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ヨドバ氏、不純な大人にしてやられる!?『四海鏡』/ヨドバ氏カメラシリーズ⑧

不思議な道具を手に入れた時、それが子供であれば、楽しい遊び道具として使うことになるだろう。それを使って多少のいたずらをするかもしれない。けれど、犯罪行為・不正行為をしようとは思わないはずである。

では、同じような道具を大人が入手した時、どんな使い道を考えるだろうか。金儲け、誰かへの報復、やってみたかった犯罪行為・・・ロクなことを考えないのではないだろうか。


未来の世界で風変わりなカメラを売り歩いていたヨドバ氏が、あるきっかけで現代(1980年代)にやってきて、持ってきた未来のカメラをセールスしていくという「ヨドバ氏カメラシリーズ」では、基本的にセールス相手は大人である。

ヨドバ氏はカメラを売って日銭を稼がなくてはならない運命なので、必然、高値で購入してくれる大人に対して、カメラを売りさばいていくことになるのだ。


本稿で取り上げる作品では、同じ性能のカメラを前にして、「大人」と「子供」がまるで異なる反応を見せる。ヨドバ氏シリーズの真骨頂とも言えるお話である。

ちなみに、未来人であるヨドバ氏が、なぜ現代で生活をしなくてはならなくなったのか、そんなエピソード0がわかる作品を前稿で書いているので、読んでいただくと、より共感ポイントが上がるかも知れない。


『四海鏡』「ビックコミック」
1982年10月10日号/大全集2巻

未来のカメラのセールスマンだったヨドバ氏は、何のゆかりもない現代において、手持ちのカメラを何とか高額で売りさばかないと、たちまち生活が立ち行かなくなる。よって、色々な工作をして値が釣り上がるような試みをしてきている。(失敗もあるが)

本作のターゲットとなるのは、金があり、カメラの潜在的な購入意欲のあるおじさん「たち」である。


マンションの一室。情事を終えた男女。男は頭髪が禿げ上がっており、初老の風貌だが、体つきや、身なりはきちんとしている。金銭的余裕があり、わが身に自信があることが伺える。

男は若い女性に対して、何か繰り返し詰問をしており、女は「何もない。どう答えたら気が済むの」と返答に窮している。そして、女は裸のままベッドから起き出し、ナイフを取り出す。

「そんなに信用できないならいっそ殺してよ!! ナイフならここにあるわ。さ!ひと思いに刺して!!」

身の潔白を一生懸命に伝えようとしているが、どこか芝居がかっているようにも思える。


「ま、良かろう」
「もうあんなことおっしゃっちゃいや」
と、二人はあっさりと和解。女がキスをすると、男は社用車に乗って本社へと向かうよう運転手に指示を出す。夜は遅いが、帳簿はその日のうちに目を通しておく主義なのだとか。

一人社長室に入ると、別の中年男性が待ち受けている。長髪・髭面・出っ歯のあまり柄が良さそうには見えなう。彼は何かの調査員であるらしく、社長に調査報告に現れたのである。


この調査員は、先ほどの女性の身辺調査を担っていた。女性は社長の妾で、名は紅子。徹底的に調べ尽くした結果、浮気の疑惑はシロであるらしい。

しかし報告を受けた社長は、さらにしっかりと一ケ月調査を続けろと指示を出す。ポカンとする調査員が、「そこまで疑う根拠は?」と聞くと、社長は答える。

「根拠はない。ただのカンだよ」

そしていかにこれまで自分が、カンの力でのし上がってきたか、説明を始める。うまい話を嗅ぎつけるカン、危険を素早く察知するカン・・・そうした動物的なカンだけを武器に、今の地位まで上り詰めたのだという。

そして、一言チクり。

「そのカンによれば・・・、君の調査はあまり当てにならんな」

「御冗談を!!」と慌てる調査員だったが、社長の目は本気<マジ>だ。


社用車に乗って、次は本宅へ。一度眠りに着いた後の奥さんとお手伝いさんがショボショボした顔で出迎え、「まあお珍しい」と一言。こちらはチクリとした皮肉でも何でもなく、もはや夫の浮気については何の感慨もないようだ。

その証拠に「お風呂は」と聞かれて、社長は悪びれなく「入った。紅子のマンションで」と別宅の話題を出すのであった。


寝室でワインを飲みながら、社長は独り言つ。

「紅子が惜しいわけではない。わしは知らぬうちにコケにされることが我慢ならんのだ」

典型的なワンマンで、のし上がった人物にありがちな傲慢さを感じさせる。

すると布団の上に一枚の写真があるのに気がつく。お話の冒頭で紅子とベッドに入っている時の写真である。そこに手紙も添えられている。

「あなたが、今切実に求められておられるものをお譲りします。『四海鏡』です・・・」

そして明日の午前11時半に中央公園噴水広場で待つと書かれている。社長は新手の恐喝かと考えるも、恐れに足らずとして写真をバラバラにしてしまう。


翌朝。社用車に乗り込み会社に向かうのだが、途中で気が変わって「中央公園に行け」と指示を出す。公園の噴水前に歩いて行くが、それらしい手紙の主の姿はない。

そんな社長の様子を木陰から覗く男がいる。そう、我らがヨドバ氏である。ヨドバ氏は、同じようなダイレクトメールを5人に送ったようで、たった一人しか姿を見せないことに落胆する。

ヨドバ氏の狙いは、「四海鏡」を欲しそうな金持ちばかりを集めてオークションを開いて、値段を釣り上げて、一攫千金の夢を掴むことであった。


仕方がなく、たった一人の客である社長に声をかけるヨドバ。社長は「四海鏡」とはどんな品物かと早速質問してくるので、公園の木立の奥へと連れて行き、実際のカメラを見せる。

「四海鏡」とは、四海=全世界を映し出すカメラ。あらゆる場所をあらゆる角度で写せる。そして、カメラの構造を簡略的に説明する。荒唐無稽な未来の道具を、科学的な事象を加えて、本当っぽくみせる藤子F流のレトリックである。

・普通のカメラ→被写体から直進する光線を捉えて、画像を結ぶ
・光は同時にあらゆる方向に反射している
・空中で乱反射しどこまでも拡散する
・遠ざかると弱まるが消えるわけではない
・あらゆる場所では、あらゆる場所からの光がごちゃまぜになって存在している
・ただし地底や暗室など光学的に閉ざされた空間は別

こうした「科学的事実」を提示しした上で、四海鏡は、任意の場所からの光を選択し、補正増幅し、拡大して撮影するという「荒唐無稽」な能力の説明をする。


試しに実演ということでエジプトのピラミッドの写真を見せる。すると「絵葉書だろ、ぼやけてるな」などとあまり関心を示さない。この感心の薄さについては、ラストへの伏線となっている。

「国内ならバッチリ写りますよ」と言って、ヨドバは社長が囲っている紅子の今の写真を捉える。これには強い関心を示す社長。商売上役に立つかもと二の矢を次ぎこまれ、さらに心寄せられる。

しかし「お値段ズバリ一億円」と、途方もない金額をヨドバ氏が提示した途端に、その場から去ろうとしてしまう。強気の後は弱気となったヨドバは、「多少の値引きには応じる」と言って、社長の背広を引っ張るのであった。


さて、先ほど写真が写った二号宅。紅子がお化粧をしていたが、それは別の男との逢引きのためであった。そしてその相手とは、昨晩調査報告に上がった男。男は第一声、

「おい、やばいぞ。社長のカンはバカにならない。火遊びはこれまでにしようや」

と泣き言を言う。

社長は野生のカンで、女に別の男がいること、調査員の調査がいい加減であることを、ズバリ見抜いていた。見透かされた男が、ビビッて紅子に別れを切り出しに来たのである。

たまたま、社長が値段が一億と聞いてカメラの興味を失ったタイミングだったから良かったが、危なく紅子と調査員との関係がバレるところだった。そんなことも露知らず、紅子は男をお風呂に連れて行って語る。

「ビクビクしなさんな!怪物ジジイめ、世の中何でも思い通りって顔してる。裏切ってでもやらなきゃ神様に申し訳ないよ」

こういう時は、女性の方が腹をくくっているものだ。そして、彼女の思惑通りに、この後社長は、世の中思い通りにならないことを知ることになる・・・。


社長のカウンターで出した金額は50万。さすがに話にならないとヨドバ氏。そこへ、ヨドバがメールを送っていた別の社長が姿を見せる。

建設会社の社長さんで、「談合入札に厳しい世の中となったので、ライバルの見積もりを知るためにカメラが必要でしょう」という論理で、ヨドバは四海鏡をセールスする。

ヨドバが1億を提示すると、1000万でどうだと値切ってくる。数度の駆け引きの後、1500万で手打ちとなる。・・・とその瞬間、最初の社長から2000万の提示がでる。ヨドバ氏の当初の目論見通りに、「セリ」が始まったようである。

釣り上げ合戦となり、ついには当初提示額の1億円に達する。ヨドバ氏は内心で

「あの汚いアパートを引き払って、マンションでも買って、ちょっとした旅行を・・・」

とほくそ笑む。現在のヨドバの暮らしはかなりの貧しさであるようだ・・。


そして二人の入札合戦の結果は・・。なんと二人はここでも談合を決め込んで、共同購入で10万円という金額を提示してくる。マンションの夢が吹き飛ぶ、酷い答えである。

「10分だけ考えさせてくれ」と、フラフラ歩いて行くヨドバ氏。「あんまりだ」と涙をこぼして悔しがっていると、車いすに乗った少年とぶつかってしまう。本日二度目の衝突である。

彼が読んでいたと思しき「世界の旅」という本を拾って、ヨドバは「旅行が好きなの?」と手渡す。すると少年は、

「したことない。でも、できたら楽しいだろうな。だから本とかテレビとかでいつも空想しているの。夢の中でなら僕世界中を回ったよ」

先ほどの汚い大人たちとは全く異なる、純粋な夢がヨドバの心に突き刺さる。


行こうとする少年と母親に、「いいカメラ買わない?たった10円」と声を掛けるヨドバ。彼は四海鏡を持つべき者は、足の悪いピュアな少年であるべきだと考えたのだ。

案の定少年は、自由の女神やサバンナのゾウの群れや、エベレストのてっぺんの映像を見て大喜び。未来の不思議な道具は、子供の手に渡ってこそ、光り輝くものなのだ。


満足そうな表情で去っていくヨドバ氏。

一方で噴水の前でヨドバの帰りを待つ社長コンビ。既に日も陰ってきている。

「遅いなあ」「どこへ消えたんや、あのガキは!!」

談合という邪な考えを持ったことで、彼らは果実を得ることができなかったのである。世の中わかった風の男性たちは、その不純さゆえに世の中全てが思い通りにならないことを知るのである。


かなり極端な描き方とはなっているが、一つのひみつ道具に対して、子供と大人での反応が正反対となっている。

子供がサバンナのゾウを見て感動している反面で、大人はピラミッドの画像を見ても心が全く動かされない。息抜きの女湯巡りを、と言われた時だけ、一瞬デレデレとするくらいであった。


さて、ヨドバ氏シリーズも次回で最終回。これまでのカメラも総登場させるまとめ記事としますので、どうぞお楽しみに。。


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