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のび太の軽はずみ『ジャイアンよい子だねんねしな』/クローン取扱注意①

「クローン」という言葉にどんなイメージを持たれるだろうか。一般的には、何か怖いイメージを持っている方が多いような気がする。

クローン技術によって人間が大量コピーされた世界を想像すると、とても居心地の悪い感情が芽生えてくる。ヒトのクローンを作ることに、何かパンドラの箱を開けるような禁断の香りがするのである。


僕のクローンの原体験は、マモーで有名な『ルパン三世 ルパンVS複製人間(クローン)』である。この作品で強烈だったのは、複製技術が安定せずに、失敗したクローンが大量に出現したシーンである。

クローン技術を使って神になろうとした男の悲哀を描いた物語だったが、気持ち悪い描写も相まって、クローンへの不信感を募らせるに十分なトラウマ作品なのであった。

この作品から影響を受けていると思われる「エヴァンゲリオン」でも綾波レイのクローンはトラウマ的に描写されていた。

そんなクローンへの畏怖とは別に、クローン技術を正しく使えば、楽しい人生が送れるのではないか、と考えることもできる。例えば、自分とクローンが手を組んでビジネスを始めたり、二つの人生を並行して生きてみたり、といった感じだ。

クローンというテーマは、創作意欲を掻き立てるものなのである。


そして、当然のことながら藤子作品にも、クローンを真正面からテーマに据えた作品が数多く存在する。しかも描き方が多彩で、バリエーションが豊かである。

ということで、全4回の予定で「クローン」を扱ったF作品を考察していく。ぜひその作風の幅広さを感じ取っていただきたい。


『ジャイアンよい子だねんねしな』(初出:のび太の子育て)
「小学三年生」1981年2月号/大全集11巻

「ドラえもん」の中では何度も読みたくはないお話があって、それらはたいていのび太が無責任な行動を取って、破滅へと向かっていくようなエピソードである。

あまりに軽はずみだったり、後先考えていない言動を繰り返すので、見ていて嫌になるのである。イヤミスならぬイヤドラ作品とでも命名しておこうか。


本稿で取り上げる『ジャイアンよい子だねんねしな』は、イヤドラの典型的な作品である。

話としては、ドラえもんの警告を無視して、興味本位で人造人間やヒト型ロボットを作ってしまい、その対処に困るという流れである。これと同様な展開としては、『人間製造機』や、『かぐやロボット』などがある。

本作もそうだが、のび太は人を育てるという行為をあまりに軽んじているのではないだろうか。自分とは別の命を預かるということの重要さを理解できずに、ヒトを育て始めてしまって、やがて手に負えなくなるのである。


物語冒頭、のび太がいつものようにジャイアンとスネ夫に苛められ、「もっといい友達が欲しい」と言い出す。そこへ二十二世紀デパートから間違った注文が届く。それが「クローン培養器」であった。

二十二世紀デパートは、ドラえもん世界のメジャー会社「未来デパート」とはまた別の通販デパートのようだ。数回しか登場していないが、先述した「かぐやロボット」も間違って送りつけてきており、かなりいい加減なデパートであるようだ。

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ドラえもんがクローンについての説明を行う。「クローン培養器」は生物のコピーを作る道具で、髪の毛一本でもいいので遺伝情報が組み込まれた細胞があればコピーが作れる、とのこと。

のび太は「ぜんぜん」理解できなかったようだが、読者にはすんなりとわかるような説明である。F作品における科学的説明の端的さは、心から感心させられる。

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二十二世紀デパートへ電話が通じないので、ドラえもんは直接話すべくタイムマシンで二十二世紀へと向かう。のび太は「面白そうなのになあ。いっぺんくらい使って返せば…」と、おもちゃを試すような気軽さで「クローン培養器」を使おうと思いつく。

誤配送を知って現れたデパート店員には「ドラえもんが持っていった」と答え、ドラえもんには「デパートが取りに来た」と嘘をついて「クローン培養器」を隠すのび太。


ドラえもんから「かべ紙ハウス」を借り、ジャイアンとスネ夫の髪の毛を一本ずつむしって、クローン培養の準備万端。あとは、髪の毛を備え付けのカップに入れて、スイッチやダイヤルを多少調整するだけで、クローンが作れてしまう。

「スネ夫とジャイアンのコピーが出てきたら、大人しく素直な子にしつけて、友だちになろう」

と、子育てを甘く見るのび太。

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しばらく待つと、「クローン培養器」から大きな卵のような物体が二つ転がり出る。そして卵が割れて、裸のジャイアンとスネ夫が生まれてくる。外見は現在のジャイアンとスネ夫そっくりだが、「バア」としかしゃべれず、すぐに大泣きを始めてしまう。

のび太は「君たちを作ったのは僕だよ。そのつもりで尊敬しろよ」と話すが、まるで通じない。

出てきたクローンの状況が掴めないので、事情を隠したままドラえもんにクローン培養器の仕組みについて質問する。ドラえもんは「クローンなので体は細胞の持ち主と同じ年。でも脳や運動神経は赤ん坊並なので、色々教えなくてはならない」と答える。


「かべ紙ハウス」に戻り、泣き止まないジャイアンとスネ夫のコピーにご飯を与えると大喜び。裸のままなので、のび太の服を着せようとしてタンスを物色していると、ママが台所の食べ物がごっそり無くなっているとクレームを付けてくる。

ママは動物レーダーのようなものが備わっていて、のび太が犬・猫の類を隠れて飼おうとすると、すぐさま発見してしまう嗅覚の持ち主である。今回も、

「イヌとかネコとか恐竜とか飼っているんじゃないでしょうね」

と怪しんでくる。

犬や猫だけでなく、恐竜まで疑っているのは「のび太の恐竜」において犬と猫を飼ってないかと疑って、結果恐竜を飼っていたという事実を踏まえての発言である。

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食べ物や衣類をこの先もずっと用意しなくてはならない。そこでのび太はドラえもんに頼んで、「かべ紙トイレ」「かべ紙レストラン」「かべ紙洋服屋」なども貸してもらう。

スネ夫たちの泣き声がママの耳に入って誤魔化しきれず、かべ紙ハウスを庭の塀に移す。

ジャイアン・スネ夫はお漏らしをするわ、無邪気にのしかかってくるわと世話が焼ける。のび太は「かべかけテレビ」を出して、何とか注意を引きつける。育児をテレビにさせてしまう典型的なダメ親そのものである。

のび太は「子供を育てるって大変だなあ」と、育児の苦労を少しだけ知って、ママの肩を叩くのであった。

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翌日も「早く一人前の友だちに育てたい」と、かべ紙ハウスに入るのび太。するとテレビを見放題にしたおかげか、言葉を覚え始めている。「のび太」と呼びつけにしてくるので、「のび太お兄ちゃん」と呼ぶよう言いつける。

今日から勉強を教えると言って、「かべ紙小学校」で授業を開始。最初は「先生の言うことを聞かないと立たせる」と偉そうなことを言うのだが、すぐに学力は追い越されてしまう

体育では跳び箱の実力もあっという間に抜かされ、「勉強は良いので遊ぼう」と矛先を変えるのび太。しかしのび太が得意な遊びはあやとりくらい。「そんなのつまらない、外でパーッと遊ぼう」と逆提案される。

本やテレビで知識を蓄えたクローン二人は、かべ紙の外の世界では大自然や乗り物があることを知ってしまっている。外に出ようとする二人を、鍵で閉じ込めるのび太。


ここでのび太はようやく気付き始める。自分の言うことを聞いてくれる時は偉そうにできても、自我が芽生え、自分と同等の知力や体力を持ってしまうと、外の世界の人間と何ら変わらなくなる。これまでのジャイアンとスネ夫と同じような関係が出来上がってしまうのである。

のび太はドラえもんに、もしもの話ということで、クローンの人間を作ったらどうなるか聞いてみると、

「人間のコピーを作る者は滅多にいない。同じ人間が二人もいたら騒ぎの元になる。それに人間を作るって大変なこと。作ったからには幸せにしてあげる義務があるし、一生責任を持って・・・」

と、今ののび太にとって聞きたくないことを答える。このセリフはF的に重要なので心に留め置いて欲しい。

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のび太は「自分の面倒さえ見切れないのに・・」と不安に襲われる。そしてかべ紙に入ると、コピーの二人はすっかり本物のジャイアンとスネ夫のように成長している。

野球をやろうと言い出すので、のび太が猛反対すると、「掛け算も跳び箱もできないのに偉そうだ」とバカにされる。カッとなって思わず殴りかかると、「お前なんかに負けるか」とあっさり逆襲される。かべ紙から逃げ出して、カギをかけるのび太。

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と、ここでようやくドラえもんが真実を知ることになる。「えええ~~っ!」と仰天するドラえもん。「何とかしてよ」と涙を流すのび太に、「どうにもならないよ!」とキレる。

困り果てる二人。

その頃、かべ紙の中のクローンの二人が「クローン培養器」の存在を気にする。どこかのスイッチを押すと、それは「取り消しスイッチ」で、コピーのジャイアンとスネ夫は元の遺伝情報である髪の毛一本に戻ってしまう。

運良く事なきを得たのび太は、ドラえもんから深く反省を促されるのであった。


ただ反省が長続きしないのがのび太という男。この話の二年後に、またも二十二世紀デパートから誤送されてきた「かぐやロボット」の説明書を手にとり、「かわいい女の子!作ろう!!」とまたも軽はずみに、人間と変わらないロボットを作ってしまうのであった。


本作で最も注目しておきたいのは、先ほど抜粋したドラえもんの「クローン人間」についての見解である。クローン技術が完成したとしても、同じ人間を作ることは混乱の元、という内容である。

クローンを作ることは、倫理的側面だけではなく、混乱を引き起こすという物理的側面からも止めた方がいいというのが、F先生の見解であるようだ。

さて、次稿では『ジャイアンよい子だねんねしな』と『かぐやロボット』を組み合わせたようなSF短編を見ていく。


「ドラえもん」考察、たくさんやっています。


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