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変人パパは、発明家。切なくも心温まる「パパは天才」/特集:父の日①

「パパは天才」
「月刊てづかマガジンれお」1972年1~4月号
「藤子不二雄ランド」「21エモン」第5巻

父の日に引っかけて、変人パパを取り上げるシリーズの第一弾。本稿では、隠れた名作「パパは天才」を紹介していく。

本作は、僕が小学生のとき、藤子不二雄ランドの「21エモン」のオマケ的に収録されたもので初めて読んだが、切なさに胸が締め付けられる思いがして、忘れ難い作品となっていた。

藤子・F・不二雄大全集で自分がパパとなってから読み直し、その切なさを二倍増しに感じている。この思いをうまく伝えられたら、と思う。


本作は、手塚治虫が立ち上げた虫プロ商事が1971年11月号に創刊させた雑誌「月刊てづかマガジンれお」で連載された。4本掲載されたが、何とそこで虫プロ商事で労働争議などが起こって、本誌が廃刊してしまう。そしてこれにより、既に描き上げていた5作目の原稿が宙に浮いてしまう。

これが12年後に藤子不二雄ランドの「21エモン」に収録されて、初めて陽の目を見ることができたのだった。グッジョブ!中央公論社


お話は父子家庭を舞台としていて、藤子F作品としてはかなり珍しい設定。天才発明家だが極度の世間知らずのパパと、しっかり者だった母の血を受け継いだ息子のぼる君が、毎回パパの発明品をめぐってひと騒ぎをする、という基本構成となっている。

母親の不在が本作の最大の特色だが、なぜ亡くなってしまったのかは、作中でははっきりと描かれていない。連載が続けば明らかにされたかもしれないが、おそらくは病死のような、どうしようもない理由だったと想像される。

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本稿では、1話から4話までをダイジェストで見ていくことにする。

「タコあげ」「月刊てづかマガジンれお」1972年1月号

お正月号で連載はスタート。不思議と藤子F作品は正月から連載が始まることが多く、「ドラえもん」「パーマン」「オバケのQ太郎」(学年誌)と、全て正月エピソードから立ち上がっている。これは偶然なのだろうか??

本作は、ロボットに雑煮を作らせているところから始まる。パパは発明家らしく、今年こそは素敵な発明品を作ろうと息子に励まされる。パパも、ママが亡くなってから息子に世話ばかりかけているので、今年こそは頑張ると決意を述べる。

このくだりで、ママの不在、パパがまだ陽の目を見ない天才発明家であること、のぼる君がしっかりものであることがわかる。

そして、お正月といえば、パパから子供へお年玉渡されるのが風物詩だが、この家では息子から父親にお年玉が渡される。どうやら家計はのぼるがやりくりしているようだ。パパはお年玉と聞いて飛び上がって喜ぶが、中身が少ないとみえ、落ち込んでしまう。

「パパにお金を持たせると無駄遣いするから。パパは発明家としては天才だけど、他のことじゃんまるでだらしないもの」

と、息子から父親へのダメ出しがあって、しっかり者の息子とダメなパパ、という関係がはっきりと示される。

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この話では、たこ揚げ大会用に、パパが「反重力糸」という重力に逆らって何でも上がる糸を発明し、のぼるがこれを使って自分の体を空に浮かせて、一等賞をもらう、という展開である。


「ダメなパパ」「月刊てづかマガジンれお」1972年2月号

この話が、すごく切ない。冒頭から、のぼるに頼りっぱなしのパパが、暴走していき、のぼるに苦労を掛けるのである。

夕食をどうしたらよいかをのぼるに任せるのは良いとして、眼鏡が無くなった、パイプが無くなったとのぼるを呼ぶが、二つとも体に身に着けていたというのはいただけない。

これでは宿題が進まないので、財布を預けてのぼるは、隣のみよちゃんの家に行く。

「いいですか、パパはもう大人なんだから、少しはうちのこともやってくれなくちゃ。いつまでも子供に頼ってはいけません」

と、息子に説教されるパパ。

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しっかりすることを心に決めたパパだったが、お風呂の水を出しっ放しにして家じゅう水浸しにするわ、押し売りからたわしやゴム紐を買ってしまうわ、家計が苦しいのに夕食を贅沢なご飯にしてしまうわ、とやりたい放題。

のぼるは、ママとの写真を眺めながら、「ママ…僕はつらいよ…」と嘆く。おまけに宿題は山のように残っている。すると、パパが作った勉強ロボットが部屋に入ってきて、代わりに宿題をやってくれるという。

「今夜だけは助けてね」と、のぼるは寝てしまうが、実はロボットの中身はパパなのであった。

「頑張ろう!!のぼるくんのために、早く素晴らしい発明を完成させなくちゃ」

この父子のやりとりは、切ないやら泣けてくるやら・・。二話目にして傑作エピソードの登場なのである。

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「空気クレヨン」「月刊てづかマガジンれお」1972年3月号

空気クレヨンは、「ドラえもん」でも二回登場するお馴染みの発明品である。「パパは天才」では、この発明品の権利を買い取りたい企業とのやりとりが見所となる。

パパが水にも空気にも書けるクレヨンを発明し、それを買いたいという電話が入る。安売りしようとするパパを制止して、のぼるがマネージャーということで電話を替わり、実際に会って商談をすることになる。

実は家計がすっからかんとなっていたので、少しでもお金が欲しいのぼる。パパは百円でも十円でも売ってしまおうと言い出すので、のぼるは、発明家の権利を守るため安売りはいけないと諭す。

パパは少なくとも1500円で売ろうと、まだ自分の発明の価値を理解していないが、お金が入ったら今川焼を3.5キロぐらい買おうとはしゃぎ出す。

そこへ「ペタペタ絵具株式会社」の専務、毛家泰三(もうけたいぞう)という男と部下社員が訪問してくる。専務からの金額提示は「百」。これはおそらく「百万」を意味するが、のぼるたちは額面通り「百円」の意味と受け取る。

のぼるたちは「いくら何でも安い900(円)」と逆提示。結局300と700までしか歩み寄れず、毛家からこの話はなかったことにしようと言い出して、帰ってしまう。ただ部下社員は、楽しく空気クレヨンでいたずら書きを続けており、名残惜しい。

二人が帰って、今川焼を食べ損ねたと残念がるパパ。でも100円はあまりに酷い、と慰めあうのぼるとパパであった。

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さて、この金額の勘違いが残されたまま、商談の第二幕が始まる。

毛家たちは、空気クレヨンで空や海に広告を書けば、大変な儲けとなるということで、のぼるの留守を狙って世間知らずのパパに直接交渉を仕掛ける狙い。

のぼるは空気クレヨンを学校に持って行って皆に配り、大いに遊ぶ。その間、部下社員がパパの元へやってきて、駆け引きを繰り広げたあとで、「300」でクレヨンの権利を買い取ることに成功する。

これが300円ではなく、まさかの300万円に驚くのぼるたち。一方安く権利が手に入ったと喜ぶ社員に、専務は環境庁から空や海を宣伝には使えないと言われて、300万は無駄遣いだったと激高する。

会社の屋上で「専務のバカ」と空気クレヨンで書き殴る社員から、虹が見える。それは、火の車だった家計が助かったお祝いで、のぼるとパパが空気クレヨンで描いた虹であった。

ただ、空気クレヨンのような発明品が300万で売買されるのは、実際は相当安い。今なら3兆円の価値は十分ありそうだ。

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「メモビジョン」「月刊てづかマガジンれお」1972年3月号

迷子犬をこっそり拾ってくるパパ、それを見抜くのぼる。いつものように親子関係が逆転している様子で始まる。犬は飼い主が見つかるまで家に置いておくことになり、パパは大喜び。

そこに、忘れたことを思い出す機械を作ってほしいと、大富豪っぽい人がやってくる。この男、頼んだ数コマ後には何を作ってほしいかを忘れてしまうほどの忘れん坊。帰り道もわからなくなり、自分の名刺を頼って帰宅していく。

それから一週間。迷子犬の飼い主は見つからないが、忘れたことを思い出す機械、「メモビジョン」をパパは完成させる。人間の記憶は脳内の引き出しにしまったメモみたいなもので、開かなくなってしまった引き出しから記憶を取り出すことのできる機械であるという。

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ちなみにこの記憶の説明でピンときた方もいるかも知れないが、実は、「ドラえもん」の『わすれとんかち』でほぼ同じ説明がされている。そして物語の展開も、かなり似通ったものとなっている。ただ、「わすれとんかち」では、やり損ねるとパーになるという凄い設定が加えられているが・・・。

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のぼるは、このメモビジョンで迷い犬の記憶を抜き出そうと思いつく。忘れたことを思い出させるという使い方とは異なるが、動物の記憶を見ることができる、というのも便利な機能と言えるだろう。

そしてメモビジョンを犬に被せると、映ったのは大きな家と「ベスいらっしゃい」と声を掛けてくる映画スターの星野スミレ!。ご存じの通り星野スミレは、「パーマン」に出てくる国民的アイドルで、パー子の正体である。こんなところにゲスト出演しているとは…。スミレちゃんを喜ばせようとさっそく電話をするが、ベスという犬は知らないという。

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どういうわけかわからないが、記憶のダイヤルをずらしていくと、この犬は、田舎のタロ、ギャングを追うポチ、そして特撮「ドラドラマン」でのチビと、色々な場所で、異なった名前で呼ばれている。この迷い犬は、タレント犬のジョンなのであった。

ちなみに「ドラえもん」の『わすれとんかち』では、記憶を無くしていた男は映画の悪役スターというオチで、本作とよく似ている。

犬の飼い主はわかったが、メモビジョンを依頼してきた男は、その後姿を現さない。残念ながら、頼んだこと自体を忘れてしまったようである。

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さて、隠れた名作「パパは天才」5作のうち、4作目までを簡単に見てきた。出てくる発明品は、正直「ドラえもん」などのアイディアの使い回しの部分が大きいが、父一人子一人という藤子F作品には稀有なる家族構成が、とってもユニークな作品となっている。

ダメな父親を、母親代わりに支える息子という設定が、切なく、時に泣けてくる。そして、次の5作目「ロボット・ママ」は、雑誌連載時には幻の原稿となっていた作品であるが、掘り起してくれたことを大感謝すべき大傑作となっている。

こちらは、また別の機会で、じっくりと検証を行いたく、今回の記事はここまでとしたい。


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