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パパと娘とDNA。あの名作の元ネタ!『おれ、夕子』/特集:父の日②

『おれ、夕子』「週刊少年サンデー」1976年4月15日増刊

父の日特集ということで、前回の記事で「パパは天才」を取り上げた。主人公は、天才発明家だが重度な世間知らずの父親と、ダメな父親の分しっかりした性格の小学生のぼる君の、切なくも心温まる父子ものであった。

今回記事にしていく『おれ、夕子』は、少年SF短編に分類される青春SF作品である。「パパは天才」とは全く異なるタイプだが、母親を亡くした科学者の父親が迷走するお話であり、変人の父親という部分について共通点がある。

ただ、本作が本当に似ているのは、とある「ドラえもん」の大傑作エピソードなのだが、それは、記事の最後で触れたいと思う。

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本作の主人公「おれ」(名前は佐藤弘和)は、おそらく中学生で、クラスメートの夕子が一週間前に亡くなっている。そうしたところから始まる。

ある朝、怪事件が起こる。目覚めるとなぜか、夕子のネックレスがおれの首にかかっていたのである。葬式の日に無意識に持って帰ったのかと思い、夕子の家に返しにいく。

夕子には得体のしれない父親がいる。昔は大学の研究室で将来を嘱望された科学者だったという噂がある。ネックレスを届けると、夕子の父親はオレの顔を穴のあくほど見つめてくる。

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そこで、葬式の翌々日、夕子の父親に会いたいと言われて出向いたことを思い出す。通されたのは夕子の部屋。お茶は出されたが、呼びつけておきながらいつまでも用件を切り出さない。

ややあって、父親は夕子の日記を読んだと話し出す。その日記の中には、おれの名前が何度も出てくるのだという。どうやら、夕子はおれのことが好きだったらしいというのだ。

この話を聞いて、おれは思う。「僕が、夕子を大好きだった」と。

「ずっと生きていればあるいは将来、君と・・・」と、夕子の父親は言う。おれは、夕子のことを思い、胸の奥から悲しみがあふれ出す。とその時、部屋がぐるぐると回り始める・・・。

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気がつくと、ベッドに横たわっていた。薄暗くなっていたので、帰ろうとするが、間違えて別の部屋に入ってしまう。すると、そこにはウサギが飼われていて、白かった体が一瞬で灰色に変化する。

驚いていると、そこに父親が現れる。これは「遺伝子と細胞の代謝の実験」とのことだが、どうせ信じないだろうと言って話を打ち切ってしまう。

もう用が済んだと言われ、帰るおれ。その時、俺を見つめるその食い入るような視線が気にかかったのだった。これはきっと何かある!


刈野勉吉(あだ名、解説者。口数多し)が、「夕子の幽霊を見た」と大騒ぎをしている。深夜一時ころ、パジャマ姿で夢見るような足取りで夕子の家の方へと向かっていったのだという。

みんなは全然信じていないが、おれは、本当に夕子の霊が彷徨っているのなら会いたいと思うのだった。

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それから四日後、第二の怪事件が起こる。

目を覚ますと、家から離れた場所で、女の子の格好をして寝ていたのである。大変なことになったと、顔を隠して、全速力で家へと戻る。急いで着替えて、女の服はベッドの下に隠して登校する。

学校の帰り、解説者が、「幽霊を撮った」と言って、深夜の夕子が写っている写真を見せてくる。すると、自分のパジャマを着た夕子の姿がそこにある。

夕子の幽霊は自分のパジャマを着ていて、自分が来ていた女性の服は夕子のものだと思い出す。この怪事件の真相がいかに?

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おれは、3つの推理をする。

①僕が無遊状態で夕子の家に忍び込んで服やネックレスを盗んだ
②夕子の幽霊が忍び込んで服を取り換えた
③俺を困らせる目的で誰かが深夜に忍び込んだ

おれは、3番目の推理を本命視して、その日から徹夜を始める。ところが四日目の夜、事件が大きく展開する!(これも四日目という点にご注目)

その夜、不意に猛烈な眠気が襲ってくる。意識がトローンとしてくる。バッドで自分の頭を叩いて目を覚まそうとする。するとー

「よしてよ。痛いじゃないの」

何者かの声。「誰だ!」と叫ぶと、

「あなたこそ誰よ!ここはどこ!?」

暗い部屋で何者かと会話をしていると、おれは、夕子の姿となる

このくだり、稲光を使った演出が、緊張感を高める。

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夕子となったおれ。意識がおれに戻る瞬間もあったが、パパが待っていると思い出し、嵐の中を歩みだす夕子。そして、そんな夕子を見つけて、後をつける解説者。この時点でおれの意識はないので、解説者から後で聞いた話の回想という形となっている。

夕子は自宅へ帰り、父親が出迎える。ずぶ濡れなので、すぐに着替えるよう声を掛ける。解説者は、木に登って部屋の中の様子を伺う。すると、夕子は裸になって体を拭いている。

解説者は、後にこの時を回想し、「中身まで女だった」と断言して、おれにぶん殴られることになる・・・。


部屋の中では、夕子と父親が再会を果たす。3日間不在であったという。夕子は、父親に真実を問う。

「パパ、今夜こそ本当のこと教えてちょうだい。あたしね、本当はここにいちゃいけない人間じゃないかって気がするの」

夕子は、自分が死んだということに薄々気づいていたのである。父親は娘が心を痛めていることを知り、真実を語り出す。

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ここからは、藤子F的な、SF設定の説明が入る。簡単に要点を抜粋しておこう。まずは事実説明から。

<事実>
・遺伝子とは体の設計図のようなもの。染色体の中のDNAが指示を出して、たんぱく質を作り設計図通りの体を組み立てる。
・人間の体は細胞で成り立っており、例えるならば小さなブロックでくみ上げられている。
・このブロックは常に入れ替わる。古いブロックは捨てられ、後に新しいブロックがはめ込まれる。これを新陳代謝という。
・細胞の寿命はまちまちだが、すっかり入れ替わると別人になったと言えなくもない。
・しかし、代謝を繰り返しても同じ人間になるのは、DNAがあるから。

この事実を踏まえ、夕子の父親は以下についての研究に取り組んだという。この部分ががいかにもF的思考の真骨頂だ。

①全身の細胞を一度に交換でいないのか
②その時、他人のDNAを働かせることは可能か

そして、夕子の父親は研究に成功する。

DNAを液状にして注射すると、四日目に反応を起こし、相手の体を乗っ取る。これは6時間有効。

なので、おれの怪事件は四日おきに起こり、朝になると元に戻っていたのである。

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この話を聞いた夕子は、「これはいけないことだ」とパパを諭す。会えなくなるのは悲しいけれど、死んでから何度も会えたのでもう十分、というわけである。

夕子の父親は、夕子を抱きしめて、「せめて今夜だけは名残惜しませて欲しい」と言う。夕子の求めに応じて、父親は夕子が生まれた日のこと、まだ母親が元気だったころのことを話し出す。

「夕子が生まれた夜はね、酷い土砂降りだったんだよ。ちょうど今夜みたいにね。僕はずぶ濡れになって病院へ駆けつけた。ママの横でスヤスヤ眠る君を見たとき・・・」

セリフはここで終わり、思い出の絵がフラッシュバックのように写し出される。パパ・ママ・夕子の3人での幸せなひと時である。

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この辺りを読んで、お分かりになる方もいると思うが、本作は「ドラえもん」随一の名作『のび太の結婚前夜』に影響を与えた、元ネタのようなお話なのである。

死んでしまった娘に対してだが、父親目線で、生まれてきた子供への愛情と感謝の気持ちを述べる。想い出をいくつかのイラストを並べて表現しているが、これは『のび太の結婚前夜』と同様の表現手法である。


家族、とりわけ3人の娘さんを愛したとされるF先生。本作は、娘たちへの思いを込めて描かれたに違いない。子供が生まれること、子供と一緒に暮らすことの喜びを描いた作品となっている。

ただし、本作はだいぶ変化球の内容であったことは否めない。そこで、本作から5年後、もっと一般的な設定で『のび太の結婚前夜』を描いたのではないかと、僕には思える。

『おれ、夕子』は、変人パパを描いた話であると見せかけて、父親から娘への愛情を伝える感動的なお話であったのだ。


他、SF短編を数多く考察しています。


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