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愛とは突き放すこと『森は生きている』/事件はいつも裏山で③

「ドラえもん」の世界で重要な舞台となっている「学校の裏山」。ここでは初登場以来、自然が必要なお話の重要拠点として、幾度となく使われる場所となる。

第一回目と第二回目の登場回をそれぞれ記事にした。

1回目は裏山のモデルとされている高岡古城公園の風景に近い形で、近隣の家なども近くに見える小高い丘のような場所として描かれている。ところが2回目だとゴルゴルの首と戦うにあたって、草木が生い茂る自然豊かな場所として描かれる。

本稿では、その大自然がさらに深くなったお話を見ていきたい。個人的には学校の裏山と言えば本作は真っ先に浮かぶ裏山代表作である。


『森は生きている』
「てれびくん」1981年1月号/大全集19巻

のび太が学校の裏山が好きだというのは知られた話だが、それは本作は与えた影響が大きい。僕の調べだと裏山が登場するのは本作で6作目だが、初めてのび太の山への愛情が明らかとなった。

本作のちょうど一カ月前に『のび太救出決死探検隊』という作品が発表されているが、この時のび太は長い時間裏山にいたので、ここで好きになったのだろうか? 下がそのお話の記事。


冒頭ドラえもんがのび太を探している。

「時々のび太の姿が見えなくなったと思うと、たいてい学校の裏山にいるんだ」

案の定、山で寝転がっているのび太。

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そこで、のび太から裏山への愛情が語られる。

「先生やママに叱られたり友だちにいじめられたりすると来るんだ。暖かい日だまりに寝転んでいると、葉擦れの音や小鳥の声が慰めてくれるようで、嫌なことも忘れてしまう」

一流の詩人のポエムのように山への愛を綴る。そして続けて、

「だから、ゴミが捨ててあったりすると腹が立つんだ。僕の部屋が汚されたような気がして」

と、そういってゴミを拾い集めて、穴を掘って埋めるのび太。


その姿を見たドラえもんは、自然を愛することはいいことだと言って、「心の土」という道具を出してくれる。

この土を山のあちこちにばら撒くと、のび太と山とが心通わすことができるようになる。さっそく言われた通りにすると、木の葉が勝手に集まってきて、フカフカのベッドを作ってくれる。

のび太は宿題も忘れて、葉っぱのベッドで日が暮れるまで昼寝してしまう。

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翌日からのび太の学校の裏山通いが始まる。ジャイアンたちの野球の誘いを断り、帰宅後もランドセルを投げ出して、すぐに裏山へと向かう。ゴミがないか見回ったあと、山の計らいで作られたベッドで昼寝。

山はのび太のために美味しそうな木の実を作ってオヤツに出してくれる。小鳥が子守歌のようにさえずり、気持ちよく昼寝に誘ってくれる。しかし、あまりに心地よいので、夜遅くまで過ごしてしまい、結果ママはカンカン。


野球の誘いを断り続けるのび太に対して、ジャイアン・スネ夫は「野球に入れてやるってのに!」と追いかけてくる。そのまま裏山へと逃げていくのび太。すると、山が即席の落とし穴を作ってくれて、そこにジャイアンたちを落として足止めさせる。さらに、ハチに襲わせて追い返してしまう。森がのび太を助けてくれたのである。

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のび太はいよいよ山との絆を深めていく。ずっと雨が降らないので「どこでもじゃぐち」を借りてきて、草木に飲み水を上げる。すると寝心地の良いキノコを生やしてベッドを作ってくれる。

そんな山への心酔ぶりに、しずちゃんも「近頃ののび太さんはどうしたの?」と心配してくれる。ドラえもんもあまりに夢中になりすぎるということで、のび太に「山にばかり籠っちゃだめだよ」と忠言する。

するとのび太は「放っておいてくれ」といら立つ。「山より友だちと遊べ、昼寝ばかりせず勉強しろ」と説教するのだが、のび太はさらに逆切れ。

「この山で僕にそんな口を聞いたらただじゃすまないぞ」

と叫ぶと、小鳥たちがドラえもんに襲い掛かって、追い返してしまう。

「それ見ろ。二度と邪魔しに来るな!」

と、すっかり山の王様気分なのである。こういう感じで、のび太が暴君と化す話はよくある。

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毎晩遅くまで帰ってこないのび太に対して、パパも「わがまま過ぎるのでは」と苦言を呈し、ママは「今夜こそ徹底的に叱りつけてやるわ」と息巻く。ようやく帰宅したのび太にママは強く叱ると、のび太は山へと逃げていってしまう

「もう家には帰らないぞ。学校へも行かない。ずうっと裏山君と暮らすんだ」

こうなると、山と交流するレベルを超えて、現実逃避といっても差し支えない状況となっている。

高い木の上で寝そべるのび太に、ハート形に葉っぱを散らして歓迎の意を表する裏山。のび太は「君も喜んでくれているんだね」と涙をこぼす。


ドラえもんは「心の土」を出したことは間違いだったということで、「心よびだし機」という機械を使って山の心を呼び出し、のび太がこれ以上山に近づかないようにお願いする。

しかし山の心はのび太が大好きだと言って拒否する。ドラえもんに対して、帰らないと恐ろしい目に合わせると脅してくる。ドラえもんも食い下がり、

「やるならやってみろ。どんなことをしてものび太を連れ戻すんだ」

とのび太を心配する思いが溢れる。そして「お願い、のび太のために」と泣きつくと、山の心は姿を消す。

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話し声が聞こえてくるので、のび太が起き出してくる。山を降りろというドラえもんに反論するのび太。ここのやりとりが短くも哲学的で印象深いので抜粋してみる。

「ここにいれば誰にも苛められないし、食べ物も山が出してくれるんだよ!!」
「食べて生きてるだけでいいのか!! こんなことを続けてたら君は駄目になっちゃう!! 必ず駄目になるぞ!!」

ここだけ別途記事が作れそうな問答となっている。人はなぜ生きるのか。食べるために生きているとも言えるので、のび太の主張はあながち間違っていない。しかしそれだけでは人間がダメになってしまうと、ドラえもんは強く主張する。人間がダメにならないために、僕たちは何かをしなくてはならないのだ。


のび太は山に向かって、ドラえもんを追い払うよう命じる。すると、落とし穴ができて、落とされるのはのび太であった。「僕じゃない」とのび太が抗議すると、今度はハチが襲い掛かってきて、山から追い出そうとする。

「な、なんで。あんなに仲良しだったのに」

たまらず山から逃げ出していくのび太。

走っていくのび太を見てドラえもんは、山の心の真意を見抜く

「ありがとう…。君、ほんとにのび太が好きだったんだね」

大好きだからこそ、突き放す。自分の場所にいることでのび太がダメになってしまうのであれば、それは愛情の与え方が間違っている。山の心は、そういう風に判断したのである。

ドラえもんの説得が通じたのか、山が自ら結論を導き出したのかは不明だが、山がのび太を本当の意味で愛していることがよくわかるのである。

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のび太は自分が山から追い出されたことが残念でならない。ドラえもんは楽しい夢だったんだよと慰める。のび太が立派になって、山の愛情を知る日は来るのだろうか。


「ドラえもん」考察ほかにもやっています。


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