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主役はのび犬?『ライター芝居』/藤子Fの演劇しよう①

「劇中劇」というジャンルがある。言葉通り、劇の中に劇が出てくるお話のことだが、これがなかなか成立しずらい。

まず大前提として、作中に登場するキャラクターがしっかりと確立していなくてはならない。読者・視聴者が、キャラクターを良くわかった上で、キャラクターが別のキャラクターを演じるところを鑑賞するからだ。

次に大事なのが、劇中劇自体も面白く描く必要があるということだ。そして、作中に登場する作品と、全体の作品とが同じメッセージを発しなくてはならない。

劇中劇における「入れ子構造」を成立させるためには、とても高度なストーリーテリングが求められるのだ。

よって、完成度の高い劇中劇を読んだり見たりすると、「良いモノを見たなあ」という深い感慨に耽ってしまう。高度な物語作りの技に感銘を受けるからである。

僕がパッと思いつくところでは、映画版「Wの悲劇」「カメラを止めるな」、氷菓シリーズ二作目の『愚者のエンドロール』などがオススメできる劇中劇ものとなっている。


藤子作品では、この劇中劇に挑戦しているお話が非常に多い。そして、ほとんどが完成度の高い、満足・満腹の作品となっている。そこで「藤子Fの演劇しよう」と題して、藤子キャラクターたちが作中で何かを演じるようなお話を集めてみることにする。


まずは第一弾として、「ドラえもん」の中から『ライター芝居』という8ページの、ギュッと濃縮されたお話を紹介しよう。

「ドラえもん」『ライター芝居』(初出:シナリオライター)
「小学五年生」1975年5月号/大全集4巻

冒頭では、のび太がいつもに増して部屋の中でゴロついている。ママがいないので、心の底からのんびりできるのだという。

そこへドラえもんがやってきて、巨大なライターに火をつける。すると、寝ていたのび太の体が勝手に動き出し、意に反して机に向かって勉強を始める。

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そしてドラえもんが「そろそろどら焼きを買ってきてくれる頃だ」と言うと、のび太の体がまたも動き出して、貯金箱を持ってどら焼きを買いに出掛けようとする。

ここでようやくネタバラシ。ドラえもんが手にしているライターは「シナリオライター」というひみつ道具で、この「ライター」にあらかじめシナリオを書いて入れておくと、書いてある通りに人物が動いてくれるというもの。

説明するまでもないが、「シナリオライター」とは、着火道具のライターと、書き手のライターの意味をもじったダジャレ道具である。「アソボウ」とか「Yロウ」とか「テレパしい」など、ダジャレなひみつ道具は一つのパターンとなっている。

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のび太はこの道具を使って、自分を主人公にして大活躍するシナリオを書いてみようと思いつく。ヒロインにしずちゃん、ジャイアンとスネ夫は町の平和を乱す無法者。藤子先生大好きな西部劇のフォーマットである。

それではどういうストーリーなのか、下記にまとめてみると・・

・のび太はあてのない旅を続ける流れ者
・通りがかった町でジャイアンが乱暴している
・のび太を取り囲む無法者一味
・しずちゃんに「お嬢さん離れてて下さいな、これから真っ赤な血が飛び散ることになりそうです」
・一瞬早くのび太の拳銃が悪人をなぎ倒す
・しずちゃんはのび太にすがりつく。
・「待って私も連れてって」と二人は手を取り合って去っていく

あえて良くある西部劇のストーリーとしているようだ。

この中で「真っ赤な血」というセリフが出てくるが、少々物騒な物言いとなっている。若干の違和感を覚えさせるが、これは後ほどの伏線となるもの。

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俳優たちはいつもの空き地にいるだろうと言って向かうと、ジャイアンとスネ夫がイヌの体を引っ張って苛めている。しずちゃんが可哀そうだと止めているが、聞く耳を持たない。シナリオライターを使う前から、物語が始まっているようだ。

なお、ジャイアンたちは何をしているかというと、野良犬をダックスフントにしようという動物実験なのだという。この時、ジャイアンはダックスフントを「のびイヌ」と言っている。あまり聞かない言い方だが、これもラストに繋がる伏線である。

のび太は「止めろ」とジャイアンを蹴飛ばすのだが、まだライターをつけていないので、ジャイアンに瞬殺で顔面を殴られて倒されてしまう。「のび太さんは頼りにならないのね」としずちゃんも手厳しい。

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ドラえもんがライターの火をつけて、のび太創作のシナリオ劇が始まる。

「乱暴すると許さぬ」
「なにを!生意気なやっちまえ」

と、ここまではいいのだが、この後のび太がしずちゃんに向かって

「おしょうさん、はなれててくだちいな。これからまっかな皿が・・・」

と、意味不明なセリフをはく。解説するまでもないが、おしょうさん→おじょうさん、くだちいな→くださいな、まっかな皿→まっかな血という、のび太の書き損じによるものである。


そしていよいよ無法者との対決シーン。

ト書き「対決を前に、町は不気味に静まり返る」

のび太と、ジャイアン・スネ夫が真剣な表情で向かい合う。

ト書き「二人の手が腰の拳銃にのびる」

ババン、とのび太の拳銃が火を吹き、ジャイアンとスネ夫は飛ばされる。

ここでの決闘シーンは、のび太がとてもかっこよく描写れされているのだが、この場面を再現するべく本作の8ヶ月後『けん銃王コンテスト』でのび太のガンマンとしての活躍が描かれる。

さらにこれが『ガンファイターのび太』(1980)、『のび太の宇宙開拓史』(1980~81)に連なっていくことになる。

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これにて流れ者ののび太の役目は終わり。シナリオ通りに、ヒロインのしずちゃんが「どこへいらっしゃるの」と聞いてきて、のび太が「さあ、これといってあてのない旅です」と気取って答える。

そしてシナリオ上では、

・しずちゃんはのび太にすがりつく
・「待って私も連れてって」と二人は手を取り合って去っていく

と書き込んでいたはずだったが・・。

しずちゃんは「私も連れてって」と言って、のび太ではなく、先ほどジャイアンたちに苛められていた犬に抱きつく。そして、二足歩行となった犬と手を取り合って、どこかへと去っていくしずちゃん・・。

シナリオライターの中のシナリオを検めると、「のび太」を「のび犬」と書き間違えている。誤字脱字に容赦ないシナリオライターは、ジャイアンたちに体を引っ張られた野良犬を「のび犬」と判定したようだ。

ドラえもんは「もっと国語を勉強しろよ」と呆れるが、さほど難しくもない自分の名前を間違えるのは、もはや国語力の問題でも無さそうに思える。

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ちなみに、「のび太」を「のび犬」と書き間違えるミスはこの後も続き、『ポータブル国会』(1977)では、犬山君宛の年賀状で「太山」「のび犬」とあべこべに描き間違えるという技を披露して、みんなの笑い者になる。

他にも『透視シールで大ピンチ』(1980)では、おじさん宛に感謝状を書くのだが、「のび太より」と書くところで、「太」の字に「犬」のような点も付けた字を書いている。


シナリオライター(脚本家)になるのには、誤字脱字をしないということが大事なのだと、よくわかるお話でありました。


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