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これは完全に落語である。『倍速』/下ネタもあるよ①

下ネタついて考えてみる。

そもそも下ネタとはなんぞや? 語感から、まず「下」、つまりは下半身に纏わるお笑いのネタのことを指すのだろう。

一般的にウンコとか小便から始まって、おチンチン関係を絡めたお笑いネタを下ネタと呼んでいるように思う。

ここで、下ネタの語源について、少し調べてみると、僕としては意外なことがわかった。元々は落語の世界の隠語(符牒)だったということである。

Wikiによれば、下ネタは狭義には排泄物を巡る笑話を指し、いわゆる艶笑とは区別されていた符牒であるという。そして下ネタは艶笑の一段低い笑いとされ、下品で安易な笑いであると見做されていたようだ。

とは言いうものの、江戸時代の寄席などで、下ネタが笑いを取っていたというのは事実であろう。やがて落語界の符牒だった「下ネタ」は、テレビ業界で広く一般的に使われるようになったとされる。

なお、落語の世界には他にもゴマンと符牒が使われていて、新入りはこれを覚えるのに大変だったという。落語の世界の住人たちは、洒落っ気に富んだ人たちの集団だったはずなので、気の利いた符牒をポンポンと言い合うのに適していたように思う。


藤子F先生が落語好きというのは有名な話。スタジオではラジオで落語を聞いていたという話もあるし、落語譲りの怪談話などは、とても上手だったという。

落語に詳しくないので、少し不確実なことを言ってしまうのだが、落語の演目の中には、バシッと下ネタでオチる噺もあるのではないだろうか。そして、藤子F先生もそういう下ネタを聞いて笑っていたりしてたのではないだろうか。


藤子作品では、一般的に下ネタはあまり描かれていない印象もあるが、実はそうでもない。細かい下ネタは色々な作品内に、それこそ無数に散りばめられている。

例えば「エスパー魔美」では、高畑君がコンポコの名前を覚えられずに「チ〇ポコ」と呼んでしまったり、「ドラえもん」では小さくなってしずちゃんを見上げてパンツを覗き見してイヤらしいと踏まれてしまう話がある。

また、下ネタがタブー視されない社会を描いたSF短編『気楽に殺ろうよ』なども、ある種の下ネタ作品と言えるかもしれない。

小ネタレベルではなく、作品全体として「下ネタ」を前面に打ち出している作品は、それほど多いわけではないのだが、それでもバチっとオチの決まる下ネタ作品をいくつか描いている。

そこで、「下ネタもあるよ」と題して、藤子作品の中からまるで落語のような「きちんとした」下ネタ作品を2本選んで紹介してみたい。


『倍速』
「漫画アクション増刊S・F10」1982年6月5日号/大全集・異色3巻

藤子作品で「下ネタ」と言えば、本作は絶対に外せないだろう。あまりの綺麗な決まり方(オチ)に、思わず手を打ってしまう。これはまるで落語だと思わずにはいられない傑作下ネタである。


本作の主人公は、風貌も行動も性格もパッとしないサラリーマン。「漫画アクション」などの双葉社の雑誌に載せたSF短編では、お馴染みの主人公像となっている。

本作の主人公、倉札速雄は、名前とは正反対に、輪をかけたノロマな存在である。子供の頃から駆けっこはダントツのビリ、食べるのも遅いし、動きも遅いので喧嘩も弱い。足を引っ張るという理由で、団体競技が嫌になり、専ら逃げ回っていた子供時代だった。

打てば響くような会話ができず、気の利いたことでも言おうと考えている間に、次の話題に移ってしまい、結局無言のまま。倉札という名前から、暗豚(クラブタ)というあだ名を付けられてしまう。

そんな青春時代を送ってきたので、就職してもひっそりと生きる習性が身についてしまっている。


倉札はカンフー映画を見て大興奮するも、後方座席に可愛いと思っていた同僚の桜田さんが、同じく同僚の岬君とデートをしているのに出くわし、少なからぬショックを受ける。

カンフーアクションに魅入られて、劇場を出た後に「ハチョー」などとカンフーの真似事をしていると、靴が脱げてスジものに当ててしまい、ボッコボコにされてしまう。

とことんついていない倉札なのである。


ボコボコにされて転がっている倉札に、とある男が話しかけてくる。喧嘩の様子を見ていたが、「比類ない反射神経の鈍さだ」と指摘される。ボコられて、さらに悪口も言われてさすがに怒る倉札。

男は、倉札をなだめすかし、君のような人にピッタリの良いものをやろうと言い出す。それは、「前人未踏、空前絶後、奇妙奇天烈、摩訶不思議、奇想天外、驚天動地」の大発明だという。


発明と聞いて、この男の風貌を見返すと、誰かに似ている・・・。そう、「パーマン」で幾度もパーマンたちと対峙することになる悪の発明王・魔土災炎博士である。

魔土災炎は、1972年発表のSF短編『換身』で初登場した町の発明家で、本作が10年ぶり二度目の登場となる。名前の由来は当然、マッドサイエンティストである。

本作の一年後、「パーマン」の新連載が始まるが、開始二ヶ月目の『ブル・ミサイル』で初登場し、その後準レギュラー化する。魔土博士のパーマンにおける暗躍ぶりは、まだ記事化していないが、いずれ特集する予定である。

なお、『換身』の記事はこちら。


魔土博士は倉札に「倍速時計」(二倍から百倍まで、スペア文字盤付き)という小さな懐中時計を手渡す。しかし、これは壊れていて、かつ偶然できた発明なので自分でも原理がわからず、修理できない状態らしい。

そんなものをもらってもどうしようもないが、魔土博士は直らんからお前にやるんだと悪態をついて、そのままどこかへと歩き去ってしまう。

ちなみに、有名な話ではあるが、「倍速時計」を魔土博士が取り出すカットでは、何と災炎の手がドラえもんの形で描かれている。これは藤子先生の完全な遊び心であったという。


休日。部屋に籠って、魔土博士から貰った時計をいじってみる。せっかくの休日に出かけようともしない息子を見て、母親は「そんなことだからお嫁のきてが・・」と愚痴る。

母親を部屋から追い出し、時計を修理していると、突然直る。長針の動きが遅いが、確かに動き出している。すると、倉札はとある異変に気がつく。ラジオからの音楽が急に間延びした音になったのだ。

ところが時計から手を放してラジオを触ろうとすると、曲のスピードが元に戻る。そうこうしている内に、窓から野球ボールが飛び込んでくる。倉札がそれをキャッチして窓から外を眺めると、空き地で野球をしている少年が、こちらに声を上げている。その声もまた、スロービデオのようなゆっくりな喋り方である。

倉札はそこで気がつく。時計を持っていると周囲がのろくなっているのだ。文字盤は四倍の数字が刻まれている。この時計を持った人間は四倍の速さで時が過ぎるのである。

試しに最大の100倍の文字盤に変えて、ボールを窓から外へ放り投げる。そして走って外に出ると、そのボールを自らキャッチしてしまう。これは凄い道具を入手した倉札。


倉札は通常四倍速の文字盤を付けて持ち歩くことにする。普通に動いてしまうと、周囲の四倍のスピードになってしまうので、わざとスロービデオのように動き、しゃべりも低音でゆっくり話すようにする。

そして、ここからは暗豚(クラブタ)の汚名返上である。

・桜田さんが蜂に襲われているのを見て、一瞬で潰してしまう
・今日中にやってくれと頼まれた仕事を即座に終えてしまう
・人のダジャレのオチを先に言ってしまう


さらに、カースタントのアクション映画を見て、良い気持ちになって映画館から出ると、桜田さんと岬君が同じ映画を見て出た所で、ヤクザたちに絡まれているのを見つける倉札。

ビビった岬は「僕が警官を呼んでくる!」と言って、一人そこから逃げ出し、桜田さんが取り残されてしまう。ヤクザが桜田に掴み掛かろうとしたところで、倉札が靴を一人のチンピラにぶつける。

冒頭で、ボコボコにされたシーンでの意趣返しである。


「こ~の~や~ろ~」と怒るヤクザ。その間延びしたセリフから、倉札が倍速時計を所持していることがわかる。ノロノロとパンチを繰り出してくるチンピラをヒラリとかわすと、ハチョーと蹴り飛ばして一人目を撃退。ドスを構えて襲い掛かる残る二人も、一瞬の早業でぶちのめしてしまう。

倉札の猛スピードに驚く桜田。倉札は「これがアクションだよ」と得意満面である。


さて、物語はなんとここからたった三コマで終結する。それこそ猛スピードで展開していく。

ラスト三コマ目。
「俺は結婚した。誰も邪魔も入らないスキのない早技だった」とモノローグが入り、倉札と桜田でハネムーンに向かう搭乗口でみんなに向かって手を挙げている。幸せそうな二人の表情。

ラスト二コマ目。
「クラブタなどと呼ばせないぞ。俺は今や世界一素早い男なのだ!!」とモノローグ。飛行機は空高くを飛行しており、海外に向かっているものと思われる。

そして、ラスト一コマ。
そこはワイキキのビーチ。夜、静かな波打ち際のホテルと、遠くにダイヤモンドヘッドと思しき山が見える。そこへひと言、

「あなた、早いのね」

ズドーン!!!

おそらく時計を手にしての初夜ではなかったはずなので、倉札は通常のノロマモードであったはずなのだが・・・。それはつまり、通常行動の遅い倉札は、あっち方面だけは早かったという訳なのだ・・。


これほど急転直下に下ネタのオチで終わる漫画があっただろうか? 「倍速時計」というドラえもんに出てきそうな不思議道具を使った、ヒーローものかと思いきや、ソーローものであった・・。

お後が宜しいようで。


他にも「SF短編」解説しています。


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