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本物の勇気とは?『かなしい勝利』/パーマンの美学③

大げさではなく、僕の人生を方向づけた「パーマンの美学」を描いた作品について、3回に分けて記事にしていきます! 本稿はその最終回。

「パーマンの美学」と題して、2本の作品を検証してきた。2作ともみつ夫がパーマンを辞めたいと言い出す話であったが、その理由を最近流行りの「承認欲求」という概念を借りて整理した。

『パーマンやめたい』
自己承認欲求が満たされない → パーマン辞めたい

『パーマンはつらいよ』
他者承認欲求が満たされない → パーマン辞めたい

パーマン(みつ夫)は、自己承認欲求については気まぐれのようで、『パーマンやめたい』では、「辞表」を書くことが面倒くさくなってヒーローを続けることになった。

他者から褒められたり、感謝されないことに嫌気を差した『パーマンはつらいよ』では、みつ夫の辞める決意は固かった。けれど、自然災害で困っている人たちが気になって、誰の得にもならないと分かっていながら、夜中に飛び出していく。

完全に蛇足だが、この話が、僕の行動原理に大きく影響を与えていることも書いた。それぞれの記事は下記で、読めます。


シリーズの3回目は、「パーマンの美学」を語る上で絶対に外せない一本を紹介していく。

『かなしい勝利』
「小学館コミックス」1967年11月号/大全集5巻

これまで見てきた「承認欲求」の枠組みでは、本作は他者承認欲求に関する話である。みつ夫は、本当は認められたくて仕方がないのだけど、チヤホヤされることよりも、パーマンの秘密を守ることが重要だという答えを導き出していく。

勝つこととは何なのか? 勝つためには何が必要なのか? 本作の経過を追いながら、考えてみたい。


本作では突然、クラスメートに社六(しゃろく)君という、推理能力の高い男の子が登場する。もちろん、名前はシャーロック・ホームズから取られている。

社六は、洞察力を駆使して、パーマンの正体はみつ夫ではないかと疑いの目を向ける。決定的な証拠を掴みたい社六と、逃れたいみつ夫。この対立構造が話の軸となっている。

そしてもう一点、社六がみつ夫がパーマンだと町中に噂を流すのだが、これによってみつ夫が周囲からチヤホヤされ、思わず嬉しくなってしまう姿も描かれる。『パーマンはつらいよ』では、周囲から尊敬を得られないみつ夫は大いに不満だった。これで少しは留飲を下げてくれたものと思われる。

みつ夫が正体を明かさなくても、パーマンではないかと噂が広まることで、悪者にパーマンセットが狙われる危険性も出てくる。なので、みつ夫はこの噂を打ち消さなくてはならない。ここも本作の着目ポイントである。


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夜中、火事で燃えさかる家の周囲に、消防団と泣き叫ぶ住人の母親の姿がある。家の二階に坊やが逃げ遅れてしまっているのだが、火の手が回って救助がままならないのだ。

そこに現れたのは我らがパーマン。逃げ遅れた男の子を助けるため、燃える家の二階に飛び込んで救出に向かう。無事助けることはできたが、燃えていた柱を掴んでしまい、左の手のひらを火傷してしまう。

翌朝、火傷を負いながらも少年を救助したパーマンの活躍がクラスメイトの話題となっている。心の中で喜ぶみつ夫だったが、社六だけがみつ夫の手の包帯に目を止める。


学校では、先生がみつ夫が今朝から探していた手帳を渡してくる。昨晩の火事場で拾って届けてくれた人がいたのだという。先生は、「火事場見物などはけしからん」と怒るが、みつ夫は「見物じゃない」と答える。

先生「じゃ、何しに行ったの」
みつ夫「・・・・・・。ちょっと見に行っただけです」
先生「同じことじゃないか」

と、やりとりして、クラス中の笑いを取るのだが、社六だけは、その様子をじっと伺っている。

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放課後、社六がみつ夫に近づいてくる。みつ夫を観察し、火の粉を浴びたような小さな焦げ穴がたくさんあることを確認する。これと、火事現場に行ったこと、パーマンと同じ場所に火傷を負ったことを総合して、社六はみつ夫がパーマンだと結論づける

その証拠に、パーマンとみつ夫はいつも同じ服を着ているし、声も似ていると、鋭い指摘。まあ鋭いと言っても、他の誰も気がつかない方がどうかしてたとは思うが・・・。


みつ夫は社六から逃げるように帰宅する。その間、社六は自分の推理を、カバ夫・サブ・みっちゃん・三重晴に披露する。

・パーマンはみつ夫の家によく遊びにくるのではなく、みつ夫がパーマンそのものである。
・わざとマヌケで弱虫のフリをして、悪者どもの目を誤魔化している。

これにすっかり合点がいってしまう級友たち。

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みつ夫がお使いに出かけると、さっそく級友たち、町の人たちの態度が一変する。

三重・・・みつ夫を見ると、小さくなって逃げていく。
カバ夫とサブ・・・みつ夫に近づき媚を売ってくる。
先生・・・駆け寄ってきて、立派な仕事をしているならなぜ打ち明けてくれないかと伝えにくる。

このままだと証拠を掴まれて、スーパーマンに「パー」にされてしまう。そこにみつ夫の憧れ、みっちゃんが呼び止めてくる。

「毎晩毎晩、みんなのために働いてご苦労様。それなのに一言も自慢しないなんて・・・、偉いわ、本当に偉い、尊敬しちゃうわ」

と、これまで聞きたくて仕方のなかったミチ子の賛辞を貰って、喜びを隠せないみつ夫であった。

その後、町中に噂が流れ、インスタントラーメンを四個買おうとすると、オマケを大量に渡される。(というか、お使いとはラーメンを買うことだったのが驚き)


お使いから帰宅すると、噂を聞いた家族も大騒ぎである。妹のガン子が喜んで近づいてくる。パパからも会社から評判を聞いたと電話が掛かってくる。ただ、ママはまるで皆と反応が違う。「パーマン活動によってギャングに撃たれたらどうする?」とわが子を案じるのである。

そうこうするうちに、TV出演の依頼なども舞い込み、みつ夫は、嬉しくて仕方がない。するとそこに、スーパーマンがやってくる。

みつ夫としては、自分からパーマンだと言ってないので、放っておけばよいと思うのだが、スーパーマンは、「早く噂を打ち消せ」と命じてくる。噂レベルでもみつ夫の姿の時に悪党が近づいてきて、パーマンセットを奪われるリスクがあるというのである。

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噂を消すには、話の発端である社六の考えを打ち消すよりほかない。そこで、コピーロボットを使って、パーマンとみつ夫が一度に二人現れることはありえない、と問い質すことに。

社六は当然その点は了解していて、証拠集めに動いていた。新聞記者を使って、みつ夫が実は双子ではないかと探っていたのである。もちろんそんな証拠は出てこないのだが、すると社六は、精巧なロボットかもしれないと、コピーロボットの存在を推察してしまう。


みつ夫はパーマンの中身をコピーと入れ替わることを念頭に、病院で調べようと提案する。場所は三丁目の「手尾暮医院」・・。診察結果は、本物のみつ夫なので、当然異常はない。社六は、「だったらマスクを取ってみつ夫ではないと証明しろ」と、諦めない。

噂は消えない。スーパーマンはますますカリカリしてくる。慌ててもう一回社六の元へと向かうみつ夫だが、二人組のイキった若者とぶつかってしまい、必要以上に因縁をつけられる。

みつ夫はパーマンに変身してやっつけようと思うのだが、遠くから社六たちが見ていることに気がつく。社六たちクラスメイトが見守る中、みつ夫は抵抗せずにボコボコにされてしまう。パーマンだったら、簡単にやっつけることができるのに・・・。

「こんな弱いパーマンがあるかい」

皆に呆れられ、みつ夫がパーマンだという噂はあっと言う間に消えてしまうのだった。

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息子がパーマンでないと聞いたママは安堵して言う。

「みつ夫が普通の子で助かったわ。パーマンなんて危ない仕事はお断りよ」

子供のころ読んだ時は、このママのセリフは何となくやり過ごしていた。親となって、やけにこの部分に引っかかる。藤子作品には、こうした親目線の心情を描くシーンが、たびたび挿入されるので、親世代となっても目が離せない。


殴られたみつ夫に対して、スーパーマンは言う。

「よくやった、それがパーマンの勇気だ。もう君を疑う者はいない。君は喧嘩に負けて、実は勝ったんだ」

もしあそこで勇気を出して負けていなければ、噂は真実となり、やがてみつ夫は悪者に狙われただろう。試合に負けて勝負に勝つ。そんなスポーツマンシップを感じさせる爽やかなシーンである。

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これを仮に実生活で考えてみたらどうだろう。勇気を出して、一時の負けを享受できるだろうか。損して得取れ、と言うけれど、痛い目に遭うことを分かっていて、損できるだろうか。

ラストみつ夫は「悲しい勝利だなあ」と呟く。『パーマンはつらいよ』と双璧をなす、人生訓をたっぷりと帯びた傑作ではないかと思う次第である。


3回に渡って「パーマンの美学」について見てきたが、これは取りも直さず、「藤子F先生の美学」にほかならない。誰も見てなくても、人に負けたと思われても、私たちにはやらなくてはならないことがある。そうした美学を、「パーマン」という少年少女向けの漫画に込めているのである。

そして、まんまとその影響を受けた僕。でも、振り返ってみて、別にそれは悪いことではなかったなあと、思うのである。


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