見出し画像

あなたの「生きがい」伝えます by 魔美/藤子Fの残留日本兵③

生きがい(生き甲斐):
生きていることに意義・喜びを見出して感じる、心の張り合い。生きていくための心の支え(目標)。
「新明解国語辞典」(第三版)より

本稿は「残留日本兵」をテーマとしたシリーズの3本目。テキストには「エスパー魔美」の『生きがい』を取り上げる。

本作の解説は後に回すとして、まずタイトルになっている「生きがい」について、珍しく棚から辞書を引っ張り出して意味を調べてみた。

なぜそんなことをしたかと言うと、自分自身「生きがい」という言葉をほとんど使わないし、世間的にもあまり見聞きしなくなったように思ったからだ。耳慣れなくなっていたので、改めて言葉の意味を確認したかったのである。


言葉を確認したところで、自分自身の生きがいについて、少し考えてみる。ポイントは「喜び」「心の張り合い」だろう。この二つが十分に満たされたものこそが「生きがい」であると思われる。

そうすると、僕にとって生きがいは、大きく3つある。月並みだが、①家族②仕事③趣味である。

①家族は、ドラえもん大好きな息子であり、共に喜びを分かち合う同士であるだ。家族と共有する時間や肌のぬくもりは、何気ない日常にこの上ない喜びをもたらす。

②仕事は、主体性を持って事業を推進していくことに、喜びと張り合いを強く感じている。自分で考えて、人を巻き込んで、判断していく。そういう作業に生きがいを覚える。

③趣味は、映画鑑賞や大相撲観戦、将棋の棋譜並べ、ドラクエウォークなどである。仕事からも家族からもひと時心離れて、趣味に没頭する時間は、何とも贅沢で、喜びを感じてしまう。

この①②③を良い割合でバランスを取りながら、毎日を過ごす。これが僕自身の「生きがい」であると、今回思った次第である。

余談だが、最近は③の趣味に、note執筆が入ってきていることを認めざるを得ない。藤子F先生の膨大な著作を、体系的に整理して、個別作品の解説をしていく作業は、思いのほか面白いものとなっている。類似のブログやホームページなどをあまり見かけないので、新しい価値を生み出している感覚があるのだ。


さて、そんな個人的な生きがいを語った後で、本作を見ていくことにしたい。

「エスパー魔美」『生きがい』
「少年ビックコミック」1980年14号/大全集4巻

本作は『ノスタル爺』と同じく、横井庄一をモデルとした「帰還兵」と、「ダムに沈んだ村」のテーマを掛け合わせたお話となっている。42頁の大ボリュームなので、少々端折りながら、作品を見ていきたい。なお、『ノスタル爺』については下記。

舞台は山奥のダムがある村。20年前に作られたダムに田畑が水没して、保証金を貰って村民は出て行ってしまい、今は誰も住んでいない廃村である。魔美とパパはその村をを役場に頼んで夏の間だけ借り受け、大いにスケッチに励もうというわけである。

せっかくだからと、魔美が高畑をこの村に呼びせるところから、物語は始まる。方向音痴の高畑は、魔美から貰った地図を読み間違えて、分岐で間違った方に進んでしまい、道に迷ってしまう。が、一方魔美の地図は分岐で間違った方に進路を書いており、その通りに進むと道に迷ってしまうものであった。

つまり互いの勘違いが偶然重なり、無事高畑は村に辿り着くことができたのである。この高畑くんの珍道中の間に、二つの伏線が張られる。一つが道が崖崩れで車が通れなくなっていること、もう一つが途中でまるで獣のような素早い動きをした男を目撃したことである。

画像1

その夜、高畑は戸外の五右衛門風呂に入るのだが、誰かに見られたということで大騒ぎする。猿ではないかということになったが、とてもそんな大きさではなかったらしい。

一晩泊まり、翌朝。パパは絵の具を買い足すため、町へと車で向かう。魔美と高畑は、このチャンスにと、大っぴらに空を飛んで、湖畔へと向かう。このダム=人造湖の底には、一部の村も沈んでいるのだという。

画像2

高畑と魔美は各々スケッチを始める。が、高畑の画力には難ありで、コンポコニもニヤニヤされてしまう。気を悪くする高畑だったが、魔美はパパが高畑の絵を褒めていたと言い出す。その理由は・・・

マチエールは酷いもんだけど、プリミティブな面白さがある。幼児の落書きみたいな、純粋な魂の輝きが感じられる。

とのこと。・・・あまり褒めているようには思えない。

と、ここで新たな魔美の超能力が明らかとなる。昨晩のお風呂での高畑の慌てぶりを思い出して、魔美が笑い出すのだが、それをきっかけに、魔美の指先から心の中のイメージを直接相手に伝える能力が見出されたのである。既に電動テレパシーなどは開発されているが、指先だけでイメージを流し込む超能力は、便利である。

もちろん、この能力は最後で活かされることになる。

画像3

そこに人間の、悲痛な遠吠えのような叫び声が聞こえてくる。近づいてみると、髪の毛は伸び、着ている衣服はボロボロの男。高畑も得体の知れない、と気味悪がる。

魔美はさらに近づくと、男は泣いているのだった。魔美に気がつき、竹やりを突き出してくる。高畑が声を掛けたので、男は素早く草むらへと姿を消してしまう。魔美は、最近新聞かテレビで見たことがある顔だが、誰かまでは思い出せない。


雨が降り出し、瞬く間に風も強くなっていく。台風が近づいているのである。高畑はがけ崩れがあったことを思い出す。おそらくパパは今夜は町から帰ってこれないだろうと思われる。

夕食は高畑がおいしく作って何事も起こらなかったが、風雨はますます強まっていく。魔美は、ふと昼間に会った人間離れした男のことを思い出す。怖くなってトイレに行けなくなってしまうのだが、尿意は我慢できない。

と、ここでお馴染みのおしっこの部分テレポートを発動。魔美の膀胱から、高畑の膀胱におしっこを移すというはた迷惑な超能力である。この技が登場するのは『地底からの声』以来二度目となる。

高畑は走ってトイレに向かい、それを満足げに見送る魔美・・・。

画像4

ところが、高畑がなかなか帰ってこない。すると、コンポコが異変に気付く。何者かが部屋の外にいる!

と、昼間の男が、竹やりをもって現れる。狂人のように怒りに満ちた表情。そして、「見敵必殺!! 七生報告!!」と槍を突き刺し襲い掛かってくる。魔美は何とかテレポートとテレキネシスを駆使して、男を倒す。ここの3頁に及ぶ戦闘シーンは、魔美史上でもかなりの見応えとなっている。

画像5

そこにのんびりと高畑が戻ってくる。ついでに大の方をしていて遅くなったらしい。高畑は倒れた男の顔を見て、誰かだと気づく。

それは、横沢二等兵。二カ月ほど前ミンドロ島のジャングルで発見された最後の生き残り日本兵である。

横沢は、当然横井庄一から取られたネーミングである。横井氏はグアム島で発見されたが、本作の横沢はフィリピンのミンドロ島で見つかったことにしている。これは、1957年にミンドロ島からやはり終戦を知らずに潜伏していた日本兵が見つかっている出来事があり、こちらから拝借しているようだ。

横沢二等兵は、35年間ジャングルの奥で一人で生活をしていた。ちなみに横井氏は仲間と暮らしていたので、一人での生活は8年ほどであった。

画像6

ここで、横沢の「生きがい」について語られる。少し長くなるがポイントを引用してみる。

野獣同然の生活。ただ一つの心の支えが、日本は絶対に負けないという信念。いつかは勝って、故郷に帰れるという願い。助け出された途端、心の支えは跡形もなく壊れてしまう。
日本の敗戦。たった一人の肉親だった母親はとっくに亡くなっていて、ふるさとの村さえダムの底
来ないではいられなかった。見ずにはいられなかった。三十五年間、横沢さんの人生の大部分を占めていた生きがい。その生きがいの全てを飲み込んだ人造湖を。

もう一回、「生きがい」について、意味を確認する。

生きがい(生き甲斐):
生きていることに意義・喜びを見出して感じる、心の張り合い。生きていくための心の支え(目標)

画像7

横沢は、35年間たった一人で生きるという道を選んでいた。自決することもできたかもしれない。町へ出て降伏することもできたかもしれない。しかし、そうはさせない、心の拠り所があった。

それが日本の勝利と故郷の存在である。

帰還兵たちは終戦を知って、自分たちが一生懸命に潜伏していた意味が無かったという現実に直面する。何とか生きがいをひねり出して我慢して生きてきたのい、その我慢が無意味だと知った時の衝撃。それは計り知れないものがある。

さらにこの作品では、残酷にも戻るべき故郷さえ奪ってしまう。もっと早くに投降していれば、村は残されていて、母親も生きていただろう。勝利を信じて潜伏していたことが、無意味どころか、間違っていたという事実も突きつけられる。


ここからは、エスパー魔美のパワーが発揮される。魔美はダムに潜って底に沈んだ村を目に焼き付けていく。何度も何度も潜って、村の隅々まで頭に入れていく。そして、横沢と書かれた表式のある家を見つける。

魔美が直接指先から頭の中のイメージを送れるという新超能力が、ここで活躍する。魔美が潜って見てきた村のイメージを、一人縁側で黙って座り込む横沢の体に伝えていく。

画像8

横沢は伝わってきたイメージと自分の思い出を重ね合わせて、母親と巡り合う。母親に抱きつき涙を流す横沢。やがて母親と会話を始め、共に夕日を眺める。横沢は母親と別れて、村を出る。魔美が流し込んだイメージもそこで終わりだ。

「お袋がね、俺を叱ってくれたんだ。男だろって、うじうじしないで強く生きろって」

画像9

横沢が生気を取り戻し、魔美のご飯を美味しそうに平らげていく。大男を一発で失神させてしまう料理の腕前だが、それをお代わりする。この逞しさがあれば、第二の人生もきっとうまくいく。

『ノスタル爺』では、第二の人生は土蔵の中で失った過去を取り戻すことであった。本作での横沢の第二の人生ははっきりとは描かれていないが、きっとまた別の生きがいを見つけ出して、生きていくのだと想像できる。


なお、本作をベースにしたアニメ版も今回見直したが、帰還兵ではなくて無実の罪で投獄されていた死刑囚であった。それでも横沢の名前となっていたが・・。これを見て、もう帰還兵も死語なんだな、と強く思った次第である。だからこそ、今回特集記事を書くことができて良かったと思うのである。

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?