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そうしようと決めたんだ!!『あいつのタイムマシン』/タイムマシンで大騒ぎ⑥

もの凄い数のタイムマシン関連の作品を残している藤子先生は、デザインとしても様々なタイムマシンを描いている。最もポピュラーなのが、「ドラえもん」のタイムマシンで、もはや日本人が思い浮かべるタイムマシンの99%がそれであろう。

他にもキテレツ大百科では木製のタイムマシン、ドラミちゃんはチューリップ型、「タイムベルト」のように手軽に体に巻きつけるだけのものもある。初期作品などには固定型のタイムマシンなども描かれている。

タイムマシン特集がひと段落したら、F先生の描いたタイムマシンを並べてみるのも面白いかも知れない。


本稿で取り上げる作品のタイムマシンは、外見も内部構造はまるでおもちゃ同然。とても時空を超えられるような発明品には見えない。しかも、ある種の禁じ手のような「理論」でタイムマシンが稼働する。

本作などを読む限り、物語は、SFはアイディアが全てなんだと思わせてくれる。是非とも原本にも当たって欲しい傑作である。


『あいつのタイムマシン』
「漫画アクション増刊」1979年12月11日号

主要の登場人物は3人。主人公であり、SF漫画家の正男。正男の妻であるみっちゃん。そして正男の友人でみっちゃんの従弟でもある鉄ちゃんこと鉄夫である。3人は幼馴染みでもある。

正男と鉄ちゃんは小学校5年生の頃、将来二人でタイムマシンを作ろうと誓い合った仲だが、ある時から人生が分岐する。正男はタイムマシンが現実にはできないと気付き、漫画家への道を歩む。

鉄ちゃんはタイムマシン発明の夢を追い続け、技術を会得するためと言って中卒で時計修理工の見習いになる。その後もタイムマシン作りを諦めずに続けているが、28歳になった今でも未完成である。


冒頭で正男が鉄夫のアパートに行き、タイムマシンの失敗作を見るところから物語は始まる。正男は鉄夫に就職話を持ち掛けるのだが、一切聞く耳を持たない。

タイムマシン開発一筋だったせいで、28歳とは思えない老け込み方をしている鉄夫に、「鏡で自分を見たことがあるか」と正男は説教をする。「いい加減目を覚まして、自分のように働いて奥さんを貰え」というのである。

余計なお世話だとはいえ、まるで話にならないので、正男が家に帰ろうとすると、鉄夫は

「みっちゃん・・・、いや、奥さん元気か?」

と聞いてくる。

何気ないセリフだが、「みっちゃん」という親近感を感じさせる呼び名が少々気になるところ。正男は「そうそう、君によろしくいってた」と、帰り際で伝えるのだった。


正男が帰宅すると、奥さんのみっちゃんが「鉄ちゃんどうだった」と尋ねてくる。この後の夫婦の会話などから、3人の関係がはっきりとわかってくる。

・鉄夫はみっちゃんの従弟
・鉄夫が二人の間を取り持って、正男とみっちゃんは結婚した
・正男は奥さんが大好きだが、奥さんの方は割と冷静な対応を取る


さらに鉄男の仕事も明らかとなる。今一つ売れない漫画家で現在「漫画ハクション」に掲載予定の作品『タイムパトロール110』に取り掛かっているが、まだ扉絵しかできていない。

みっちゃんが夜食(といってもカップラーメンだが)を持って、部屋に現われ、サササーッとやっちゃいなさい、などと言う。鉄男は、タイムマシンをテーマの作品に取り組んでいるのだが、ありもしない話を描くのが気が引けると言う。

みっちゃんは割と気軽に漫画のことを考えているようで、「SFなんてもともと絵空事でしょ」とか「他のアイディア考えれば?」と、悩んでいる鉄男の気分を害することをポンポンと言ってくる。

鉄男は思わず、「ピョコピョコアイディアは出てこない」と大声を出し、逆にみっちゃんの気分を壊してしまう。


二人の中に気まずい空気が流れるが、みっちゃんはそこで気になることを言い出す。それは・・

・鉄夫はみっちゃんに優しかった
・ひょっとして好きだったのかも
・内気な性格なので直接好きとは聞いていない
・好意を持っていることは目つきやそぶりからわかる

そして、「鉄ちゃんが無口じゃなかったら、正男と出会う前に結婚したかもしれな」などと口走るので、正男は思わず泣き出してしまう。もちろん、それは冗談だと言うのだが・・・。


その後も正男はタイムマシンのお話作りに苦戦を続ける。編集者からはリアリティが欲しいと注文される。読者が納得してくれる「もっともらしさ」が欲しいというのだ。そして付け加えてもう一言、

「うちの読者は大人ですからね。ドラえもんならそれでもいいんだけど」

これは大人向け漫画に挑戦中の藤子F先生の、自分へのメッセージとも受けとれるセリフである。編集者から言われたことはないだろうが、藤子先生の大人向けSFにおけるリアリティを常に追求している姿勢が見て取れるのである。


鉄ちゃんが「家賃を貸してくれ」と姿を現わす。彼曰く、「もう少しでT・Mが完成するが、その前に追い出されるわけにはいかない」と。金を渡しつつ、話半分の正男が、冗談交じりに「T・Mができたらそれで何をするつもりなんだ」と尋ねる。

すると鉄っちゃんは、無言でじっと正男を見つめるだけ。何かを言いたげのようにも見えるが、なにも話さずに行ってしまう。基本的に無口な人間であるようだが、この時ばかりは何か様子がおかしい


鉄男は再び編集者の元へ。今度は超光速素粒子「タキオン」という最新物理学の仮説を根拠にしたいと相談する。確かにもっともらしい要素ではあるが、編集者はどうもピンとこない。

そして、タイムマシンのメカニズムについての、新しい角度を提示する。ここがとても重要ポイントである。

「昔からタイムトリッパーの記録ってたくさんあるでしょうが。どの程度信頼できるかはわかんないけどね。それぞれもっともらしく状況証拠を並べてる。あの現象を意志の力で起こせないものかと・・・ね」

もっとも大事なところは、「意志の力」という部分。全く科学的ではない説明のように聞こえるのだが・・・。


どうしても原稿が進まない正男。何かヒントを得られるんではないかと、藁をもつかむ思いで鉄夫の部屋へと向かう。鉄夫が作っているT・Mから、何かアイディアを掴もうと言うのである。

部屋に入ると、新型のタイムマシンの上に鉄夫が座っている。半畳くらいの板に電飾が付けられ、チカチカと点滅している。いかにも取ってつけたようなレバーがついている。それはまるでおもちゃのように見える・・。


鉄ちゃんは言う。

「もう機械などどうでもいいのだ。信ずることだ」

と。これを聞いて、ついに神かがりになったと正男。そして鉄夫は続けて、「もうすぐタイムマシンの秘密を知るところだ」と言い出す。果たして彼は何を言っているのだろうか?


さらに続ける。

「教えてくれるんだ。未来の僕が。もうすぐT・Mでやってくる」

正男は、「それでは未来の君はどうしてタイムトラベルの秘密を知っているのか」と質問する。それに対する答えが、凄い。

「現在の僕が知れば、未来の僕も知ってて当然だ。もうすぐ未来の僕が教えてくれる」

究極的な堂々巡り。これはタイムマシンものでは良くあるパラドックスのパターンでもある。開発者が未来の自分に教えてもらった知識でタイムマシンを完成させるのだが、では未来の自分は誰に教わったのか、という果てしない循環の輪に陥ってしまうというヤツだ。


鉄ちゃんはさらに、論理を飛躍させていく。

「その堂々巡りの輪の中に入り込みさえすればいいんだ。そうしようと決めたんだ!! そうなると確信してるんだ!! 思念をこらして・・・信ずる。ただ信ずる」

徐々に鬼気迫る表情となっていく鉄夫。目が血走り、もはや常軌を逸したかと思った瞬間、

「そうなった!!」

と言って立ち上がる。「表に未来の僕が来てる」と、部屋から飛び出し、夜の住宅街へと消えていく。「とうとう頭にきたか」と正男。鉄夫がどこかへ行ってしまったがために、帰宅することする。


あの執念は鬼気迫るものだった、などと呟きながら歩いていると、突如正男の周囲の時空が歪む。なんだか違和感を覚える正男。彼は歩き続けて、古そうなアパートへと入っていく。

室内に入るとゴミが散らばっていて、台所のシンクには洗っていない食器が山積みとなっている。自分の置かれた状況が激変しているが、正男はそれについて何ら疑問を抱いていないようだ。

そしてトドメの一言。

「あ~あ・・・嫁さん欲しいな。鉄夫の奴が羨ましいよ。いや、ほんと」


もはや解説するまでもないが、鉄夫のT・Mは見事に「意志の力」で完成したのである。未来の自分から教わったT・Mを使って過去へ行き、小さい頃の自分をみっちゃんに告白させたのだ。それによって正男はみっちゃんを紹介してもらえず、現在も独身を続けているというわけである。


「意志の力」というトンデモない発想によるタイムマシンもので、そのアイディアは優れて画期的。しかもラストで大人の読者が納得して受け入れてもらうために、途中で主人公と編集者のタイムトラベルの考察シーンを加えている

アイディアとテクニック、その両面が一級品といえる作品なのではないだろうか。



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