多くあれど、本作がその中ではずば抜けて好きな作品である。


「ドラえもん」考察中。


追記:
コメントで情報いただいているが、本作は日本初のハイジャック事件・よど号事件だったり、機長が精神異常をきたして、墜落事故を起こしたいわゆる「逆噴射事故」の際、「機長(キャプテン)、やめてください!」と副操縦士が発したセリフが本作内に持ち込まれている。

「逆噴射事故」は、本作が描かれた数カ月前の時事ネタであった。

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