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転ぶと痛いよね。『ころばし屋』/ドラえもんミニ考察⑮

あの日は朝の通勤時から雨が降っていた。僕はビニール傘を手に、仕事仲間と会社の近くの歩道を歩いていた。たぶん、昼ご飯に向かっていたのではないかと記憶する。

アスファルトはすっかり湿り、小さな水たまりも散見できた。革靴を濡らすのが嫌だったから、割と注意深く地面を確認して歩いていたように思う。

僕が歩を進める先に、一枚のビニールシートのようなものが広がっていた。大人が一人立てるくらいの大きさだった。誰かが落としたのかはわからないし、今となってはそれがビニールシートだったのかすらはっきりしない。

僕はあまり考えなしにそのビニールシートの上を歩いた。その時だった。

ツルン。

そのツルンという漫画みたいな擬音が、はっきりと僕の耳に聞こえてきた。そして、僕の背中から腰のあたりに激痛が走った。

「まるで漫画みたいだった」と、隣を歩いていた仕事仲間は言った。ビニールシートに足を滑らせた僕は、ツルンと後ろにひっくり返り、背中と腰を強打したのだ。

残念ながら、受け身は取れず。何の遠慮もなく、背中を強かアスファルトに打ち付けたのである。体の痛みと同時に、この歳で漫画のようにすっ転ぶ無様さに、心も激しく痛んだのだった。

そう。大の大人は、転ぶと痛いのである。


『ころばし屋』「小学五年生」1977年3月号/大全集5巻

さて、くだらない僕ののエピソードはともかく、原作漫画ではたった一度しか登場していないものの、ほとんどの日本人が知っている「ころばし屋」について今回は見ていきたい。


「これが殺し屋!?」

と冒頭の一コマ目から、のび太の物騒な物言いで始まる。ドラえもんはそれをすぐに訂正する。殺し屋じゃない、

「こ・ろ・ば・し・屋」

だと。

本作のように一コマ目からひみつ道具が出てくるパターンは非常に珍しい。たいていはひみつ道具を出さなくてはならないような問題が発生し、問題解決のためにひみつ道具をドラえもんが出してくれるという流れとなる。

本作はまず道具を登場させる。そしてなぜこのような道具を出すことになったのかの説明が入る。細かいようだが、毎話作品の導入には工夫を凝らしているのである。


殺し屋、じゃない「ころばし屋」は、背中の穴に十円玉を入れて憎い相手の名を伝えると、そいつを転ばせてくれる。報酬の対価として、確実に三回は転ばす。それは所謂プロの仕事だ。

のび太はジャイアンに突っ転ばされて頭にタンコブを作っている。その仕返しに、のび太は10円を入れて、「ジャイアンを転ばせろ」と命じる。その表情だけ見ると「ジャイアンを殺せ」と言っているような悪い顔をしている。


ころばし屋は、ギィ~ギリリと手にピストルを持って動き出す。その風貌は、頭に黒いテンガロンハット、表情のわからないサングラス、そしてきちんとネクタイを締めている。あまり大きくなく、ロシアの人形マトリョーシカを彷彿とさせる。

ギシギシ言わせながら、ジャイアンの元へ向かうころばし屋。どこにターゲットがいるかは、プロの勘(?)でわかるようだ。のび太はその仕事ぶりを目に焼き付けようと、一緒に出掛けていく。

しばらく歩いていくと、道端でジャイアンに出くわす。「ニヤリ」と不気味に笑うころばし屋。そして小さな銃口をジャイアンに向ける。喧嘩を売る気か、とジャイアンは不機嫌となり、踏みつぶそうと足を上げる。

そこへ「ダギュン」と銃声が轟き、ジャイアンは後方へと派手にひっくり返る。僕と違って、受け身を取っているようにも見えるが、ジャイアンには少なからずダメージを与えているようである。

ころばし屋は、「空気砲」みたいな性能の銃を使いこなしているようだ。ジャイアンはたまらず逃げ出すが、ころばし屋は銃口を向けたまま追いかけていく。ギシギシゆっくりしか歩けないかと思いきや、動きは俊敏であるようだ。

バギューンとジャイアンを転ばせるころばせ屋。ジャイアンは「助けて許して」と命乞い(?)をするが、そこへ容赦なく三発目の銃弾が撃ち込まれる。

顔から道路に転び、ジャイアンは完全ノックアウト。一部始終を見届けたのび太は、

「さすが・・・。血も涙もない転ばせぶりだ」

と思わず震えてしまう。「ころす」と「ころばす」のダジャレで始まったお話だが、その線のギャグをひたすら続けているのが面白い。


三回転ばせて動きが止まるころばせ屋。のび太はこれからもしゃくに障るヤツを転ばそうと満足気。

と、さっそくスネ夫に道に張ったロープで転ばされてしまう。カーッとなったのび太は、

「ようし、ころばし屋を差し向けてやる!」

殺し屋を差し向けそうな表情をする。そして背中の穴に10円を入れると・・、タイミング悪く「のび太さん」としずちゃんが声を掛けてくる。

なんとこれでころばし屋はターゲットがのび太と認識。10円を入れた人の指示で動くのではなく、10円入れたあとの声でターゲットを確定させてしまうのだ。これはちょっとプロの仕事とはいえないような・・。


逃げるのび太に何発も打ち込んでくるころばし屋。警官に助けてと警護を頼むが、ころばし屋は警官をも転ばせてしまう。警官殺しならぬ、警官転ばせである。

のび太は家にへと逃げ込み、鍵をかけ、二階へ上がる。どうやら逃げ切ったとドラえもんに話すと、そりゃ駄目だとつれない答え。「ころばし屋」は一度引き受けた仕事は絶対にやり遂げるのだという。

引き受けたというか、偶然のび太の名前が飛び交ったのを依頼と受け取ったわけで、ころばし屋には、何か重大な欠陥があるように思えてならない。


そんな!と憤るのび太。するとドラえもんは、取消料100円を入れて頼むと止まると教えてくれる。つまり報酬の10倍を払えば、寝返ってくれるというわけだ。この点を取っても、やはりころばし屋はプロ失格のような気がしてくる。

ころばし屋は家の中に入ろうと、入り口のドアを壊さんばかりに突撃してくる。のび太は恐怖に負けて、100円払って取り消しをお願いすることに。

ころばし屋は動きを止めるが、のび太はここまでで120円の出費をしてしまった。(10円分は元を取ったとは思うが)


のび太は大損害だとブツブツ言いながら階段を降りようとする。すると足を滑らせて、「ドテ・ドテ・ドテン」と3回分転んでしまう。取り消した意味はあまりなかったようである・・。


終始「殺す」と「転ばす」の言葉遊びで進行していくお話であるが、ころばし屋というネーミングセンスと、殺し屋マトリョーシカといった感じの造形がユニークで、瞬く間に人気キャラとなった。

藤子先生が描かれた短編では一本だけの登場だったのだが、死後、映画やアニメのオリジナル作品で「ころばし屋」は何度となく顔を出す。メディコム・トイからころばし屋型の貯金箱が出ていたりする。

欲しい~

後からキャラクターがどんどんと一人歩きをして、ドラえもんの人気ひみつ道具の座を獲得する。これはインパクトの強いキャラクターを作り出す天才・藤子F先生の本領発揮となった一作である。



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