見出し画像

春の訪れを感じさせる名作『具象化鏡』/ドラえもんミニ考察⑭

まさしく三寒四温だった3月が終わろうとしている。つい最近まで厚手のコートを着ていたはずだが、突然かなりの軽装でも歩いていると汗ばむような陽気になったりする。

長く春の訪れを待ち望んでいたが、気がつけば、いつの間にか春の陽気に包まれている。

こうした季節になると、必ず読みたくなる藤子作品がある。それが、本稿で見ていく「ドラえもん」の『具象化鏡』である。だいぶ読み方の難しいタイトルではあるが、初出の掲載誌は「小学六年生」であり、読者にとって小学校卒業間近の「3月号」なので、ギリギリ大丈夫という判断であろう。


本作をミニ考察して、春の到来を喜びたいと思う。

『具象化鏡』「小学六年生」1986年3月号/大全集13巻

いつものように部屋でゴロゴロしているのび太に、ドラえもんが小言を言う。どこ吹く風ののび太に、ドラえもんはコントローラーのような形状の道具を出す。カチとボタンを押すと、ゴオゴオと時の流れが目に見えるようになる。

最初読んだ時は、『「時」はゴウゴウと流れる』という話に出てきたタイムライトかと思ったが、今回ドラえもんが取り出したのは「具象化鏡(ぐしょうかきょう)」というまた別のひみつ道具であった。

画像1


この道具を使うと、「時の流れ」や「暗い人」といった比喩的な言語表現を、実際に可視化して見せてくれるという。

なお、のび太がダラダラしていた理由は、テストに向けて珍しく勉強したのに全く手応えが無く、もう無駄なことは止めたという諦めの気持ちからであった。

のび太はこの具象化鏡が気に入り、スイッチを押したまま出掛けてみることにする。


以下、どのような表現がどのように見えたかをストーリー順に綴っていきたい。

①時の流れ
時がゴウゴウと流れいている様子がわかる

②暗い人
その人の回りが暗くなる

③キツネにつままれたような
キツネが出てきて、口をつまむ

④耳が痛いことば
ママに勉強もしないで出掛けていくところを見られて皮肉を言われる。すると耳がガンガンと痛くなる。

⑤真っ赤な嘘
スネ夫が今日アイドル二人からデートに誘われて・・と自慢を始めると、体が真っ赤になってしまう。

画像2

⑥明るい人
スネ夫を見て喜んだのび太は、しずちゃんの家に向かう途中元気が出て、身の回りが明るく輝きだす。

⑦嫉妬の炎
しずちゃんと出木杉がテストの話題で楽しそうに会話をしている。出木杉はいつものように100点取れそうということで、しずちゃんに頭のいい人って羨ましいわ、などと誉められている。それを見たのび太は、炎に包まれてしまう。

画像3

⑧絶望のどん底
しずちゃんが頭が良くてスポーツマンで性格も優しい出木杉を好きになるのも無理がないと落ち込むのび太。すると道路が2メートルくらい陥没して、のび太は落下してしまう。

⑨重い心・重い足取り
穴からは這い出たが、今度は体が重くなって歩きずらくなる。

⑩世の中真っ暗
空き地でのび太の周囲は暗闇に。

⑪胸も張り裂けそうな悲しみ
深く落ち込むのび太は、慰めてくれるドラえもんに、この「胸も張り裂けそうな悲しみ」がわかるか、と叫んでしまったばかりに、本当に胸がビリと破けそうになる。(間一髪ドラえもんがのび太を押し倒す)

画像4

⑫希望の光
空き地を通りかかる先生。暗闇の中の声がのび太とわかると、ちょうど先生は話があるという。テストが悪かったから怒るんでしょう、とのび太が拗ねると、なんと今回は65点を取ったという。「珍しく勉強したな」と誉められると、のび太にスポットライトのような光が当たるのだった。

⑬天にも昇る心地・弾む足取り
勉強の成果が出て嬉しくなったのび太は、空へと舞い上がって喜びを爆発させる。そして地上に降りてからも、ピョンピョンと跳ね回る。


ここまでのび太は、嫉妬の炎に燃やされたことをきっかけに、出木杉と自分を比べて深く落ち込み、胸がはち切れそうになるが、勉強の成果が出てテストで65点を取ることで一気に機嫌を直す。

気持ちの浮き沈みが激しいのは、のび太の性格の最大の特徴である。それは極端な現象を現実化させる「具象化鏡」との相性がばっちりだったようである。


そして、最後、14番目の効果が発揮される。

弾む足取りののび太は、満開の梅の花を見つけて、もうすぐ春だと感想を漏らす。すると、遠くの方から、ズシン、ズシンと大きな足音をさせて何かが近づいてくる。

ビビるのび太にドラえもんは言う。

「あれは、春の足音だよ」


遠くから近づいてくる大きな足音。それは春の訪れを物理的に知らせてくれる響きだったのである。

画像5


本作は「小学六年生」3月号の作品ということで、毎年恒例の卒業生へのエールが込められた一本となっている。

怠け者で勉強嫌いののび太が、本作ではそれなりにテスト勉強して、彼としては満足の行く65点を獲得している。きちんと成長をした姿をさり気なく描き、読者に元気を与える作品となっている。

春の訪れをに表現している点も含めて、後味の良い春めいた作品に仕上がっているように思う。


「ドラえもん」考察たくさんやっています。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?