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3億年分まとめて進化!?『うちの石炭紀』/ゴキブ〇こわい③

人類最大の敵。それは〇キブリである。(三度目)

前回の記事で、実はドラえもんがゴキブリを3億年前の地球に出現させたのではないか?というような作品をご紹介した。ここで取り上げた『ゴキブリカバー』は、3億年間ほとんど進化を遂げていないゴキブリの生態を踏まえたお話であった。

実は『ゴキブリカバー』の執筆の一年前に、既に3億年前に出現し、その後目立った進化をしなかったゴキブリのことを話題にした作品を発表している。本稿では、この「ゴキブリと進化」というテーマで描かれたSF短編『うちの石炭紀』を読んでいきたい。


『うちの石炭紀』
「マンガ少年」1978年11月号/少年SF2巻

3億年もの間、全く進化をしなかったゴキブリが、突如3億年分まとめて突然変異を起こしたら・・・と、そんなワンアイディアで作られた作品である。(多分)

主人公の少年、真奈古親志(まなこちかし)は受験生(中学三年生)。両親がパック旅行でヨーロッパに行くことになり、親志は20日間一人暮らしをすることになる。

さりげなく紹介されるこの設定は、①受験生=勉強が身近な環境、②両親が不在=不思議なことが起きても主人公しか知り得ない、という本作に必要な要素を満たすものとなっている。


親志は両親を成田空港まで見送り、家に戻って、さしあたりおやつを食べようと台所に入る。すると冷蔵庫が開きっぱなしになっていて、母親のズボラぶりを嘆く。

自炊をしようか検討しつつ、勉強をしようと自室へ戻る途中に、二本足で歩くゴキブリとすれ違う・・・ような気がするが、そんなバカな話もあるまい。

来年の高校入試の成功を祈念しつつ勉強を開始。しばらくすると、机の上の教科書の上に一匹のゴキブリが現われ、まるで夢中で本を読んでいるように見える。

追い払おうとしていると、そこで玄関の呼び鈴がなる。ガールフレンドのひとみさんが訪ねて来たのだ。ひとみさんは一人暮らしになった親志のことをお母さんに伝えた所、夕食を持っていくように言われたようである。

その夕食とは松茸ご飯。さっそく食べようと台所に行くと、またしても冷蔵庫が開いている。ひとみさんは、作中ではっきり描かれていないが、親志に好意を寄せている様子。明日からは親志の家で一緒に勉強をしようということになる。


さてその夜。二足歩行のゴキブリの夢を見た親志。夜中に目覚めてしまい水を飲みに台所に行くと、十匹ほどのゴキブリが冷蔵庫の取っ手にひもを括りつけて、皆で引っ張って開けようとしている。

ワーッと驚いて電気をつけると、一匹の子供のゴキブリが偶然落ちてきたと思しきコップに伏せられている。これを観察すると、足が見慣れない形となっており、コップを取ると明らかな二足歩行で走り出す。

慌ててコップに閉じ込め、さらによく見てみると、手の形もモノを掴めるような形状でツメが生えている。親志はこのゴキブリに興味が沸き、飼ってみることにする。


二足歩行のゴキブリの幼虫はこの後、驚くべき成長を遂げていく。ポチと名付けて、小さな犬のように芸を仕込む。ポチは向学心豊かで、隙あらば勉強机に上がって、本を読んでいる。さらに「ワン」と吠えることもできるようになる。

ひとみさんがせっかくケーキを手土産に勉強しにきたのに、親志がポチに夢中となってしまい、呆れてひとみは早々に帰っていく。親志は、まだ女の子の気持ちを汲み取れない厨房ということである。これは「キテレツ大百科」のキテレツとみよちゃんの関係性に近い


ポチは平仮名・漢字をマスターしていく。親志の本だけではなく、父親の書棚の本もあらかた読み終えてしまう。数日で知能レベルを一気に上げたポチは、突然消えてしまう。

ゴキブリがいなくなったと聞いて、ひとみちゃんが再び親志の家にやってくる。夕食を作ってあげる、などと話していると、「我々の分も作って欲しい」と、二足歩行のゴキブリ軍団が部屋の中に入ってくる。

ゴキブリ嫌いのひとみは逃げ出してしまう。ゴキブリのリーダーは何とポチで、ご無沙汰したと言いつつ、食料を要求してくる。親志は勝手に住みついたのはそっちだと言って、要求を拒否。

ポチたちは散り散りとなるが、気になる捨て台詞を残す。

「思い上がった人間よ、もうお前たちの時代は終わったのだぞ」


その夜。親志が目を覚ますと、ゴキブリ軍団に無数の紐で体中を縛られている。それは「ガリバー旅行記」のガリバーが、小人の国で捕まっている様子と同じである。

ポチは親志に食料の供給を要求。「断ると言ったら・・」と親志が挑発すると、ガスの元栓を開こうとする。すっかり知能レベルが上がっているポチなのである。


解放された親志はポチに尋ねる。どうしてポチたちのようなゴキブリが現れたのだろうか、と。ポチは「今の研究により分かっている範囲で教えよう」と言って、以下を語り出す。本作のアイディアも肝となっている部分となる。

・3億年前古生代石炭紀の地球にゴキブリの先祖が出現
・高温多湿の森にゴキブリの体型や機能は適応していた
・約1億年の安定期の後、気象は激変し植物が減る
・生命体は絶滅したり、進化を遂げたりする中、ゴキブリ族は第三の道を進む
・姿を変えずに、石炭紀そのままの環境を求めて、南米などの森林地帯に隠れ棲むようになる
・人類の登場、発展により台所という棲みかを与えられ、ゴキブリたちは助かる
・冷蔵庫の裏は四季を問わず、石炭紀そのものと言える

この説明の中で最も重要なのは「石炭紀」というキーワードだろう。ゴキブリが生息するに相応しい気候だったようだが、その後の地球規模の気候変動に際して、ゴキブリは自らを進化させずに、「石炭紀」の環境を探して生息地を変えていったということが書かれている。

そして、この説明を聞いた親志は「3億年間なんの進歩も無かったのか」と感想を漏らすと、ポチは「だから今度まとめて進化したのだ!!」と激昂する。

進化の理由はわからないが、突発的集中的な突然変異の繰り返しが行われ、「超高密度集積頭脳」を獲得したゴキブリたちは、小さな体・頭部のままで人類以上の知能を宿すことになったと言う。

ポチは、最高の知性体「ラ・クカラチャ・サピエンス」の誕生だ!!と興奮する。ラ・クカラチャとは、スペイン語でゴキブリを意味する言葉。聞き慣れない言葉ではあるが、NHKの「みんなのうた」で1963年に『車にゆられて(ラ・クカラ―チャ)』というタイトルで放送されていたようである。


ポチはゴキブリ国の大統領に就任した模様。彼をリーダーにして、ゴキブリ社会は加速度的に発展していく。

「食糧自給計画」が練られ、「国土開発試案」が検討される。子供が次々と繁殖し、戦車のような軍事兵器も開発される。ヘリコプターやジェット機も作られて、部屋中を飛び回る。さらには、台所を立ち入り禁止区域にして、何やら不穏な実験を行うまでになる。


また。ガリ勉している親志に対して、ゴキブリの親子が同情の声を上げるのだが、ここが実に藤子Fっぽい言い回しとなっている。

「ガリ勉は仕方なくやっていること。人類社会のシステムがそうなっているからだ。人類そのものが根強い闘争本能に盲目的に操られ動いている。長い間の生存競争に勝ち抜きながら進化してきたという、その系統発生によってきたる宿命だ」

進化し続けることで生まれてきた人間は、その生命的な宿命から、競争社会に身を置かざるを得ない。一方のゴキブリたちは、進化するのではなく、自分たちで居続ける場所を探して生き延びてきたので、人間の「努力」に対して、可哀そうという感想になるのである。


ポチたちは謎めいた「計画」を実行しようとしている。その妨害は許されない。やがて庭で小型の核爆発実験が行われ、キノコ雲が上がる。ポチ曰く「平和利用の核エネルギー開発」であるという。

さらには、町中のガラクタを集め出す。ある計画のための資材を集めているのだと説明される。資材を空中に浮かべる技術も開発済み。「重力コントロール法」を発見したのだという。

人間を遥かに凌駕する科学力を身に着けたゴキブリ族。親志は、「そうなると地球征服に乗り出すのでは・・・」と危惧をする。やられる前にゴキブリ族を滅ぼさねばと考えた親志は、家に火を点けようと画策するが、ポチが愚かなことは止めろと制止する。


ここで、ゴキブリたちの「計画」の全貌が明かされれる。

「他の生物を踏みにじって栄えようとする発想は、人間だけのものだ。最高の知性体である我々は、そんなことはしない。我々はこれから宇宙に旅立つ。まだ汚染されていない惑星を見つけ、そこに楽園を築くのだ」

ゴキブリたちの計画とは、人間に代わって地球を支配するのではなく、宇宙の別の惑星に移り住もうと考えていたのだ。彼らの技術開発は、地球外に飛び出し、宇宙空間をワープして、別の惑星に到達できる能力を獲得するためのものだったのである。


再三再四登場している冷蔵庫。ポチは冷蔵庫の裏側こそが、現代における石炭紀であると解説していた。ゴキブリたちにとって、冷蔵庫は世界の中心とも言える存在なのである。

その冷蔵庫は彼らの手によって宇宙船に改造され、ゴゴゴ・・と空中に浮かび上がり、窓から外へと飛び出して行く。ゴキブリと共に宇宙に旅立った我が家の冷蔵庫・・・。親志は、明日両親が帰ってきた時に、冷蔵庫が無くなった訳をどのように説明しようか悩むのであった。


藤子作品でしばしばゴキブリが登場することを、いくつかの作品を通じて解説してきたが、本作ではゴキブリの生態や歴史について、藤子先生がしっかりと研究していたことが明らかとなった。

「テラフォーマーズ」などの一部の作品を除くと、ゴキブリがマンガの中で跋扈することは珍しいように思う。藤子先生はゴキブリに対しては、外見の気色悪さよりも、そのユニークな生態への興味が勝っているように、思えるのである。



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